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戦場の悪魔  作者: 漬物田中
第三章
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第50話 リリーとクラウディア(1)

 森は遠のき、古民家を通り過ぎ、また森に入る。日が暮れ、月が昇り、星は回り、夜が明ける。その頃には民家がぽつぽつと建っていた。もうしばらく歩いたところに、黒い骨組みの建物が見えた。近付いてみて初めてそれが、何かの焼け跡だということがわかった。


 普通の家よりも二周りも大きい建物だったのであろうその場所に小柄な女がうずくまっていた。

 リリーはルシフェルから降りると、その背を叩いた。『成人するまでは家族以外の前に実体化しない』の約束により、黒山羊はリリーの影に溶けるように消えた。


(あそこに捕らわれて、ウェルチ博士やヨハンやいろんな人たちに晒されて今さらな気もするけど)


 その女性がこんな早朝から何をやっているのか気になって近づいてみた。もしかしたら怪我の手当てもしてもらえるかもしれない。

 草を踏みしめる音にはっと気が付いたように女性は勢いよくリリーの方を振り向いた。色素の薄い赤よりは桃色に近い髪は寝起きなのかボサボサだ。可愛らしい顔立ちは疲れて見える。


 女性はゆっくり立ち上がると「ペンクスリ人が何の用?」と語気を強めて尋ねた。


「あの、何か邪魔をしたならごめんなさい。わたし、怪我をしていて手当をしてほしくて……」

 女性は頭のてっぺんからつま先までボロボロなリリーを見ると、「おいで」と焼け跡の近くの民家に案内した。


 とても片付いているとはいえない家だ。固い椅子に座ったリリーは、無言で出された欠けたティーカップに入った紅茶に口をつけた。一口飲んで、カッと目を見開いた。

(これは……!! 薄い……! そしてぬるすぎる……!)


 そっと机にティーカップを置くと、急に不安になった。こんなにおいしくない紅茶が出たのは、もしかしたら自分がペンクスリ人だからなのだろか。それならこの欠けた食器にも納得がいく。そうなれば、怪我の手当てにも期待はできない。


(レオも最初会ったとき怖かったし、アンスバッハ人はペンクスリ人に良い思いはしてないんでしょうね……)


 ヒヤヒヤしていると、女性は救急箱を持って戻ってきた。傷をアルコールで消毒し、塗り薬を丁寧に塗る。折れた小指は添え木で固定して包帯で巻く。

 不意に女性が口を開いた。


「拷問でもされたみたいな痕だね」

「そうよ。拷問されて逃げてきたの」

「君みたいな若い子が一体どんな理由で……?」

 リリーは押し黙った。到底言えるような理由ではない。


「まあ聞かないし、知りたくないけど。すぐ出て行ってくれたら助かるよ。こっちも余計なこと知って逮捕されたくないしね」


 その言葉で、すぐに考えが及ばなかったことが恥ずかしくなった。リリーは今や追われる立場だ。敵の領土内で、(かくま)った人物がいると知れば、ただじゃ済まないだろう。


「ごめんなさい」

「謝らなくていいよ。こんな馬鹿げたことする方が悪いんだからさ。君、名前は? 私はクラウディア」

「素敵な名前ね。リリーよ。あなたこそ、あそこで何をしていたの?」

「宝物を探していた」

「宝物?」


 クラウディアはクリップで留められたリストを差し出した。ずらっと並ぶ文字。当然、アンスバッハ語はリリーには読めない。


「これは本のタイトルと作者のリスト。……あそこは図書館だったんだよ」

 クラウディアは、リストにバツ印を次々と付けていく。


「火事でもあったの?」


「ううん。燃やされたんだ。アンスバッハが北の領土になったあとに秘密警察が来て、『我が国の思想には合わず、好ましくない』からだそうだよ」


 淡々と語るクラウディアの横顔を見ながら、リリーは「ひどい……」と呟いた。


「君たち北の人間がアンスバッハを合併しなければ、こんなことは起きなかったわけだけどね」

 何か言いかけているリリーを見てクラウディアはニヒルに笑った。

「国家主席万歳、とでも言おうとしているのかい?」


「ち、違う。わたし、北じゃなくて王国民なの」

「王国民だって?」


「ちょっとある事情があって北に拉致されたんだけど、監禁、拷問から逃げ出してきたのよ。そして王国に帰るためにここまで来たの」


 クラウディアは余計にわけがわからないというような顔をした。無理もない。リリーだっておいそれと説明できるようなものではないのだ。


「そっか。ここから王国へ行くまでには山を越えなくちゃいけないわけだけど……。一人で行くのは危険じゃない? 今やアンスバッハと王国は敵国なんだから、当然国境兵も敏感になっているよ」


「そうよね。一応足はあるから大丈夫だとは思うんだけど……。それに早く帰りたいもの」


最近は魚を釣ったり、虫を捕まえたりして過ごしています。

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