~4~ 記憶にない記憶
「ルイ、待ってよルイー」
少女が俺の声が名を呼び、追い掛けてくる。
「一人で先に行かないでー」
だが俺は、その呼び掛けにも振り向かず歩き続けた。
後ろから早歩きで来る気配は、しかしその距離を縮めない。
「おまえに合わせて歩いてたら遅刻するっての」
少女を見ることもなくそう言って、変わらぬ歩幅で歩き続けていく。
胸の奥が、ちくりと不快にざわめいた。
それは記憶の中の風景、小学校の頃の登校の場面だと理解する。
「ぼくが歩くの、遅いって、知ってるでしょ……ルイ」
呼吸を乱しながら早歩きで俺に着いてくる少女が、途切れ途切れの言葉をぶつけてきた。
その物言いに不愉快さを感じ、立ち止まって振り返って。
「だったら親に送ってもらうとかすればいいじゃんか」
露骨な不機嫌さを含んだ口調で、俺はそう少女に言い放った。
少し離れて前屈み立ち止まり、息を荒くした少女が顔を上げこちらを見つめてくる。
長いまっすぐな黒髪、色白の肌、野暮ったいデザインの眼鏡。
華奢な身体に、今にも消えそうな儚い雰囲気を纏った彼女の表情は……悲しみの色だった。
「なんで……」
消え入りそうな声に、悲痛な音色を滲ませて。
「なんで、そんなこと言うの……?」
悲しそうに言いながら、少女の目に涙が浮かぶ。
責めるようにではない、すがるような切なさのこもった小さな声。
また胸に不快な感覚が広がる。
今度ははっきりと、重たく締め付けるように。
「俺はおまえの保護者じゃないんだよ!」
胸に広がっていたのは罪悪感。
素直になれなくて取った意地悪な態度がもたらした、自己嫌悪の念が俺を苛む。
それから目を逸らし、吐いた言葉はまた気持ちとは真逆のものだった。
「ルイ……」
少女の瞳から頬を伝って涙が落ちていく。
「ごめんね……」
その震える口から出た音色が、俺の全身を打ち据える。
そうじゃない、そんな顔をさせたい訳じゃない。
「ほら、急げよ。本当に遅刻するだろ!」
込み上げて来る物を隠すようにまた少女に背を向けて、俺は歩き出した。
「……ありすに合わせてもう少しゆっくり歩いてやるから」
今度は歩調を緩めて、後ろの少女が離れないようにしながら。
「うん……ありがとう、ルイ」
記憶にない姿の、よく知っている名前の少女が呟くようにそう言った。