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57話 売られた喧嘩は売り返す

 それはジムだった。

 広い部屋の中で、十数人の男達の練習する姿。

 シャドーをする者、サンドバッグを叩く者、そして縄の貼られた即席リングでスパーリングをする者。

 熱気、臭い、なにもかもが懐かしい、ボクシングジムの風景であった。


 俺は今、ロゼッタに連れられて、とある街に来ていた。

 今回、俺のことを指名して試合を申し込んできた。エドガーとか言う奴の招待らしい。

 そいつが何者なのかは知らないが、ロゼッタの婚約者であることは本人から聞いてはいるがそこそこに良いとこの市民なのかなと思った。


「す、すげえな……」

「どこがよ。こんな狭苦しいところで汗臭いし、なんか他にも変な臭いがする」

「オリーブ油の臭いだな、肌が傷つかないように塗ってるんだよ」


 ロゼッタは鼻にハンカチを当てながら渋い顔をしている。

 屋外練習場と違って臭いが籠りやすいので、俺も結構な悪臭だとは思った。


 練習生達(と言うのが正しいのかどうかはわからないが)は、女であるロゼッタのことを好奇の目でジロジロと見ているのだが、奥からやってきた男が声を掛けると、がっかりといった様子で練習を再開していた。


「よお! お嬢様。そいつがロイムかい?」


 そう言いながらやってきた伊達男。

 上半身裸で、手には親指は出ているが、他の指は覆われているボクシンググローブのような物を付けている。

 たぶんこいつがエドガーだろう。

 身長は170㎝中盤くらいといったところだろうか。

 手足の長いひょろりとした体型である。


「エドガー、ここは空気が悪いわ。別のところで話したいのだけど」

「はっは、言ってくれるねぇ。ここは男の城だぜ? まあいいや、二階なら幾分かマシだろうから移動しよう」


 エドガーはグローブを外しながらそう言って、俺達について来るように促した。

 後をついて階段を上がると、4畳半ほどの狭い部屋に通された。

 中は質素な作りで、調度品等は椅子が一脚あるのみ。汚れた布や革等、それと雑貨等が適当に積み上げられているので、物置として使っているのだろう。

 下と大して変わらない気もするが、ロゼッタは諦めた様子で溜息を吐いた。

 エドガーはロゼッタに座るように勧めるのだが、ロゼッタはそれを断り立ったままで話を始めた。


「ロイム、彼が話していたエドガー。あなたが試合をすることになるかもしれない相手よ」

「おいおい、しれないってどういうことだよ?」

「言ったままよ。あなたと対戦するかどうかは、本人に決めて貰うって言ったでしょ」


 なんだかよく話が見えてこない。

 エドガーは、やれやれといった感じで肩を竦めると、俺の方へ向き直り自己紹介を始める。


「俺はエドガー・アラン・ポートマスだ。お嬢様から多少は聞いていると思うが、彼女の婚約者ってことになっている」


 ことになってるってなんだよ……。

 エドガーは口の端を上げてニカっと笑うと、右手を差し出してきたので、俺も手を差し出して握手を交わした。


「ど、どうも、ロイムです」

「へえ……」


 エドガーは握手を交わす手をじっと見つめると、徐々に手に力を入れ始めた。


 こいつ……なんのつもりか知らねえけど、握力勝負なら負けねえぜ。


「君はまだ、拳闘士としては一戦しかしていないと聞いている。その試合のことも調べさせてもらったけど、見事な勝利だったらしいね」

「そいつはどうも」

「俺はね、奴隷拳闘士ではないから、拳闘試合に出たことはないんだ」


 なんだこいつ? と俺は思う。


 にやにやしながら言うのだが、そこには舐め腐ったような空気は感じなかった。

 それよりも、どこか落胆したような。がっかりしたというような印象を受ける。


「俺と試合をしたいって聞いたんだけど」

「ちょっと違うかな。ロゼッタお嬢様が言ったんだよ。うちのロイムなら、あなたなんて余裕で倒せる、ってね」


 俺はロゼッタの方へ視線を送ると、なんだか不満気にロゼッタが睨み返してきた。


「それならやってみようじゃないってことでさ、君と試合がしたいんだよ」

「はぁ、要するにロゼッタに売られた喧嘩をあんたは買ったってわけか」

「そうなるかな」

「だったらお断りだね」


 俺の返事にエドガーは怒るかと思ったが、これは参ったといった感じで口笛を吹いた。

 なんだかいけ好かない野郎だぜ。


「どうしてだい?」

「俺はプロの拳闘士だぜ。素人相手に拳を交えることなんてしない」

「素人ねぇ……」


 エドガーがそう呟いた瞬間。

 部屋の中に、パァン! と言う乾いた音が響いた。

 エドガーの突き出した右拳を俺が左手で受け止めたからだ。


「素人かどうか、見せてやろうか?」

「不意打ちでこれかよ? やめといた方がいいぜ?」


 メンチを切りあい、距離を取るとお互い臨戦態勢に入る。

 俺は適当に相手をしてやろうとピーカブーではなく、オーソドックススタイルな構えを取った。


「ちょ、ちょっと! あなた達、戦うならちゃんとした場でやりなさいよっ!」


 ロゼッタが慌てた様子でそう言うのだが、相手がここで喧嘩を売って来るのだからしょうがない。

 素人相手に拳を交えないと言ったが、降りかかる火の粉は払わねばなるまいっ!

 俺は、売られた喧嘩は売り返す主義だ!


 直後、エドガーの取った構えに俺は驚愕する。

 エドガーは左半身を前に半身に構えるとある特徴的な構えをする。


 右手は顎の前に持って来て手の平を前に見せる。

 そして最も特徴のある構え。


 左腕をだらりと下げた状態にしたのだ。


 デトロイトスタイル。


 かつて、五階級制覇を果たした偉大なるチャンピオン。


 トーマス・ハーンズが得意とした構えだ。



 続く。


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