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戦場の悪魔  作者: 漬物田中
第三章
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第38話 キャサリンの瞳

 気が付けば、音のない夢――キャサリンの視界――の中にいた。休止する前の二十四時間を遡ることができる。


 昨夜、オルムステッドが眠りについたのを見届けてから、キャサリンは椅子に座った。眠る必要のないキャサリンは、夜空を見ている。新月で星がよく見える。

 時計は四時十三分、何かに気付いたキャサリンはドアの方を見遣った。ゆっくりと開く扉。キャサリンはランタンの灯りを点けると、扉へと向かう。訪問者を帰すためだろうか。


 訪問者の顔までは見えないが、姿恰好からして男の人のようだ。何か会話をしているように見える。顔を照らそうとして、突然視界が激しく回った。何度も床に打ち付けられる。訪問者の足だけが見える。どうやらこのとき既に眼球だけになってしまったようだった。体が破壊される直前に見えたのは杖だった。


 革靴を履いた足先は書斎の方に向いている。何か物色しているのだろうか。

 突然後ろを振り向く。数分、いや、数十秒経った頃だろうか、視界の左端で何かが落ちた。おそらくオルムステッドだ。一人で立つことのできないオルムステッドは、抵抗することなく、何者かに攻撃を受けた。そしてその瞬間、キャサリンの視界も閉じた。


 そして、リリーもゆっくりと覚醒する。体感にして一時間ほどだったが、現実では何時間も経っているはずだ。これを香月(シアンユエ)たちに知らせなきゃいけない。


 ゆっくりと瞬きをした。

「おはよう」という声に「おはよう」と返した。

 知らない天井、最近聞いたことある声。

「えっ?」と思わず首を横に向けると、ヨハンが嬉しそうにニコニコとしていた。

 夢であることを願ってもう一度目を閉じた。


 あれからもう一度目を開けたリリーは恐る恐るヨハンの方を見た。相変わらず嬉しそうにニコニコとしている。

「リリーはお寝坊さんだね」

「ここはどこ?」

「どこって、ぼくの家で、君の新しい家だよ」

「それって、王国じゃないわよね」

「もちろん。北ペンクスリ以外にどこかある?」

 ああ……、とリリーは頭を抱えた。最悪の事態だ。こんなこと予想していなかった。


(そうだ、ルシフェル! ルシフェル!)

 悪魔の名前を心の中で呼ぶ。いつもだったら頭にルシフェルの声が響いてくるはず。あの厭味(いやみ)ったらしい声。そして楽器が重なり合うような美しい声。

 しかし、ルシフェルは何の反応もなかった。

 当然、ルシフェルから返事があると思っていたリリーは、予想外のことに狼狽えてしまった。


「ルシフェル……?」

 思わず声に出てしまっていたらしい。ヨハンはリリーの頬を撫でると、薄い唇の端を僅かに上げた。

「ルシフェルは今、別の場所にいるよ。僕たちに危害を加えられないように封印している」

 リリーはシーツの端で撫でられた頬を軽く擦ると、ヨハンを睨みつけた。

「わたしをどうするつもりなの?」

「そんな怖い顔しないでよ。ただ、君の中の悪魔、ルシフェルの力を借りたいんだ」

「わたしにそんな力ないわよ」


 ヨハンは顔をリリーに近づけた。目と目が鼻の先で合う。

「あるよ。君にはある。君がルシフェルの契約者なんだから」

 リリーは咄嗟に目を逸らした。

 ルシフェルがいるときはただ(わずら)わしかった。しかし、いなければそれはそれでこんなに心許ないということを初めて知った。


「封印できる力があるなら、それでルシフェルを操ればいいじゃないの」

 ヨハンは小さくため息を吐いた。

「それができれば何も問題はないんだけどね。契約は何よりも強い拘束力を持っているんだ。外野がどうこうできるものじゃない。ルシフェルを動かすにはリリーしか駄目なんだ」


(この間言っていた通り、悪魔の力で王国とアンスバッハを壊すつもりなんだわ……)


 それならば、余計にルシフェルの力を使ってはいけない。ルシフェルならば、喜んで手を貸すかもしれない。所詮、彼は悪魔なのだ。常にリリーの魂を狙っている。

 むしろ封印されて離ればなれになっているほうが都合が良い。契約者であるリリーを殺すことはできない。

「ルシフェルはわたしの言うことを聞くような悪魔ではないわ。気難しい性格だもの」

 言い切るリリーに、ヨハンはうんうんと頷いた。

「確かに。なんかあの人ずっと怒ってるよね」

「あいつに『人』って言うともっと怒るわよ」

「なにそれ、怖い」


 ヨハンは観念したように、「あーあ」と伸びをした。

「博士が二日後に来る。……今は無理でも、絶対にルシフェルの力を貰うからね」



広げた風呂敷を畳むって難しいですね

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