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15話 孤独な戦い

 突然のシタールの告白に、俺は一瞬思考が回らなかった。

 そして、シタールが何をやったのかを理解した瞬間、頭に血が上る。

 気が付くとシタールの胸倉に掴みかかっていた。


「どうしたんだよ? 殴らないのか?」


 俺は、それ以上は何もできなかった。

 ただ黙って、シタールのことを見ていることしかできなかった。

 どうしてシタールがそんなことをしたのか、なぜこれまで一緒に辛いトレーニングを乗り越えてきた、そんな仲間を売るような真似をしたのか。


 俺は声を絞り出すように言う。


「どうして……」

「どうしてだって? そんなの決まってるだろ。無駄な努力だからだよ! あいつは女だ、拳闘士になんてなれるわけがないっ! 練習をしたって意味がないだろう! 試験だって受けれるわけがない! 身体検査で素っ裸にされたらそれで終わりじゃないかっ!」


 怒鳴るシタールは、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


 なんでおまえがそんな顔をするんだ? カトルのことを売ったくせに!


「おまえだってそうだ……」

「俺が? 俺がなんだってんだよ?」


 そう言うとシタールは歪んだ笑みを浮かべる。

 その顔はやはり、泣いているように見えた。


「練習をサボってばかりだった口だけロイムが、急にやる気を見せだしたと思ったら。皆の知らないことを教え始めて、ロワードにまで勝っちまった。ジョーンさんや、あのセルスタにまで気に入られて、気が付いたら皆の人気者。おまえ、本当にあのロイムかよ……一体おまえは、なんなんだよ……」


 いつの間にかシタールは涙を流しながら胸の内を吐露していた。


「なんなんだよおまえ……。俺の方が先に……先に知ってたんだ……知ってたのに、おまえがぁぁぁ……」


 そうか、シタールはきっとカトルのことを……。


 どうやってカトルが女性だって知ったのかはわからないが、シタールは俺が知るよりも先にそれを知っていたのだ。

 それをシタールは皆にずっと黙っていた。

 カトルにも知られないように隠していたのに。


 たぶんカトルは、俺に対して少なからず好意を持っていた。

 俺だって子供じゃない、いや身体は子供だけど。カトルのあんな態度を見て、俺に対して憧れ以上の感情を抱いていたことくらい気が付く。

 当然周りの奴らだってなんとなくだが勘付いていたと思う。


 シタールの取った行動は許せない事だ。

 しかし、シタールはまだ11歳の子供だ、後先考えずに感情だけでそんな意地悪をしたくなってしまったのだろうと思ってしまう。


「シタール……」

「そういうところだよ」

「え?」

「以前のおまえなら、怒り狂って俺に殴り掛かってきただろう? そんで返り討ちに遭うってのが、今までの俺達だったはずなのにっ!」


 俺がロイムの身体に入ってしまったことによって、崩れてしまった関係性。

 血の繋がった親もいなけりゃ兄弟もいないこいつらにとって、ここにいる仲間達がそんな存在だったのだ。


「シタール……おまえから見たら俺は変わっちまったのかもしれない……いや、変わったんだろうな」


 俺はシタールの胸倉から手を離すと背中を向けて歩き出す。


「でも、いつかは変わらないといけないんだ。俺達は拳闘士(ボクサー)だ。リングの上では常に孤独な戦いが待っているんだから……」


 そうだ、俺はボクサーだ。

 馴れ合いをする為に、日々、過酷なトレーニングを積んでいるわけではない。

 切磋琢磨する仲間の存在を否定するわけじゃない。でも、傷を舐め合うような関係なんて真っ平だ。


 俺達はこの拳一つで生きていかなければならない。

 きっとこちらの世界では、俺が元居た世界でボクシングを続けるよりも過酷な道だと思う。ジョーンさんや、他の拳闘士達を見てきて、十分にそれは理解した。


 だから俺は、一人でも戦うよ。


 シタール、おまえもすぐにそれがわかる日が来るさ。


 だから今はおまえのことは責めない、なにも言わずに俺は俺のやるべきことをやるだけだ。



 その場に頽れて泣いているシタールのことを置いて、俺は試験場に戻るのであった。



 試験場に戻ると教官が駆け寄ってきて、どこに行っていたんだと怒られた。

 どうやら準備は既に出来ているらしい。


 会場を見ると見知らぬおっさん達が、数名並んで椅子に腰掛けている。

 その中にはセルスタの姿もあった。


 セルスタは俺に気が付くとニコニコしながら手を振ってくる。

 それを見て年長の候補生達は、なにやら不満気な顔で舌打ちをしたりしていた。


「全員整列!」


 教官の掛け声で審査員達の前に整列すると、真ん中に座っていた如何にも偉そうな感じの男が立ち上がる。


「今回は、これだけか……」


 そう言うと、小さく息を吐き全員のことを見回した。

 その眼光は鋭く、まるで歴戦の勇士のような、そんな威圧感さえ覚える。


 間違いない、この男が俺達の主人であるマスタングだ。


 黒髪のオールバックにメッシュの様に線の入った白髪が特徴的で、年寄りではないが若くもない。

 おそらくは40代後半くらいといったところだ。

 見た目的には、やり手のビジネスマンと言った風体である。


「きさまらがこれから進む道は荊の道だ。自らの拳で切り拓き、そして勝ち続けなければ生き残ることのできない。そんな道であることを肝に銘じて試験に臨め。以上だ、始めよ!」



 そうして、俺達の拳闘士候補生の、検定試験が始まるのであった。


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