第41話 レオとワトキンソン(2)
「ウェルチ博士、ワトキンソンです」
中から返事があると、ワトキンソンは「失礼します」と扉を開けた。
「以前頼まれていた資料をお持ちしました。あと、特別魔法部隊の新人のホフマンを連れてまいりました」
レオは右手でピシッと敬礼をすると「レオンハルト・ホフマンです」と挨拶をした。
ウェルチはワトキンソンから資料をいそいそと受け取ると、レオの顔を間近で見つめた。
「アンスバッハ人の特魔隊は初めてだね。よろしく。ああ、そうだ、ワトキンソン君。悪いけど、予算の見積もりとヘルダイトの使用量についてまとめたデータを軍部に届けてもらっていいかね?」
「ええ、承知いたしました。二日前の、例の少女の件ですよね。ホーガン少佐が彼女と直々に話したいと……」
ウェルチは眉を顰めた。
「少佐が? なぜ? 拷問でもする気か?」
「いえ、そこまでは私も……」
「まあ、いい。死ななければいい」
(少女? 拷問? 何の話だ?)
気にはなるが、下っ端の自分が間に入るのも悪い。そう思ったレオは姿勢を正したまま、会話を聞いていた。
「貴重な天然ものだ。なんとしてでも使えるようにしなければ……。じゃあ、ワトキンソン君、私はもう行くから。わざわざどうもね」
ウェルチはそう言うとそそくさと部屋を出て行った。
「少尉、ここは一体何の研究をしている場所なんですか?」
「ここは魔法についての研究を主にしているところだ。我が国は王国より魔法使いの数が少ない。だから博士は魔法を武器に転用することによって効率的な戦い方ができるように模索しているんだ。私たち特魔隊の武器や防具もこの施設から生まれたものが多い」
「へぇ、そうなんですね」
「ああ、あとは『悪魔憑き計画』もそうだな」
「悪魔憑きって……」
悪魔憑きといえば『卑怯者』の代名詞だ。自分は一切努力をせず、インチキで人々を騙して力を得ることだ。昔はあらゆるところに悪魔が蔓延っていたが今は近代化とともに、ほとんど人間の目に見えるところにはいないという。
レオも悪魔を実際に見たことがあるわけではない。しかし、幼いころ近所に住んでいた男の人が、悪魔憑きになったことがある。優しかったその人はまさしく『悪魔に憑りつかれた』かのように豹変し、幼いレオは包丁を突き付けられ呪詛を吐かれたことがある。終いには祓い師を呼ばれたが、男と祓い師は首を吊って死んでいた。
その時の出来事が鮮明にフラッシュバックした。レオは目を見開いて、息を吸う。
(今まで忘れていたのに、どうして――)
静かになった男の家の扉をどうして開けたのかはわからない。ただ、昔優しかった男が、たとえ包丁を突き付けられたとしても心配だったのだと思う。宙に浮いた四本の足、二つの身体、二本の縄。ひとつの身体は男のもので、ひとつの身体は祓い師のものだった。薄暗いその部屋に漂う異様な空気を吸っただけで、吐き気を催した。祓い師は失敗したのだ。悪魔を祓えたのかどうかはわからない。しかし、返り討ちに遭いこのザマだ。
悪魔はすべてを壊す。思い出も、心も、体も、信頼も友情も。悪魔憑きは可哀想だ。心が弱いせいで、悪魔に付け込まれるのだ。そして、そんな人間を信用してはいけない。親しくしてはいけない。そうしなければ、次は自分が悪魔に殺される。
「ホフマン? 呼吸が荒いが、大丈夫か?」
ワトキンソンの声にハッとなる。過呼吸を起こす寸前だった。
「あ、いえ、なんでもありません。大丈夫です。……それで、その『悪魔憑き計画』というのは?」
何でもない様子を装うレオをよそに、ワトキンソンは話を続けた。
「簡単に言うと、悪魔憑きを戦略兵器として用いる計画のことだ」
「悪魔憑きを?」
「そう。悪魔憑きを効果的に使うことができれば、王国に勝利するだけでなく他国からの脅威にも対抗し得る兵器となる」
「しかし、悪魔憑き自体見つけるのが難しいのではないでしょうか?」
ワトキンソンはスッと表情を消した。
「悪魔憑きを創るんだよ、ホフマン」
言葉に詰まったレオの肩をワトキンソンは軽く叩いた。
「さあ、もう帰るぞ」
レオはワトキンソンと一緒に研究施設を出る。
途中で通り過ぎた小部屋の窓から見える緑の少女に気付くことはなかった。




