第53話 兵士と悪魔憑きと(1)
各話タイトルで毎回悩みますが、結局自分が見返すためのメモみたいになってます。
「動くな!」と誰かが叫んだ。
顔は動かさずに視界に入る範囲だけで人数を数える。五、六人ほどの軍服を来た兵士たち。おそらくリリーを追ってきたホーガンの部下だろう。全員が小銃を二人に向けている。
「そこの緑の女、お前を王国からのスパイ行為で逮捕する。そこのアンスバッハ人もスパイ行為に協力及び蔵匿の罪で逮捕する。二人とも両手を後ろに組んで、膝を地面に着けろ」
リリーとクラウディアはお互い顔を見合わせて、言われた通りにした。
「リリー、そしてクラウディア」
二人の名前を呼ぶ一人の兵士が二人の前へ出てきた。逆光と軍帽で顔がはっきりとしない。しかし、クラウディアは声で気が付いたのか、顔を顰めた。
「レオンハルト」
はっきりとそう呟いた。リリーはクラウディアを横目で見る。
リリーと顔見知りのレオンハルトは一人しかいない。レオンハルト・ホフマン。アンスバッハへ不本意に密入国したリリーを助けてくれた恩人。アンスバッハ人特有の赤い髪にはちみつ色の双眸。
リリーはもう一度、クラウディアがレオンハルトと名前を呼んだ兵士を見た。ばちり、と目と目が合う。間違いない。レオだ。
「どうして、あなたがここに……」
「それはこっちの台詞だ。どうしてリリーが悪魔憑きだなんて……」
当惑と悲しみの表情でレオはリリーを見る。
(まるで、可哀想とでも言いたげね……)
「わたしはレオが北の兵士としていることの方に驚いたわ。だってあなた、ペンクスリ人のこと嫌いだったみたいだし」
レオは少しムッとした表情をした。
「アンスバッハは北に合併された。だったら今の敵はペンクスリ王国だ。これは、自分で決めたことだ」
「それで本当にアンスバッハが守れるの?」
「そうだ。この戦争を早く終わらせるにはより大きな力が必要だ。リリーの悪魔の力は戦争を終わらせる鍵になるらしいじゃないか」
「レオンハルト、君は一体どうしたんだ?」
クラウディアの心配する様子に、リリーも内心頷いた。何か様子がおかしい。
「そうよ。あなたはそんな人じゃないと思っていたわ。それに、わたしは誰にも従わない。わたしはわたしの意思でこの力を行使する」
「……それは許されない。北の安定と繁栄のために君を王国に返すわけにはいかない」
「君はッ!」と怒気を含んだ声でクラウディアが叫んだ。
「君はいつから北ペンクスリに忠誠を誓うようになったんだ! 金のためか!? 出世のためか!? アンスバッハ人としての誇りは何処に捨ててきた!」
「捨ててなんかない! 捨てるものか!」
銃口が大きく揺れた。
「ホフマン、これ以上説得しても無駄なら我々も容赦しない」
レオの後ろで小銃を構えていた兵士の一人がトリガーに指をかけた。
「待ってくれ。悪魔憑きは生かして連れて来いとの命令だ」
「だが、そっちのアンスバッハ人の女は生かしておく必要はないだろう」
そう言うと、照準をリリーからクラウディアに定めた。
リリーは鼓動が速くなるのを感じた。
(このままじゃクラウディアが危ない)
レオは制するように手をすっと伸ばした。
「悪魔憑きと結託しようとした重要参考人で蔵匿罪だ。殺すな」
レオの額には大粒の汗が浮かんでいた。瞬きの回数も多い。
(二人は知り合いなの……? どっちにしろ殺したくはないみたいね。……だったらレオを味方につけてしまえば、この場を切り抜けられないかしら)
刺激しないように、諭すようにゆっくりと話しかけた。
「ねえ、レオ、わたしはあなたに人を傷つけてほしくない。だってあなたすごく優しくて思いやりがある人じゃない。それに、今あなたたちに捕まったらきっとまた酷い拷問されるわ。そんなの嫌よ」
そして、訴えかけるようにまっすぐにレオを見つめる。
クラウディアも頷いた。
「そうだよ。それに私はリリーの怪我の手当てをしていただけだ。道徳的に善い行いを罪と言われる覚えはないね!」
「拷問? そんなことは一度も……」
レオは苦悶の表情を浮かべた。良心と情と任務遂行の板挟みで躊躇いがあるのだろう。
リリーが畳みかけようと口を開いたその時、一発の弾丸がリリーの地に着けた膝の、すぐ横の地面を抉った。吃驚と恐怖で、リリーとクラウディアは小さく声を上げた。
「ホフマン、こいつらは魔女だぞ! 洗脳に気をつけろ! 生きていればいいんだから文句は言うなよ」
「どんな卑怯な手を使うかわからんぞ」
「それに女はすぐ感情的に喚き散らす。信用ならん」
「‶女″は関係ないだろう!」とクラウディアが吼えた。
その瞬間、クラウディアに向けられた銃のトリガーが引かれた。撃鉄が落ちて、銃口から弾丸が飛び出す。その弾丸はまっすぐにクラウディアめがけて軌道を描く。
通常ならばほんの一瞬。しかし、それがリリーには走馬燈のようにひどく長く感じた。しかし、体は動かない。ただ、眼球はその弾丸の動きを明確に捉えていた。
(わたしにできること……。できることは――!)
咄嗟に口が動いた。
「ルシフェル!」
コロナ禍で困ることは堂々と飲みに出れないところです。




