第54話 兵士と悪魔憑きと(2)
ルシフェルからの返事はない。しかし、その代わりだというかのように、クラウディアを貫く寸前の弾丸を跳ね返した。
ルシフェルはリリーの影からぬるりと現れると、リリーの前に跪いた。プラチナブロンドの美しい髪がはらりと肩に流れる。
「我が娘。我が契約者。我が主人。血と魂の契りを以て貴女の剣となり盾となりましょう」
そしてリリーの手を取り、口づけた。
「堅苦しいわね。いつも通りでお願い」
ルシフェルは顔を上げるとニヤリと笑った。
「よろしい。ならば、魔女リリー、私の使い方はわかるな?」
「もちろん。何年一緒にいると思っているのよ」
リリーはちょっと笑って答えた。右手を宙に伸ばした。
「わたしの杖! 出てきなさい!」
そう叫ぶと同時に、右の手のひらからぼんやりと光が灯り、メキメキと幹が成長するような音とともに、リリーの杖が現れた。杖の先のグリーントルマリンが陽光に反射する。
リリーとクラウディアを囲む兵士たちが構える小銃が一斉に火を吹いた。銃声が耳をつんざく。これを浴びたらひとたまりもない。しかし、相変わらずリリーの目にはスローモーションのようにはっきりと弾丸を捉えることができた。
「地と海の遍く精霊たちよ。わたしの声、わたしの意思、わたしの杖に従え。悪魔ルシフェルの契約者、リリーがその血と魂を以て命ずる。我らを守る盾となれ! ディフェンミナ!」
透き通った緑色のグリーントルマリンが内側から煌めいた。大きな魔法陣が展開され、弾丸を次々と弾く。どんなに銃弾を浴びても魔法陣はびくともしない。
(すごい……! こんなに思うように魔法が使えるなんて初めて。力がどんどん溢れてくる。もっと、もっといろんなことが……)
精霊の力が体を巡り、溜まっていく。その力は元々のリリーの力量には見合わないほど多すぎて、今にも爆発しそうだ。身体から杖へ、杖から魔法陣へ。力の流れる方向がはっきりとわかる。精霊たちが囁く――『私たちを解放して』
「わかった」
銃弾を弾くように杖を振ると、足元に散らばっていた無数の銃弾が宙に浮いた。銃砲から飛び出すのと同じ速さで、兵士たちの身体を突き抜けた。穴だらけになった身体から血が吹き出し、鈍い音とともに倒れる。悲鳴すら聞こえなかった。
唯一、二人に向けて発砲しなかったレオだけが無傷だった。腰が抜けて地面に座り込み、大きく目を見開いたレオと目が合った。
レオは小さく震える声で「化け物」と、そう確かに呟いた。その言葉が聞こえて初めて、茫然自失だったリリーは状況を理解した。
リリーを囲う無数の死体。リリーに向けられた弾の数だけ穴が空いている。そこから流れる黒いどろりとした血、血、血。
「あ、あ、あああああ!」
上手く呼吸ができない。全身の力が抜け、立つことも、杖を握ることもできない。それなのに目は血走り、身体が硬直したまま。目の前の惨状から顔を背けることができない。
(これ、わたしが……? わたしがやったの……?)
隣にいたクラウディアは思わず吐瀉した。
「ち、ちが……。わたし、そんなつもりじゃ……」
涙交じりに蚊の鳴くような声を漏らすリリーに、レオは何を言っているんだといわんばかりの表情をした。そして杖をリリーに向けた。赤色のスペッサルティンが煌めく。
「リリーはどこか違うんじゃないかと思っていたのに」
悲愴な表情で、ぼそぼそと何かを呟く。魔法陣が展開し、そこから生まれた光が一直線にリリーに向かっていく。
「リリー! リリー! 私の声に集中しろ!」
どこかでルシフェルの声が聞こえる。しかし、もう何も聞く気にならない。
レオの魔法がリリーの頭に刺さった。痛みはないが、急激に意識が遠のいていく。頭が地面に打ち付けられる感覚ですら鈍い。
意識が完全に途切れる間際、ルシフェルの「クソッ」という舌打ちとともに、胸のあたりになにか温かいものが触れたような気がした。
「これだけは無くしてくれるなよ。私もしばらく眠る。おやすみ、緑の魔女」
悪魔のその言葉とともに、リリーも闇に意識を落とした。
◆
「あーあ。深層心理まで来ちゃったんだねぇ。まだ先のことだと思っていたんだけど。ようやく触媒、力の源泉、呪文が揃ったのに、眠っちゃうなんて。わたしの復讐劇は一体いつになるのやら。……まあ、いいけど。わたしのことなんて夢とでも思ってくれていいから、自分のことは自分でどうにかしなさいな」
三章終わりです。長かったですね。




