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戦場の悪魔  作者: 漬物田中
第一章
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第13話 二月十八日(2)

「あっという間だったわ。ね、レオ……、レオ?」

 ずっと近くにいるものだと思っていたレオがいない。途中ではぐれてしまったのだろう。レオを探して辺りを歩いてみるが、あまりの観光客の多さに上手く見つからない。かといって、場所を移動しすぎると、余計はぐれてしまう気もした。

 リリーは湖の近くのベンチに座って待つことにした。その間もレオがいないか目で探す。


「こんにちは、お嬢さん」

 突然、リリーの横に座る青年。鮮血のような赤い髪の――。

(……誰?)

 レオではなかった。赤い髪を後ろで無造作に束ねたアンスバッハ人の青年だ。驚いたリリーはベンチの端の方に逃げたが、青年はぐっと近づいてきた。

「ロイテンベルク城は今見てきたところ? もし時間があるならぼくとお茶しない? すぐそこにいい店があるんだけど」


(ナ、ナンパ!?)

 リリーはとりあえず愛想笑いをして、青年から身体を遠ざける。断ればいいものを、驚きと混乱で上手く言葉が出ない。

(声を、声を出せわたし……!)

 そう心の中で念じて、喉の奥から唸るように言葉を絞り出した。

「ああああの、ひと、人違い! じゃないですか!?」

 青年は狐のような切れ長の目を細め、おかしそうに首を傾げた。

「人違いじゃないよ? 一目惚れ、うん。ぼくはヨハン。君は――」

 そこまで言って、青年は口を閉じた。リリーの向こう側を見る。


「俺の連れなんだ。勝手に口説いてもらっては困る」

 ぱっと後ろを振り向く。レオだ。

「そっか、残念」

 青年はあっさりと立ち上がって、リリーにひらひらと手を振った。

「今度はお茶行こうね~」

 青年が立ち去ると、レオは申し訳なさそうに手を合わせた。

「すまない! 絵を見るのに夢中になっている間に、リリーを見失ってしまって。何もされなかったか?」

 ようやくホッと一息吐いたリリーは苦笑いした。

「大丈夫よ。わたしも気が付いたらレオとはぐれていたし。お互いさま」


 リリーは時計に目を遣った。時刻はもう昼過ぎ。列車に乗るまで、まだ二時間ほどある。

 湖の傍、目の前には絢爛豪華なロイテンベルク城。レオは左手を後ろに、右手を胸に当て、(うやうや)しく礼をした。冗談めかしてニヤリと笑う。

「さあ、お姫様。お茶の時間でございます」

 リリーもレオに倣って、スカートの裾を軽く持ち上げた。そして右足を引き、腰を落としてお辞儀をする。

「ええ、待ちくたびれたわ」


 二人はロイテンベルク城を出て、再び路面電車へと乗り込んだ。リリーはぼんやりと外を眺める。視界に映るのは道路沿いに建つ木組みの四階建ての家。壁は白、青、赤と様々だ。一階は店をやっているところが多い。花屋、カフェ、バー、宝石店――。


 路面電車がちょうど停留所で止まった。乗り降りする乗客。視線を移して目に留まったのは、一筋の光の柱のようなもの。交差点の向こう側、住宅街からだろうか。空から垂直に伸びている。

 その光が地に吸い込まれるように消えると同時に、炎が膨れ上がるように広がり、今までに聞いたことがないような強烈な爆音が脳を揺らした。爆風が粉塵とともにガラスをガタガタと揺らす。今にも割れそうな勢い。黒い煙が意思を持ったかのようにもうもうと広がる。

 リリーは思わず目を瞑り、レオは目を見開いた。

 近くにいた住民たちは爆発の方を見た刹那、悲鳴を上げて一斉に逃げ惑った。乗客も路面電車に残る者、慌てて降りて逃げる者、それぞれが一様に怯えていた。

 爆音、爆風、黒い煙、飛んでくる粉塵や何かの破片、そして悲鳴、悲鳴、悲鳴。


「何が起こったんだ!?」

 レオは立ち上がって、そしてハッとした様子でリリーを見た。

「怪我人がいるかもしれない。リリーは警察に連絡して、避難しろ」

 そう言うとレオは足早に路面電車を降りて行った。

「待って、レオ! レオ!」

 リリーもようやく我に返ってレオを呼ぶが、その声はもう届かない。その瞬間、とてつもない不安に襲われた。

(どうしよう、わたしは何をすれば……。そうだ、電話!)

 リリーも路面電車を降りて、電話ができるところを探す。少し先に公衆電話。小銭を入れてダイヤルを回そうとして、あることに気付いた。

 リリーはアンスバッハの警察への電話番号を知らない。すぐ傍を走って逃げる人に話しかけようにも聞いてもらえない。ぎゅっと拳を握り締められたとき、受話器が取り上げられた。

 驚いて振り返ると、さきほどナンパしてきた青年、ヨハンだ。


「こんにちは、お嬢さん。また会ったね。その様子だと、警察に電話したいけど、番号がわからないのかな? いいよ、ぼくがしといてあげる」

 ヨハンはリリー越しにダイヤルを回した。そして目を細めた。

「君、あの男の子は? 逃げ遅れたなら早く逃げた方がいいよ。木造住宅ばかりだから大規模な火事になるよ」

「火事!? レオに知らせないと……!」

 リリーはヨハンを押しのけて、爆発現場へと走って行った。


「えっ、いや、逃げないと……ってもう聞こえてないや。……あ、もしもし博士? 座標間違えてますよー。ぜんっぜん違います。それよりもいい報告が。はい。本当にラッキーですよ。いえ、ここでは。研究室で。はい」

 ヨハンは電話を切って、振り返る。爆発現場に冷ややかな視線を向ける。そして、声を出して笑った。

「警察に電話するの忘れちゃったな。まあそんなことはどうでもいいや。また会おうね、リリー」


最近お酒に弱くなった気がします

でも寒くなってきたので熱燗飲みたくなるのは仕方ないですよね

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