第51話 リリーとクラウディア(2)
クラウディアは顎に手を当て、暫く目を瞑ったあと、リリーの手を引いて外に出た。図書館の焼け跡、入口と思われるところと正反対の場所に立った。そして焦げ付いた地面を指さす。
「このあたりに地下室の扉がたぶんあると思うから探して」
「えっ? 突然なに?」
「地下室の入り口は木材でできているんだけれど、この通り焼けたので探してほしい」
(なぜと聞くのは愚問なのかしら……)
探してほしいと言われても、想像以上に酷く建物が崩れてるため、そもそも入ることすらできない。炭と化した壁や梁や本棚が行く手を阻む。
クラウディアの方を見ると、服が汚れようが怪我しようがお構いなしといった様子でずかずかと焼け跡に入っていく。
「ほら、リリー! 早く探して!」
「えぇ……」
手当のお礼も兼ねて探したいのは山々だが、いくらなんでも無茶すぎる。こういうときこそ魔法が使えたらいいのだが、杖もなければ、力を消耗したルシフェルの助けを借りるわけにもいかない。
リリーは頬をぱちんと両手で挟んで気合を入れると、軍手をした。まずは運び出せそうなものから少しずつ焼け跡の外に出していく。
そうして地道な作業を繰り返し、気が付けば太陽が高く昇っていた。
「昼食にしよう」
クラウディアの提案で、一度家の中に戻る。
暫くキッチンに籠っていたクラウディアはお盆を手に戻ってきた。具がはみ出て綺麗にサンドされていないサンドイッチと今度は濃すぎてえぐみのある紅茶。紅茶は言うまでもなく、パンで挟むだけのはずのサンドイッチですら絶妙に美味しくない。
リリーは思わず頭を抱えた。
(独房で食べた味のないパンのほうがマシかもしれないくらい不味いわ)
一方のクラウディアは黙々と口の中にサンドイッチを詰め込む。そして紅茶でそれを流し込んだ。リリーと目が合ったクラウディアは「胃の中に入れば全部一緒だよ」と残りのサンドイッチの皿をリリーの方に寄せた。
「あ、ありがとう。気持ちだけいただくわね……」
クラウディアはリリーが遠慮したサンドイッチを頬張った。咀嚼している途中で「んん!」と目を見開いた。胸を詰まらせたのだろうか。胸をとんとんと叩く。
リリーは思わず傍に寄って、小さな背中を擦った。お茶を飲むように勧めるが、クラウディアはそれを断って、サンドイッチを飲み込んだ。
「ごめん。喉を詰まらせたわけじゃなくて、思い出したんだ」
「思い出した?」
「そう、地下室の正確な場所」
「そもそもどうして地下室を探しているの?」
「預かっている本があって、それを返してほしくて。それに、私にはよくわからなかったけど、特別な本らしい。道中を守るお守りになるんじゃないかな、たぶん」
クラウディアとリリーは再び図書館の焼け跡に戻った。階段下の本棚があった場所を片付ける。煤を掃くと、焼け落ちた本棚の下はまだ焼け残っていた。
クラウディアが何かを探すように指を添わせると、金具に触れた。その棒状の金具を押すと、金具は半回転し、取っ手になった。それを思いっきり引っ張ると、ギギギと鈍い音とともに下に続く階段が現れた。
「よかった。ここの地下室はほぼ使われていないから場所をど忘れしていたんだ」
クラウディアはリリーにタオルを渡した。もう一つタオルを持っていたクラウディアは、マスクのように鼻と口を塞いで首の後ろで結んだ。
「ずっと開けていなかったのと、火事の影響で埃と煤が溜まっているかもしれない。肺に入ったら良くないから、しっかり自分で守ってね」
リリーもクラウディアと同じようにタオルを巻いた。
懐中電灯で階段を照らして、ゆっくりと石でできた階段を下りる。一段一段が高く急なため、壁に手をつけないと怖くて降りられない。また、懐中電灯で照らせる範囲が狭く、はっきりと周りが見えない。
十段ほど下りきったところで、階段は終わった。クラウディアが壁一面を懐中電灯で照らす。光に反射した埃がちらちらと舞っている。石造りで、風はないがひんやりとしている。低い天井は手を伸ばせば届きそうだ。
はやくこの戦争を終わらせたいと思いながら書いています。