第12話 二月十八日(1)
最近鬼滅の刃を読み始めたんですけど、面白い上にしんどいです
リリーはアンスバッハとの国境を隔てる検問所の前に立っていた。手には鞄とビザ。足元には一面の雪。
アンスバッハは山岳地帯に覆われた国で自然の境界が国境となっている。三年大戦後、観光などで人の行き来が増加したため検問所が設けられた。
検問所の職員にビザを渡し、アンスバッハに入る。いまいち実感は湧かない。比較的目立ちそうな場所に移動して、周囲をキョロキョロと見回していると、「リリー」と声をかけられた。
ベージュのコートの中に手を突っ込む、赤い髪に金の双眸の少年は、レオだ。
「久しぶりだな。長旅だったろう。どこかで休憩していこう」
リリーはレオに案内されるままにカフェに入った。
「アンスバッハでは酪農が盛んで、この時期のホットミルクは格別なんだ」
「じゃあ、それで」
しばらくすると湯気立つホットミルクが運ばれてきた。両手でマグカップを挟む。温かくて甘い匂いだ。
「どうだ、うまいか?」
レオが前のめりで尋ねてくる。リリーはぷっと噴き出した。
「まだ飲んでない」
レオは目をぱちくりとさせて、あっと声を漏らした。恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「すまない。つい」
リリーは笑みをこぼして、カップに口を付けた。ごくり、と一口飲み込む。特有の乳臭さがなく、上品な甘味が喉を通る。
「……おいしい」
思わずそう呟いた。満面の笑みを浮かべるレオが「そうだろう?」と言った。
「ありがとう。おかげでリラックスできた」
リリーは足をぶらつかせた。知らない国に入ることがこんなにも緊張するだなんて知らなかった。違う気候に異国の人、異国の言葉。前回来たときには気付かなかったことばかりだ。カフェの中も外も、赤い髪を持つアンスバッハ人が多い。この国にとって、自分の方が外国人なのだと思い知らされた。
しかし、以前レオが言っていたようにアンスバッハ系以外の人も目立つ。観光なのか住民なのかまではリリーにはわからない。
「今日は日帰りなのか?」
「うん。帰りのチケット、今日が安くて」
「箒で帰るんじゃないのか?」
「ふふ、また風に飛ばされちゃたまらないわ」
「それもそうだ。なら、今日は急ぎ足で案内しないといけないな。飲み終わったら行こうか」
リリーは頷いて、カップの残りを飲み干した。口の中が甘い香りでいっぱいになる。そして、鞄の中から小さな包みを取り出した。向かいに座るレオに差し出した。
「この間は助けてくれてありがとう。これはそのお礼」
レオは目を丸くした。包みを受け取ってまじまじと眺める。
「ありがとう。開けてもいいか?」
リリーが頷くと、レオはリボンを解いた。箱の中にはチェーンが付いた円系のもので、材質は銅。レオはそれを手に取った。懐中時計のように見える。蓋を開けると紺色の盤のみで針はない。
「これは『星読みのための羅針盤』。星のある夜にだけ針が浮かんで方向を示すの。星座をすぐに見つけることもできるし、占星術にも使えるものよ」
レオは羅針盤を熱心に見ては「綺麗だ」と呟いた。金色の羅針盤が窓から差し込む陽を照り返す。
「気に入ってくれたようでよかった。アンスバッハは星がよく見えそうだと思って」
ようやく羅針盤から目を離したレオはリリーに柔らかい笑みを向けた。
「大切にするよ」
リリーははにかんで頬を僅かに赤く染めた。
そして、二人は店を出て、路面電車へと乗り込んだ。
窓の外からアンスバッハの街並みを眺める。木組みの家が連なる。青い川の傍を通り、時計塔が建物の陰から姿を現す。
カッセル教会、ジョルジュ美術館を回って、ロイテンベルク城へとやって来た。最近世界遺産に登録されたばかりとあって、そこら中が観光客で溢れかえっていた。
城は湖に面しており、左右対称の造りとなっている。オレンジ色の屋根に雪が積もり、純白壁と絶妙な調和を生み出している。それがまた、陽に当てられて美しい。一歩中に入ると、そこはまるで異空間だった。まず目に飛び込んできたのは絢爛豪華なシャンデリア。そして金で縁取られたアーチ型の窓。灯りを点けなくても、大きな窓から入る光が白い壁を照り返して十分明るい。次の広間は彫刻と絵画で装飾され、高大さに溢れていた。高い天井にも絵画が施されている。油で描かれた絵画は神話が題材なのだという。特にこの部屋は数ある城の中でも秀逸であると評価が高い。
リリーは周囲をぐるりと見渡して感嘆した。どこを見ても緻密な造りのこの城は見ていて飽きない。その上、この豪華さ。当時の職人の技術が廃ることなくこうして保存されている。
夢中になって城内の他の部屋を回った。王の寝室、王の間、騎士の間――見学可能な場所を回っているうちに、人ごみに押されるように出口へと到着した。




