第42話 リリーとウェルチ博士(1)
この二日間、部屋から出ることは許されなかったが、まともな食事は提供され、特に不便はなかった。ヨハンはといえば、度々リリーのもとを訪れると、とりとめもないことや悪魔のことを一方的に話しかけてきた。
昼食を終えたリリーは、壁の高い場所にある鉄格子から見える空をぼうっと眺めていた。
(みんなどうしているのかしら。ここにいると何の情報も入ってこない)
あの時、キャサリンとオルムステッドに何があったのかをセリーナと香月に真っ先に伝えるはずだった。しかし、起きてみれば敵国に捕らわれているなんて誰が想像できただろうか。
そして、今はあの忌々しかったルシフェルの呪縛から解き放たれている。一時的とはいえ、奇跡に近い。その一方で今のリリーには魔法が使えない。契約は続いているが、今まではルシフェルがリリーの代わりに精霊に命令を下していた。ルシフェルが封印されているこの状況下でリリーは本当にただの人間になってしまった。
杖も箒も帽子もない。リリーが魔法使いである証拠は何一つここにはない。精霊の動きを感じ取ることもできなければ、悪魔の声を聞くこともない。ただひ弱な少女。
(これは……これが、わたしが本当に望んでいること……?)
そう思った瞬間、リリーはぎゅっと目を閉じた。
今までが夢のようなものだったのだ。両親が望む魔法使いになって、両親が望む学校に入り、友達がいること。そして、歪んだ現実だったのだ。悪魔から自分を、そして両親と祖母を解放するには、今のようなただの人間に戻ることが正しく、当然なのだ。自分は望みすぎた。だからいつかは手放すべきなのだ。悪魔の力を受け入れすぎる前に。
ポケットの中身を探ると、キャサリンの眼球が出てきた。ガラス玉でできた綺麗なブルーの瞳。鉄格子から漏れる陽光に透かしてみる。万華鏡のようにキラキラと瞳が空の色を取り込み、反射し、紫色や赤色を映し出す。
(魔法が使えるわたしも、使えないわたしも失敗ではないのかな……?)
一か月前、眠り薬を貰ったときにオルムステッドに言われた言葉を思い出す。未来は幾通りもあり、すべてが経験ならば、今のこの状況も何か意味があるのだろうか。
ベッドに倒れこんだ。真っ白な天井に裸電球。部屋の中央には簡素なベッドとサイドテーブル。部屋の角にカーテンで仕切られたトイレ。
不意に部屋の扉がノックされた。返事も待たずに扉が開けられる。
リリーは眼球をポケットに戻すとベッドから慌てて起き上がった。
ヨハンがひょっこりと顔を出す。
「リリー、博士が来たよ」
今度はヨハンの後ろからウェルチがひょっこりと顔を出した。
「やあ、初めましてだね。君のことはずっと前から知っていたんだけど、迎えに来るのが遅くなってごめんねぇ。調子はどうかね?」
だいぶ迷走してます




