第22話 レオとクラウディア(1)
一週間後、レオは街外れにある図書館へとやってきた。錆で朽ちた重い扉を引き、中に入る。外観とは裏腹に簡素で清掃の行き届いたエントランス。奥の扉を開けると、本の匂いが一気に胸を満たす。ぎっちりと本が詰められた本棚がいくつも並ぶ。
レオはつい本に手を伸ばしたくなる気持ちを抑え、カウンターの主を探した。
「クラウディア! 俺だ」
シンと静まり返る館内。
「クラウディア!」
しばらく間があったのち、カウンターの下から衣擦れの音がした。もそもそと這い出てきた人物はうんざりしたようにレオを見た。
「ここは図書館だよ。あんまり大きな声を出さないで」
「他に人がいたらそうしていたよ」
「そ。どうせ六日連続で利用者なしだよ」
むくれたような口ぶりのクラウディアは大きな欠伸をひとつした。
白い肌に、ガラス玉のような目。長く、重たげな睫毛はまるで憂いを帯びたようにしっとりとしている。もともとの色素が薄いためか、髪色も一般的なアンスバッハ人よりもピンク色に近い。その美しい見た目から「図書館に住む妖精」とも「本を読む人形」とも呼ばれている。しかしそれは顔だけの話だ。肩に届きそうな髪は寝癖がひどく、カーディガンは大きすぎてサイズが合っていない。
「レオンハルト、よく来たね。君から頼まれていたこと、調べておいたよ。まあ、まずはお茶にしよう」
クラウディアが出した驚くほど薄いお茶を飲みながら、レオは湿気たクッキーを齧った。
「いくら幼馴染で親しいとはいえ、ほぼお湯のお茶とこのクッキーもどきを出すのはどうかと思う」。
文句に黙ったままのクラウディアに目を遣ると、神妙な面持ちで――寝ていた。
「寝るな」とクラウディアの肩を軽く叩く。
「あ? ああ、ごめん」
クラウディアは席を立つと、しばらくして資料を持って来た。まだ眠いのか若干ふらふらしている。
再び椅子に座ると、肩を揉んだ。窓を見て、顔を顰めた。
「曇ってきたね。雨は嫌いだ。本が嫌がる。……さて、調査報告だけど、どこから話せばいいかな?」
レオは机の上にばら撒かれた資料を見た。どれも並大抵の頭で理解できそうなものではない。
「まかせるよ」
クラウディアは頷くと、地図を取り出した。アンスバッハ、そして北と王国のペンクスリがあるアテルニタス大陸がでかでかと載ったものだ。
まずクラウディアは北ペンクスリとペンクスリ王国に挟まれたアンスバッハを指さした。
「ほぼ確実にアンスバッハは北ペンクスリのものとなるわけだけど、君が考えているとおり、シュルツは親北ペンクスリ政権だったわけだ。大統領になるときに公約では、アンスバッハの経済成長を約束していたが、それはつまり、北ペンクスリと繋がるってこと。これは憶測にすぎないけど、北の主席のバレットがアンスバッハへの経済支援と引き換えに北ペンクスリ人をアンスバッハに移住させることをシュルツに取り付けたんだ。その狙いはアンスバッハを北のものにするため。単に合併条約を結ぶだけより、アンスバッハにペンクスリ人がいる方が何かと言い訳しやすい」
「たとえば?」
「そうだね、たとえばアンスバッハのペンクスリ系住民となれば、そこからペンクスリ人の民族意識が強くなる。それがどんどん広がって、ペンクスリ系住民がもっと増えれば、その土地の政治も乗っ取ることが可能だ。そうすれば、自分たちに都合のいい条例が通しやすくなる。ほかには、アンスバッハで被っている不利益――迫害だったり、ある権利が侵害されてたり――があれば、それを理由に糾弾できる」
「まあ、ただの憶測だけどね」とクラウディアは付け足した。
どのような理由があれ、シュルツは首相でありながら国を売り飛ばしたのだ。元々、傀儡政権だった可能性がある。
「でも、なぜアンスバッハなんだ? 合併したところで、たいして生活水準が上がるとは思えない」
クラウディアは右手を顎に、首を傾げた。目を瞑って唸る。
「うーん、問題はそこなんだよ、レオンハルトくん。アンスバッハを合併するってことは何かメリットがあるはずなんだけど、なにせ貧弱な国家なものでね。考えられるとしたら、農業国家を活かして、将来起こるかもしれない食糧危機を救う……とか?」
レオは苦笑いをした。
「食糧危機なんて起きたら、救うどころか被害ばかりな気がするけどな。俺の考えだと、王国との戦争の緩衝地帯にするつもり……じゃないかと」
クラウディアの表情が一瞬で曇った。
「王国のボイデル首相は穏健派だよ。彼ならまずは平和的解決を探るだろう。確かに北は軍備拡張をしているらしいが、それは世界中でよくあることだ」
「合併はよくあることか?」
畳みかけるレオに、クラウディアは俯いた。小さな唇を尖らせる。
「いいや、あってたまるか」
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