第17話 魔法理論の授業(2)
「もし魔法が口に出さずに念じることでできたらすごく簡単だよね。これは魔法使いたちの間でも長年疑問だったんだ。呪文を唱えずに魔法を使うことはできない。最近の学説によれば、言葉に力が宿るためだと考えられている。呪文は魔法式の一部だし、人間が元から持つ触媒でもある。だから、吸収した精霊が呪文と魔法道具、魔法式で別なものに組み替えられた結果が、一般に奇跡と呼ばれる代物なんだ。魔法は意外と複雑なんだよ。心の中で『好き』って思うのと、相手にそう伝えるのとじゃ効果が違うようなものだね」
最後の言葉にスウィングラーのファンの女生徒たちはざわざわとし始めた。
香月はリリーを小突いて、顔を寄せた。
「ねえ、やっぱり『好き』って言われると嬉しいかな?」
「浩海に言うんだったら、はっきり言わないとわからないかも」
「そうだよね……、あれ? あたしリリーにそんなこと言ったっけ?」
黒目がちの目を見開く香月をリリーは軽くでこぴんした。
「ばればれ」
「やだ、恥ずかしい。……浩海は気付いてるかな?」
リリーは軽く首を傾げて、横に振った。赤く染まった美少女の顔が落胆と安堵に変わる。
「ちゃんと伝えたら?」
「勇気がないから、まだ、いい」
香月は両手で頬杖を突いた。
「こら、静かに。魔法式の理解は難しいけれど、今の魔法は教科書にも載っているから、各自練習して。ちなみにこれは試験に出すよ」
リリーは自分の肩ほどまで長さのある杖を取り出した。先には大きく深い緑の色をした石、グリーントルマリンが埋め込まれている。
杖を握る手に力を込める。小さく息を吸って、吐いて、もう一度吸った。
「杖よ杖、わたしの杖。空に煌めく美しい花を。ベルルフォ・フルスィテ!」
何の反応も起こらない。
失敗した。そう一回で上手くいくわけがない。めげずに、もう一度。
「愛しい魔女リリー、もっと息を吸って。そうだ。欲張って気持ちだけ先走ってはいけないよ。奇跡はただでは起きない。それ相応の対価を。お前の大切なものを捧げる覚悟を。さあ、私のあとに続いて」
甘く優しい声に導かれてもう一度呪文を唱える。
「地と海の遍く精霊たちよ、聞け。明けの明星ルシフェルの名において、違命は許さぬ。我が契約者リリー・スピアーズの力の糧となれ。天に煌めく数多の星の欠片となれ。ベルルフォ・フルスィテ!」
杖の先の石が迸り、ひときわ大きな魔法陣が広がる。スウィングラーのよりも大きく、火花のように弾けた光は結晶となって教室中に降り注いだ。
教室中の視線が一瞬でリリーに集まる。
そのとき自分が何をしたかに初めて気が付いて、サァッと血の気が引いた。生唾が口の中を満たす。
(しまった……ルシフェルの声につられた……!)
「凄いじゃないか! この授業で、こんなに大きな魔法を起こせたのは君が初めてだよ、スピアーズ!」
隣にいた香月もキラキラと目を輝かせている。
「わぁ、すごいね! コツとかあるの?」
「……あ、ううん……、まぐれだから全然……」
運良く呪文までは聞こえていなかったようだ。
椅子に縮こまるように座った。体中から汗がどっと噴き出し、心臓がばくばくと激しく鼓動する。呼吸が浅い。何かが喉元で引っかかっているような感覚だ。気持ちが悪い。
もしも自分が悪魔憑きだと周囲に知られたら、もうこの学校からいられなくなる。悪魔憑きは異常者で、非国民として迫害される。迫害されるのはリリーだけではない。家族も同罪として迫害されるだろう。
(またわたしのせいで、家族に迷惑がかかってしまう。それだけはいや……)
授業が終わるまで、時間が過ぎるのをただひたすらに待った。
風が涼しくて気持ちがいいですね。でもいきなり冬になるのはやめてほしいです。