第43話 リリーとウェルチ博士(2)
黙りこくるリリーにウェルチは後頭部を掻いた。
「ヨハン、しばらく席を外してくれるかな?」
「はーい」
ヨハンが去り、部屋にはリリーとウェルチの二人きりとなった。シーンと静まり返った部屋の中で、最初に口を開いたのはリリーだった。
「あなたがウェルチ博士?」
ウェルチは笑顔で頷いた。
「そう。私がヴィクター・ウェルチ。ここの研究施設の一切を取り仕切っている。そして君はアルシア・カレッジの学生でルシフェルの契約者のリリー君。よろしくね」
「わたしのことはどこから?」
「ヴィネさ。彼は悪魔憑きを探すことができる能力があるんだ。ちょうどアンスバッハで遠隔支援の実験をしてもらうときに偶然、君がいたものだから、本当にラッキーだったよ」
リリーはウェルチを睨みつけた。
「あなたの実験のせいで、何の罪もない人が亡くなったのよ。ラッキーなんかじゃないわ」
「でも、この実験が成功したおかけで、我が国は戦争に勝てるカードを一枚手に入れた。亡くなったアンスバッハ人も本望だろうね」
ウェルチはベッドに座るリリーに向かい合うように、椅子を引き寄せて座った。簡素なつくりの椅子が軋む。
リリーは「最低ね」と吐き捨てた。
「最低なのはどちらだろうね」とウェルチは呟いた。
「リリー君はさっき、何の罪もない人だって言っていたけど、本当にそうかな? 顔も名前も知らない人なのに? いったい誰がどこでどんな罪を犯しているかわからないのに?」
「それでも、あの人たちが理不尽に亡くなる理由ではないわ」
ウェルチはぷっと噴出した。
「じゃあ、理由があればいいんだね。アンスバッハの爆発現場、あそこは市街地となっているけれど、その裏路地でヨハンは路上生活をしていたんだ。十四歳の子供が。私が彼と出会ったときには酷く痩せ細っていて、栄養失調状態だった。その近所の住人はほんの少しのパンも与えることなく、目に付けば殴り、蹴り、罵詈雑言を浴びせた。誰も汚らしい子供を公的な機関に預けようとすらしなかった。ヨハンには帰る場所もなく、行くアテもなく、そこに留まる以外の方法を知らなかったんだ。これでも理不尽に死ぬ理由にはならないかな?」
リリーは言葉に詰まった。ヨハンが今までどういう人生を送ってきたか興味もなかった。確かに、その市街地の住民がヨハンに対してした仕打ちは罪だ。生きていたとしても、きっと法的機関で裁かれることもない。それならば――。
何かがぐらりと揺れたような気がした。手の甲を抓った。目が覚めるように痛い。
(同情したら相手の思うツボだわ……!)
ごくんと唾を飲み込んだ。




