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戦場の悪魔  作者: 漬物田中
第三章
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第33話 セリーナ・エマーソン

いつもは予約で17時に投稿しているのですが、久々だったので忘れていました。

「先日、ハモンド首相により北ペンクスリとの開戦が発表されました。北ペンクスリとの戦いは二十四年ぶりとなります。我が軍の奇襲作戦により、アンスバッハ国境沿いで北軍に大打撃を与えました。今度こそ全国民が一致団結して裏切りの北ペンクスリから我が国を守らねばなりません」


「新兵募集中! 愛国心と忠誠心のある若者を求めています!」


「王国内在住のアンスバッハ人を見つけた場合は直ちに警察に通報を。そのアンスバッハ人、もしかしたら北のスパイかもしれません」


 どのテレビのチャンネルを回しても、戦争に関することばかりだった。

 ニュース、コマーシャル、街の広告看板が北ペンクスリ及びアンスバッハに対するネガティブキャンペーンを展開している。この露骨な宣伝を見ない日はなかった。


 今日もアルシア・カレッジの食堂にあるテレビの前には人だかりができており、かなり騒がしい。

 リリーも開戦を知ったときはかなり驚いた。まさか本当に戦争が起きるとは思っていなかったのだ。

 特に最後の内戦以降に生まれたものは戦争を知らないため、戦争に対する意識はあまりないのだろう。意外にも明るい顔をした生徒が多かった。


「ついに北と戦争か」と誰かが言うと「負けるわけがないな」と誰かが答え、「早速入隊しようかな」と誰かが笑って答えた。

 横にいたセリーナが「あいつら、なに馬鹿なこと言ってんの」と口にした。

 「あいつら」の中の一人がこちらを睨みつけた。

「お前こそ何を言ってるんだよ」


 セリーナはずかずかとその男子生徒の方へ向かっていくと、胸倉を掴んだ。背の高いセリーナがその男子生徒を見下ろす形となった。

 止めようとするリリーを制し、セリーナは胸倉を掴む手に力を込めた。

「戦争でたくさんの人が死ぬのよ」

 男子生徒はいきなり胸倉を掴まれて驚いた様子を見せながらも、強気の姿勢を崩さない。

「それが戦争だろ。勝つためには多少の犠牲も必要だ」

「信じらんない! 必要な犠牲なんてないわよ!」

「ちょ、ちょっと、セリーナ落ち着いて……」


「リリーは黙ってて! 私たちは戦争を知らない。でも親から聞くことができる。戦争なんかするべきじゃないのよ」

 それを聞いて男子生徒は鼻で笑った。


「お前の父親はそう言って、左遷されたのか?」


 セリーナは凄い剣幕で男子生徒の頬を力強く叩いた。突然のことに男子生徒は目を白黒させた。

「パパはッ……! パパは国を守るために、必死に……! それなのにあんたは!」

 もう一度手を振り上げたところで、リリーはその腕を掴んだ。

「もうそれ以上はだめ。腕を下ろして」

 涙を目一杯浮かべ、セリーナは素直に腕を下した。同時に胸倉を掴んでいた左手も放す。

「あんたたちなんかのために戦争を回避しようとしたパパが馬鹿みたいだわ」

 周りにはいつのまにか人だかりができていた。騒ぎを聞きつけた香月と浩海が、輪の中心からセリーナとリリーを連れ出す。


 校庭のベンチにセリーナを座らせた。顔を手で覆ってすすり泣くセリーナの背中を香月が優しくさする。水色の髪が涙と一緒に溶けてしまいそうだ。

 セリーナが泣く姿を見るのは初めてだった。リリーにとってセリーナは調子が良くて、いつもふざけているけれど、本当は自分の意思が強く、思いやりのある先輩。


 セリーナの父親は外務省の大臣だった。ハモンドの無血クーデターが起こるまでは。非戦派だったエマーソン前大臣は真っ先に更迭された。

 そのことに関して、セリーナは今まで何も言わなかった。まるで気にしていないといった様子だったが、本当は心を痛めていたのだ。


 セリーナがぽつりぽつりと言葉を口に出した。

「パパは、いつも戦争はするべきじゃないと言っていたわ。内戦のとき、北に住む兄弟と二度と会えなくなってしまったからだって。同じ民族同士なんだから争うべきじゃないんだって。私のママはペンクスリ人じゃないから、ほかの国の人と仲良くなることは世界平和の近道なんだって言ってたのに、こんな……」


 かける言葉が見つからなかった。何を言っても気休めにもならない気がした。戦争を止めようとした人がいた一方で、リリーは何も知ることなく、戦争が始まったことを仕方なく、いや、当然のように受け入れた。


(だって、わたしには何もできないから。戦争を止める力なんてないし、兵士にだってなれない。――でもそれって、みんな同じじゃない?)


 気が付いたらアンスバッハが合併されて、気が付いたらハモンドが首相になっていて、気が付いたら戦争が始まっていた。でもそれを、一般市民がどうこうすることなんてできない。反対する者は反対し、受け入れる者は受け入れる。そして、その場の流れに合わせてどちらかにつき、あるいはどちらにもつかない。

 だから、こんな適当で曖昧で、自分の意思も意見もないことをセリーナに言えば逆上させてしまうことはわかっていた。

 昔からセリーナには助けてもらっているのに、こういうときにこそ何もできない自分に腹が立つ。


「セリーナのお父さんは正しいよ。あいつらの言うことを間に受けちゃだめだ」

 浩海はセリーナに優しくそう言った。セリーナは頷いて、顔から手を放した。

「みんなありがと。ついカッとなっちゃって。今度何か美味しいものでも奢るわね」

 涙を拭いて立ち上がると、いつもどおりの笑顔でセリーナは授業のため教室へと走り出した。


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