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73話 それぞれの戦い

 自分のコーナーに戻ると、エドガーはドカっと椅子に腰を下ろした。

 震える足を見つめながら、思ったよりもボディへの攻撃が効いていることを認識する。

 肩で息をしているそんなエドガーの目を見つめると、ホランドは尋ねた。


「効いているようだな」

「見ての通りだ。あいつのパンチ、見た目よりもえげつねぇぜ。胃の中のもん全部吐き出しそうになったぜ」


 ふん、と鼻で息をするとホランドはエドガーの足を揉む。


「予定どおりじゃ」

「ふざけんなよ。こんなに苦しいなんて予定外だぜ」

「きさまが無事戻ってきて3R目を迎える。それで全て予定通りよ」

「簡単に言ってくれるぜ」


 エドガーが溜息を吐くと、いつもしかめっ面をしているホランドの口髭の隙間から、黄色い歯がチラリと見えた。

 エドガーもそれを見てニヤリと笑みを浮かべる。

 ここまではホランドの言った通りにやって見せた。

 1R目は、相手の土俵に入り込み意表を突いた作戦を見せること。

 2R目は、相手の想定通りに動いていると見せかけて、常に自分の距離で戦った。

 どちらもギャンブルではあった。

 もしも、ロイムがこちらの思惑通りに動いてくれなければ、真っ向から勝負を挑んでいかなくてはならない。

 当然負けるつもりはなかったが、リスクの高い戦いであるとホランドは言っていた。

 いくらロングリーチのフッリカージャブがあるとは言っても、ロイムの技術は自分の上を行くものであると、ホランドはエドガーに口酸っぱく言い聞かせた。

 2R目にダウンを奪われたのは逆に良い薬になったと言える。

 それで決着がつかなかったことは、エドガーにとっては僥倖であった。


「ギャンブルをしているのはお互い様だと言うことを相手に悟らせない。それが今回わしらが勝利を収められるかの肝じゃ」

「わかってるよ。いい具合に進んでるだろ?」

「次のラウンド、時がきたらアレを使え」

「オーケイ、一気に勝負を決めて来るぜ!」


 レフェリーがセコンドアウトを告げると、両コーナーのセコンドはリングサイドに降りる。

 そして、第3ラウンド開始のゴングが鳴り響くのであった。



 ロゼッタは主賓席でこの試合を見つめていた。

 1R目、ロイムが劣勢に陥っているのを内心ハラハラしながらも。そんな気持ちは表情には一切出さず、微動だにしないでリング上のボクサー二人を見つめていた。


「ロゼッタさんは、拳闘試合はよく観戦に行かれるのですかな?」


 そう尋ねてきたのは、ナザレック海運のご当主本人。ケンバート・ナザレックであった。


「はい? あ、いえ、子供の頃に父に連れられて何度か」

「ふむ、それでいて、随分と熱心に観戦されていらっしゃる」

「当然です。これからは、このボクシング試合をメインに、興行を進めていくつもりなのですから」

「ボクシング? 拳闘試合ではないのですか?」


 ボクシングがなんであるかを、ロゼッタはロイムやバンディーニから教わった知識で、ナザレックに簡単に説明をする。

 それを黙って、真剣に聞いていたナザレックが、顎に当てていた手を離すと、3ラウンド目開始のゴングが鳴り響いた。


「なるほど……あなたが、どうして真剣な眼差しで試合を見つめているのか、なんとなくだが理解できた」


 そう言うと、ナザレックはそれ以上は何も話さず試合観戦を続けた。


 ロゼッタも祈るような思いで二人の戦いを見つめる。

 今回の試合では、なるべく選手に負担がかからないようと、様々なルール改変と、道具の特注、それら全ての手配をロゼッタが行った。

 ルールに関しては、エドガー側とロイム側の要望を伝え、擦りあわせる為に何度も使いを出しては調整をした。

 一番難儀したのは、グローブである。

 エドガー達酒場ボクサーが使っていた、ホランドが作ったというグローブを、更に改良する為に、腕の良い革細工職人を探し出した。

 それでも、ボクサーのパンチに耐えうる強度にするにはかなり難儀したのである。


 それもこれも全ては、生身で殴り合う選手たちの生命を守る為である。

 ロゼッタの目指すところは拳闘試合を、実力のある拳闘士達が簡単に再起不能にならない競技にすること。そうして、拳闘士達の選手としての寿命が延びれば、熟練した技術の者達も増え、必然と競技のレベルも上がると考えた。

 それを大きな興行にすることができれば、今とは比較にならない程の観客を呼びこむことができる。

 安全で尚且つレベルの高い試合。そんな試合を求めている目の肥えた者達は沢山いるだろうと、ロゼッタは期待しているのだ。

 それでも不安はあった。

 どんなに最善を尽くしても、拳で殴り合うことには変わりない。

 結果、命を落してしまう選手が現れることは避けられないこと。

 ロイムがエドガーに打たれ、ダウンを奪われた時、ロゼッタは悲鳴を上げそうになる自分を必死で抑え込んだ。

 今もエドガーに打たれ、みるみる顔面が腫れあがって行く姿に目を背けたくなる。それを必死に堪えて、観戦を続ける。


 本当は見たくない、戦ってほしくない。もしもロイムが、ロワードのように還らぬ人となったら、正気でいられる自信はなかった。


 それでも、ロイムはリングの上で戦うことをやめないということもわかっていた。

 だからロゼッタは、一緒に戦うことを決めたのだ。


 自分に出来る戦いを、ボクシングという競技を通じて、ロイムと共に……。



 続く。


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