第14話 二月十八日(3)
爆発現場は住宅街のど真ん中だった。めらめらと燃える炎で家の柱は崩れ、炭の塊になっている。柵や壁は吹き飛び、家の中が露わになっているが、それすらも燃え盛る炎に包まれている状態だ。爆発の中心地の上空は黒煙と灰色の雲。ざあざあと雨が降っていた。
今日の天気は快晴のはずだ。おそらくレオの魔法によるものだろう。火の勢いが僅かに抑えられている。
爆発現場に足を踏み入れようとするも、あまりの熱気と黒煙に躊躇してしまう。リリーはレオの名前を呼んだ。しかし、返事はない。
諦めかけたそのとき、頭痛のように響く声がした。訝しむ様子でリリーの名前を呼ぶ。
「お前はこの爆発の犯人を見たか?」
「いいえ。距離があったし、あんなに逃げてくる人がいたら、混ざっていてもわからないわ」
ルシフェルは、そうか、と呟いてそれ以上話しかけるのをやめた。何か考え事をしている様子だ。
リリーは辺りを走り回りながらレオを探す。遠くからサイレンの音が聞こえてきた。ヨハンが呼んでくれたのだろう。心の中で本人に言えなかったお礼を述べる。
「レオ……、どこにいるの?」
雨が降っている限りレオは無事だ。リリーは、息を切らして膝を突いた。冷汗が背中を伝う。軽く息を吸って立ち上がったとき、誰かに腕を引っ張られた。ハッとして振り返れば、レオの横顔が見える。レオはリリーの方を見ることなく、火が届かないところまで来ると、リリーの肩を強引に掴んだ。普段のレオからは予想もつかない強引さと鬼のような形相にリリーは思わず怯んだ。
「リリー、何でこんなところにいる。逃げろと言っただろ!」
金色の瞳がリリーを捕らえる。目を離すこともできず、顔を背けることもできず、リリーは震える唇を動かした。
「火事になるって聞いたから、レオを呼び戻そうとしたの。あなたが心配だったから。……ごめんなさい」
レオは怒気のこもった表情でリリーをじっと見つめたあと、唐突に大きく息を吸って、ため息交じりに息を吐いた。怒っているというよりは、すっかり安堵しきった様子だった。
「何でこんなところにいるんだよ。無事で良かった……!」
リリーはレオの肩をポンポンと叩いて、レオの頬に付いている煤を払った。
「ごめんね。わたしは大丈夫。……そういえば、怪我人は?」
たちまちレオは表情を曇らせた。俯いて、唇を噛みしめる。
リリーは察した。つまり、怪我人はいなかったのだ。生きている人も。リリーには見えなかったところで、命を落とした人がいたのだ。炭になって。そして、レオはそれを見た。それでも探したのだろう。両手も、服も煤で汚れて、ところどころ焦げている。
「仕方ないわよ。レオは精いっぱいやったわ」
どういう風に声をかけていいかわからず、結局出てきたのはテンプレートのような励まし。こんな言葉しか出てこない自分に失望した。
「俺にもっと力があれば、助けられていたかもしれないのに」
リリーも、何度も同じことを思ったことがある。『もっと力があれば』なんて言葉ほどどうしようもないものはない。自分の非力さを嫌というほど思い知らされるだけだ。そこに罪はない。
今のレオに「仕方ない」なんて言葉をかけるのはただの追い打ちだ。レオに責任があるわけではない。ただ、何もできなかったことが悔しいのだ。
サイレンの音が耳をつんざく。とっくに消防車も救急車も到着していた。けたたましいサイレンが自分たちの無力さを非難しているかのようだった。
「リリー、もう列車の時間だろう。俺はここに残るから、ここでお別れだ。見送れなくてごめん」
レオは申し訳なさそうに苦笑いをした。リリーは首を横に振った。そして帽子から箒を取り出す。
「ちゃんと使ってくれているんだな」と、レオは箒の柄をひと撫でした。
リリーは箒に跨って、レオに手を振った。
「また、手紙書くから。今度は王国に遊びに来てね。案内するわ」
レオも頷いて手を振る。
「飛べ、わたしの箒。ブーフ駅まで駆けよ!」
ふわりと空高く浮く。くるくると回って、方向を定めると、箒は駅に向かって一気に駆け抜けて行った。
ここで第一章は終わりです。お疲れさまでした。