第47話 リリーとホーガン少佐(2)
ホーガンは指をパチンと鳴らすと、さきほど煙草に火を点けた兵士が、リリーの腕をひじ掛けに固定した。両腕、両脚が固定され、身動きが取れない状態となる。
リリーは咄嗟にホーガンの方を向いた。
ホーガンはにこりと笑うと針を取り出した。裁縫針よりもずっと太い針だ。
「どこの国だったかな。魔法使いを悪として拷問した歴史があるんだ。今でいうところの魔女。悪魔と契約した魔女には体のどこかにしるしがあって、そこを針で刺すと痛くもなければ血も出ないというやつ。知っているかい?」
リリーは頷いた。悪魔憑きになる前、祖母がよく話してくれた。おとぎ話のような口調だったが、あれは祖母なりの悪魔と契約してはいけないという警告だったのだろう。
椅子から立ち上がったホーガンは持っていた鋏でリリーの服を裂いた。
「……っ! やめて!」
手を止めることなく、リリーの服はどんどん裂かれ、終いには下着姿になった。露わになった白い肌を隠すこともできず、リリーは顔を赤らめて俯いた。
「服が邪魔だ。出血が確認できないだろう。……まあ、君が魔女なのは周知の事実だが」
そう言うと、針を左上腕に刺した。遠慮なく深々と突き刺さる。血管を破り、針が腕の中で動くのを感じる。
「いっ、痛い!」
針を抜くと血が滲み、滴り落ちた。
「ここじゃないな。悪魔のしるしとやらはどこにあるんだろう」
次に刺したのは、右胸と鎖骨の間だった。出血を確認すると、今度は首、脇腹、足の甲と様々なところを刺していく。
「ここかな?」と言って次に刺したのは指の爪と皮膚の間だった。ぐりぐりと針が押し込まれる。ついさっきまでの痛みとは段違いの痛みが体中を走る。
「ああああああっ!!! やめて! お願い! やめて!」
あまりの痛さに涙と鼻水が一緒に出てくる。懇願しても、ホーガンは止める様子を一切見せない。
「ここじゃなければ、次の指かな?」
そして順番ずつ爪と皮膚の間に針を刺した。痛さに抵抗しようとして、首が揺れ、腰が反り、足の指が開く。しかし、椅子に固定されている状態では何の意味も持たなかった。
「やだっ! いやだっ!」
「いやじゃない。僕が聞きたいのは君が悪魔の力を貸してくれるかどうかだ。洗脳してでもね」
そう言って、リリーの左手の小指の骨を根元から折った。
「っは! ぐ……、ああぁ……」
「ああ、申し訳ない。そんなつもりはなかったんだが、折ってしまった」
ホーガンはもう一本煙草を吸い始める。煙をリリーの顔面に吹きかけた。
「強情だね。でも僕も一刻でも早く戦争を終わらせたいから、こんなところでもたもたしているわけにはいかないんだよ」
リリーは煙に咳き込む。
「けほ……、ど、どうして?」
「どうして? 戦争を早く終わらせたいと思うのは普通の感覚だろう」
「焦っているように見える」
「確かに、そうだな。僕は焦っている。でもその理由を君に教える義理は持ち合わせていない」
ホーガンは煙草の火をリリーの手の甲で消した。
「ちょっと休憩しよう。……おい、この娘には手を出すなよ」
ホーガンは扉に立っている兵士にそう言うと、部屋を出て行った。
リリーは荒い呼吸を整えるように、何度も深呼吸を続ける。煙草の火を押し付けられた手の甲は熱いというより、痛く、赤く火傷になっていた。
(なんで、なんでわたしばかりこんな目に……。もし、もしも「協力する」その一言さえ言えばこの痛みから解放されるの……?)
もともとが長いので、区切りが悪くてすみません。