第20話 二人の男(2)
書いてて楽しい二人が再登場です
首都ブライトン。
『庭師』――それが男に与えられたコードネームだった。
かつては記者として働いていた。多くはないが不満のない給料で妻と幸せな日々を送っていた。最愛の妻が子供を授かったのが五年前。それから一度も会っていない。
整えた様子のない髪を無理矢理ハンチング帽に押し込み、小汚い作業着に身を包んでいる。伸び放題の髭を指でひと撫でした。
髭の男は真っ昼間から安酒をあおり、しばらくするとベンチに横たわって寝てしまった。通りかかる人々はそんな男に一瞥もくれない。何故ならこの光景は珍しくないからだ。首都であるブライトンは富裕層が多いと同時に、貧困層も相当な数が存在している。たいていの貧困層は仕事を探しに来た田舎者ばかりで、誰もがやりたくないような仕事は彼らのものだった。安い賃金で働く彼らは社会から放置された弱者であり、その不安定さから酒に溺れる者も少なくない。
髭の男は腕をベンチからだらりと放り出して熟睡していた。
その背中合わせのベンチに腰掛ける一人の若い男。彼が着ているのは上等なスーツ。ピカピカの革靴が陽光を反射する。
若い男は煙草を吹かしながら手帳を眺めていた。
「紅茶と茶菓子は海の底」
ほとんど独り言のような言葉を呟いた。唇を動かした様子はほとんどない。
「タクシーよりもコーヒーは高い」
寝ていたと思われる髭の男が答えた。同様に唇を動かした様子はほとんどない。あったとしても寝言にしか見えないはずだ。
若い男――『鉤爪』――は、煙を口から吐き出した。
「大方予定通りだ。もしかしたら世界連盟から調査団が入るかもしれない」
「影響は?」
「バトラキならまず大丈夫」
「将軍は? 引っ張り出せそうか?」
『庭師』の言葉に『鉤爪』は唇の端をわずかに吊り上げた。
「既に焚きつけてある。三週間後にボイデルの外国訪問が予定されている。そのときだ」
舌を巻く『庭師』をよそに『鉤爪』は煙草を靴の裏でもみ消した。手帳をしまうと、さっさとその場を後にした。
北ペンクスリの諜報員、それが『庭師』の正体だった。王国内で情報を収集し、精査して『鉤爪』にマイクロフィルムとして渡し、彼からの命令を実行することが任務である。
夜は寒いのに昼がいまだに暑くていやですね