第44話 リリーとウェルチ博士(3)
「それで、その、ヨハンを悪魔と無理やり契約させたっていうの?」
「違う。それは違うよ。彼を悪魔憑きにしたのは彼の両親だよ。虐待をされていた彼は、富を得るのと引き換えに十二歳のときに悪魔の生贄にされた。そして召喚されたヴィネはヨハンを選び、ヨハンもヴィネを受け入れた」
「悪魔の生贄に……」
「そう。ヨハンは自由が欲しかった。だからまずは両親を殺すことを選択した。復讐に成功したヨハンはそれから二年間もの間路上生活してたんだ。なぜだと思う?」
「……罪悪感」
「そう。彼に残った両親への愛と後悔。おまけに彼は文字の読み書きができなかったし、お金を稼ぐ方法も知らなかった。ヨハンは別に悪魔憑きになりたかったわけではなかったんだよ。でもそうするしか方法がなかった。自ら初めて得た選択肢が復讐だっただけ。君とは違うんだよ」
「わたしだって好き好んで悪魔と契約したわけじゃない」
「でも、君には契約しない、普通の人間として生きる道も確実に用意されていたはずだ」
「あなたがわたしの何を知っているっていうの?」
「私は何も知らない。ただ、ヴィネは隠された物事を教えてくれる。そういう悪魔だからだよ。でも私は君の口から直接何があったのか聞きたい。教えてくれるかな?」
シーツの端を握りしめた。話すか話すまいか迷って、リリーは口を開いた。
どうやってルシフェルと出会ったのか、どうして契約したのか、そのあと家族との間に何があったのか。すべてを隠さず打ち明けた。
どうしてそうしたのかはわからない。こんなこと、敵国の人間に話すべきではないことはわかっている。ただなんとなくそうしたかったのだ。話し終える頃には自然と目から涙が溢れていた。
「辛かったね。リリー君、君はよく耐えたよ。君は悪くない」
リリーはハンカチで顔を覆った。
ウェルチは椅子から降りて床に膝を着けると、リリーの小さな手を取った。
「僕なら君とルシフェルが共存できる世界を作ってあげられる。ヴィネとヨハンのように、もう人目を気にしなくて生きていけるようにすることができる。そのためには、僕の実験に協力してほしいんだ。さあ、早速ルシフェルに会いに行こう」
リリーはウェルチの目を見つめた。
(わたしが、わたしが望んでいることは……)
リリーは刹那の間目を瞑って、開いた。