第46話 リリーとホーガン少佐(1)
お久しぶりです。連載再開します。4月からって活動報告には書きましたが、気が変わったので今日から再開します。
それから五日が経った。毎日独房から五人が連れて行かれ、二人が戻り、新しく三人が入ってきた。帰ってこなかった三人がどうなったかはわからない。帰ってきた二人は、突如叫び出したり、笑いだしたり、泣き始めたりした。
それだけで、リリーの精神はだいぶ参ってしまっていた。これから自分に何が起こるのか、どんな拷問を受けるのかを想像するだけで、胸が締め付けられるように痛い。
部屋の隅でうずくまっていると、牢の南京錠がガチャリと開けられる音がした。
ついに自分の番が来た。
そう悟ったリリーは静かに立ち上がった。階段を上る。四階まで上ると、奥の小部屋に通された。小窓のついた鉄の扉、部屋の中はブラインドが下ろしてあり、薄暗い。中心に置かれた机の上の照明だけが、唯一の灯りだった。
腰を下ろしたリリーの目の前に座るのは軍帽を目深に被った若い男だ。よく見ると、堀が深く整った顔をしている。
「はじめまして。僕はローレンス・ホーガンという。こんな若造だが少佐という階級をいただいている。ええと、君があのリリー・スピアーズか。これは随分と可愛らしいお嬢さんだな」
口元は笑っているが、目はまったく笑っていない。
リリーは身構えた。鼓動が速まる。
「まあ、そう怖い表情をしないでくれよ。僕だって別にこんな可憐な女の子を虐めたいわけじゃない。ただ、君は特殊な事情でここにいるからね。そういうこともやむを得ないと僕は思う」
握りしめた拳が汗で湿る。リリーは、鼻からゆっくりと息を吸った。
ホーガンはテーブルの上で組んだ指を僅かに動かした。
「僕は拷問が得意でね。でも、それには対話も必要だろう。一方的な恐怖だけだと、得る情報に間違いや記憶違いが出やすいからね。まずは君のことを知る必要がある。ご家族の構成は?」
静かに獲物を狩るタイミングを見計らっている獣のような表情。薄茶の双眸はリリーから視線を絶対に離さない。
背中を冷や汗が伝う。リリーは怯えながらもそれに答えた。
「祖母、父と母とわたし」
「悪魔とはいつ、どこで?」
「十年前、家の近所の森で」
「どうして悪魔と契約した?」
「魔法使いになりたかった。……わたしには魔法の素質がなかったから、家族を喜ばせたくて」
「学校は?」
「アルシア・カレッジ」
「首都にある魔法学校だね。仲のいい友人はいるのか?」
「はい」
「彼らに悪魔憑きだということは?」
「隠しています」
「どうして?」
「迫害されるから」
「そうか。じゃあ、悪魔の力はヨハンのようには使っていないというわけか」
「はい。使ったこともないです」
「使ってみたいとは?」
「思いません」
ホーガンは「なるほど」と呟いた。
「我々がどうして君に固執するかわかるかい?」
「悪魔憑きだから」
「そう。特に君が契約している悪魔はルシフェルだという。僕は悪魔や魔法のことには詳しくないけど、ルシフェルは悪魔の中でも最強なんだろう? 僕らは戦争を一刻も早く終わらせたい。そのためには王国の戦力と戦意を削ぐ必要がある。そのために君のような悪魔憑きの力を借りたい」
リリーは首を横に振った。
「わたしにはとてもそんなこと……」
「君だって戦争を早く終わらせたいはずだ。ブライトンは我が国の国境に近い。先日、降下作戦が始まり、兵士たちは市街で戦闘を開始している。我が軍は強いぞ。君の学校のお友達なんかも巻き込まれるかもしれないな。失礼、煙草いいかな」
リリーの返事を聞く間もなくホーガンは煙草を胸ポケットから取り出した。口に咥えると、扉の傍に立っていた兵士がライターを取り出して火を点ける。
煙がリリーの頭上を舞った。リリーは顔を俯けた。自分が捕らわれている間に、北軍がもう街にまで来ていることを知って、怒りで震えた。
「君の同意がないとルシフェルは動かせない。でも君が同意しないというのなら同意させるまでだ」
個人的にホーガン少佐の声は松風雅也さんです。