第11話 手紙
フィリッパの夜明けからもうすぐひと月が経とうとしていた。
リビングルームでテレビを点けながら、ゆったりとソファーにもたれかかる。手には二通の封筒。一つはピンク地に可愛らしい柄ものでまるっこい字。一つは白いシンプルなもので随分と整った字。二通とも宛名はリリーで、片方は香月、片方はレオだった。
まずは香月からの方の封を開ける。中には一枚の写真と二枚に綴られた手紙が入っていた。
『親愛なるお友達のリリーへ!
こんにちは。お元気ですか? 私たちはとっても元気です!
ところでこの間、一週間くらい私の家族と浩海の家族でニューヴェニアに行ってきたよ。フィリッパの夜明けのあとだったんだけど、どこも人が多くてびっくり。
まず、マーシー街っていうところを観光したよ。そう、あの歴史的建造物が多いことで有名な街で、ペリステリ教の大聖堂やアルバート城とか、すごく綺麗な街だった! 写真はアルバート城で浩海と一緒に撮ったものだよ!
次に、ニューヴェニアの中で一番賑やかな街、首都レヴィーに行ったよ。石造りの古い建物も大事にされているけど、コンクリートの背の高い建物も多くて、なんだか不思議なところだった。ブライトンもいいところだけど、レヴィーの派手さには負けるかな。危うく人の波に流されて迷子になりそうだった!
その次にノーフォーク宮殿! むかしむかし、ニューヴェニアの王様が住んでいたそうです。でも王様はもういないので、今は観光地になっているそう。すっごくキラキラしていて、庭もびっくりするくらい広かった!
まだまだ伝えたいことはたくさんあるけれど、手紙だけじゃ書ききれないから、寮に帰ってきたらたくさん話すね! お土産もお楽しみに!
鄭香月
追伸 浩海からリリーに「よろしく」だって!』
その可愛くてまるっこい字から香月の楽しそうな様子が伝わってくる。寮に戻るのが楽しみになる。きっとキラキラとした目で弾丸のように早口で話を聞かせてくれるに違いない。
同封されていた写真には、香月と浩海が仲良く並んで写っている。その奥にあるのが、手紙にあったアルバート城だろう。
写真を眺めながらカモミールティーに手を伸ばした。はちみつ入りで甘い。
もう一つの白い封筒を開封した。ご丁寧にシーリングワックスで封がしてあった。赤い蝋の上に動物の絵のスタンプ。おそらく獅子だろう。
内容は約半月前に出した手紙の返信だった。
『ミス・スピアーズ
手紙、ありがとう。二月十八日で大丈夫です。
その日は丸一日、アンスバッハを案内できるので楽しみにしておいてください。美味しい食事も用意します。
もし一泊なさるなら、当ホテルをご利用ください。最高のおもてなしでお待ちしております。
レオンハルト・ホフマン
追伸 次は合法的に入国するように』
「これだけ!?」
リリーは思わず素っ頓狂な声を出した。
(超他人行儀なんですけど!?)
次は声に出さなかった。が、想像以上に短い手紙に驚かずにはいられない。手紙を裏返したりしてみたが、内容はこれだけ。
他に語るようなことも特にこれといってないのだが――。
少しだけ、自分が何かを期待してしまったことに気付いて恥ずかしくなった。
(まあ、この間のお礼だしね。それよりもどんな服を着ていこうかな)
リリーのいつもの私服ならカジュアルなものが多い。しかし、これでもデートなので、女の子らしいふんわりとした服装の方が場に合っているのかもしれない。
「うーん、服を買うお金が欲しい」
ぐっと伸びをした。このイーストタウンで、リリーの年代向けの可愛い服が売っているとは到底思えない。
(お母さんかおばあさんが作ってくれたり、なんてね)
母は手先が器用じゃないし、祖母に頼むのは‶死んだ″孫としておこがましい。
ひと月前の母とのことが脳裏に蘇る。あれから母はすぐにいつもの母に戻った。「ごめんなさい」と一言謝罪を加えて。だからリリーは許したのだ。いや、そもそもリリーが許す立場になどあるはずがない。母が気に病む必要もない。謝っているのなら、それを理解しなければならない。
しかし、どれだけ時間が経ってもリリーにはどういうわけか胸が苦しかった。母のことだけじゃない。この家にいると、リリーの居場所はないように思える。この家のどこにいても、幼い自分がずっと見張っているようで息苦しい。
(はやく、学校始まらないかなあ)
ひとつ、呼吸を置いて、天井を見上げた。
この小説魔法もののつもりで書いてるんですけど、意外と魔法要素少ないんですよね




