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戦場の悪魔  作者: 漬物田中
第二章
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第29話 開戦(1)

 耳をつんざくようなひとつの爆発音。


 六月十二日。アンスバッハとペンクスリ王国の国境地帯。

 変わったばかりの日付が静寂を破った。


 (すね)まであるカーキーのインバネスコートに身を包んだ青年は、同じくカーキーの軍帽を被りなおした。暗視ゴーグルの下から覗くはちみつ色の瞳が辺りを素早く見回した。近くの木の陰に同じ軍服を着た仲間のうち一人を見つける。

 腰を低く保ったまま、足場の悪い森の中を慎重に駆ける。その仲間の男の傍まで辿り着くと、窪みに腰を下ろした。

 爆発音が森の中に木霊する。硝煙(しょうえん)と石が飛び散っては土に沈んでいく。あまりの音と反響に、どこから聞こえてくるのかわからない。


 レオンハルト・ホフマンは抱えていた自動小銃のトリガーガードを指でなぞった。

「ギルマン、敵の数は?」とレオが尋ねると、ギルマンは「通信兵によるとここらは一個小隊分らしい」と答えた。

 レオは一言、「そうか」とだけ答えるともう一度トリガーガードをなぞった。

 ペンクスリ王国の首相がハモンドに替わってからみるみるうちに情勢は悪くなっていった。軍事演習は増え、税金で多くの武器を買った。両国とも。戦争が起きるのは時間の問題だった。


「あのラインから向こうは地雷原だ。気をつけろよ、レオ」

「了解した。それにしても本当なんだな」

「ああ、本当に……」

 二人は同時に溜息を吐いた。またどこかで爆発が起きた。


 レオは半年ほど前まで、ペンクスリ人のことが好きではなかった。歴史的にアンスバッハはペンクスリ人の争いに巻き込まれてきたし、今でもそうだ。そして彼らはアンスバッハ人を常に軽んじてきた。だから悪い印象しかなかった。それでも、半年前よりは嫌いじゃない。緑色の髪と目をした少女――リリー・スピアーズに出会ってからは、印象を少し改めた。彼らだって、自分たちと同じ感情を持つ人間なのだ。弱々しくて、たまに見せる不安げで自信のなさそうな表情の優しい少女。


 できることならペンクスリ王国と戦いたいわけではない。しかし、北ペンクスリの領土となったアンスバッハを守るためには、レオ自身が前線で戦うしかない。過去に徴兵として訓練したこともあって、銃の扱いには慣れていた。

(俺の箒、まだ大事に使ってくれているのだろうか……)


 レオはコートの端で顔を拭った。

 心臓がバクバクと激しく波打つ。爆発音が、銃声が耳障りで仕方がない。

 いくら銃の扱いに慣れているとしても、いくら演習を積んだとしても、初めての本物の戦闘に緊張しないわけがない。この前線の、死と隣り合わせの時間が非常に長く感じた。


 爆発音が止んだ。王国軍も地雷を踏まないように慎重になっているのだ。

 レオはごくりと唾を飲み込んだ。最新式の暗視ゴーグルがずれていないか確認した。そして、赤色のスペッサルティンが埋め込まれた杖を高々と夜空に突き上げた。


「小さな火花を上げよ、カルミナ」


 小型の魔法陣から薄い煙が垂直に上がる。ある程度まで昇ったところで、花火が小さくパンッと弾けた。

 それを合図に、北軍は一斉に暗視ゴーグルの側部のダイヤルを回した。そして自動小銃のトリガーに指をかける。


 魔法により、王国軍のレオの居場所が必然的に露見する形となった。銃弾の一つが木の幹にめり込んだ。あと数十センチもすればレオの太ももを貫いていたかもしれない。

 レオは杖を振り上げたまま、力強く叫んだ。


(くら)むほどの熾烈(しれつ)な閃光を! フラム・フォルクス!」


 その瞬間、強く白い光が森一帯を照らし出した。木の幹も枝も、葉脈も、そして敵も味方もすべてが露わとなる。

 王国軍は眩む目を押さえて身を竦ませた。無理もない。今日は満月。王国軍が使用している暗視ゴーグルは、月の光を増幅させて視界を獲得するものだ。突然の強い光には回線がショートしてしまう。暗視ゴーグルをしていない者でさえ、暗闇からの閃光に目が順応することはできない。それに加え地雷原だ。下手に動くと地雷を踏む恐れがある。


 そして、その一瞬を狙って、いくつもの銃声が森の中を占拠した。悲鳴も掻き消された。


 再び世界が闇に戻る頃には、銃声もまばらになっていた。


サブタイトルつけるときいつも悩むんですが、内容を見直したいとき、ワードから遡るよりもこのサイトから探す方が楽ということに気付きました。

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