第36話 六月二十一日(1)
六月二十一日、この日は「アエニウス」と呼ばれる、晴天と雨を祈るための祝日である。日の出から日没までの時間が一年で最も長い日で、それゆえにその日は魔力が最も強まると言われている。
アルシア・カレッジでも朝から祈りの準備で忙しくなるはずだった。
この日の早朝、オルムステッドは重傷の状態で倒れているところを発見された。使い魔のキャサリンは休止、部屋は荒らされた状態だったという。
生徒に動揺を与えないために、研究棟の立ち入りは禁止、教師陣だけの対応となったが、それがかえって生徒たちの不安を煽らせた。
「校長先生、大丈夫かな?」
不安そうな香月をセリーナがそっと抱きしめた。
「大丈夫。だって私たちの校長先生だよ。目が見えなくても、歩けなくても、強い魔法使いなんだから」
何の情報もないまま、心配と不安が募る。
オルムステッドは人の恨みを買うような人物ではない。ましてや学校中で彼のことが嫌いな人物などいるはずがない。そうなると必然的に外部の犯行となる。
「ここの警備を破って校長先生の部屋に入るなんて、相当難しいと思うけど」
浩海がそう言うと、パトリシアが頷いた。
「パティもそう思うよ。前にね、なんとなく夜の寮抜け出したらどうなるかなぁって思ったら警備員にすぐ見つかっちゃったもん」
「なんとなく抜け出したらって発想がもうわからないわ」
「え、どうして? リリーもそういう日あるでしょぉ」
「ないわよ」
リリーはしばらく考え込んだ。警備員にも見つからず、外部からの犯行が可能だとすると、ヨハンかもしれない。ヨハンはヴィネを使って、どんな場所でも自由に行き来することができるように見えた。ヨハンじゃないとしても、仲間の悪魔憑きの可能性だって考えられる。
(もしそうならわたしを狙うはず。どうして校長先生を……? でも、もし本当に犯人がヨハンやほかの悪魔憑きだったら厄介ね……。どうにかして犯人を確かめる方法ないのかしら?)
ぼんやりと、パトリシアの使い魔のネズミを眺める。手の中にすっぽりと収まっているネズミはパトリシアになついた様子で、可愛らしい鳴き声を上げていた。リリーの視線に気付いたパトリシアが、「そういえば」と呟いた。
「キャサリンも休止しているって聞いたけど、生き物じゃないから死んだわけではないんだっけ?」
「そうね、人形だもの。契約者が死なない限りはバラバラになっても限り活動できるわ」とセリーナが答えた。
オルムステッドの使い魔のキャサリンは若くして亡くなった妻の形を模した人形だというのは校内では有名な話だ。
そして、人形の使い魔は動物の使い魔とは異なり、「死」という概念がない。もしあるとすれば、それは契約を破棄したとき、もしくは契約者が亡くなったときだ。
つまり、オルムステッドは亡くなってはいないため、契約破棄をしていなければまだ「生きて」いる。しかし、オルムステッドが重傷を負って意識不明のため、独立して行動のできない使い魔は「休止中」なのだ。
それならば――とリリーはある計画を思いついた。
休止中のキャサリンの眼球や耳を手に入れることができれば、そこから魔法で感覚を共有することでオルムステッドに何が起こったのか、犯人が誰なのかを知ることができるはずだ。
それにはまず研究棟の校長室に入らなければならない。しかし、立ち入り禁止で入口に教師が見張りでついている以上、ひとりで実行するには少し厳しい。
「ねぇ、みんな、わたしに協力してほしいの」
そしてリリーがその計画の内容を話し終えると、セリーナは強く頷いた。
「私は賛成。だって真実を知りたいもの。校長先生を助ける手がかりになるなら協力するわ」
香月は、不安げな表情でリリーを見つめた。
「でも、先生たちや警察が今捜査しているところだろうし、勝手なことするのはまずいんじゃないかな?」
「僕も反対だな。校長先生がそんなこと望むとは思わないし、余計な混乱を生むだけだよ」
反対する香月と浩海に、リリーは「そうよね」と目を伏せた。
二人の言っていることはもっともだ。警察も捜査にあたっているのなら、余計なことをするべきではないこともわかっている。しかし、もし犯人が悪魔憑きなら、もっと酷い状況になるかもしれない。ヨハンがアンスバッハで街を焼いたように、このアルシア・カレッジも一瞬で消し炭になってしまうかもしれないのだ。
「わたしがキャサリンと感覚共有する。わたしが全部の責任を負うから、お願い」
「生徒一人が負える責任なんて、ちっぽけなものだと思う。……別にリリーが嫌いだから反対しているわけじゃないんだ」
浩海が諭すように言った。
「お願い、信じて。わたしにはわかるの。だってわたしは――」
畳みかけるように言った言葉の最後、「悪魔憑きだから」とはどうしても言えなかった。
それまで黙っていたパトリシアが口を開いた。手のひらにはネズミを乗せている。
「パティのヨーンちゃんならどうかなぁ?」
ネズミことヨーンちゃんが「チュウ」と鳴いた。全員がヨーンちゃんに注目した。
「ヨーンちゃんならすばしっこいし、命令すれば、ちゃんと眼球や耳を持ってきてくれるよ。ヨーンちゃんに清き一票を!」
もう一度ヨーンちゃんが「チュウチュウ!」と鳴いた。
最初に吹き出したのは浩海だった。そして、香月やセリーナが笑う。
「負けたよ。協力する。香月もそれでいい?」
「うん。まだ不安だけど、ちゃんと犯人突き止めないと許さないからね!」
リリーもひとしきり笑ったあと、「二人ともありがとう」とお礼を言った。
そして五人と一匹はリリーを中心に細かい戦略を立て始めた。
個人的に2019年ベスト邦画は「アルキメデスの大戦」です。
もうすぐBlu-rayが届きます。




