~0~ 鏡の中の少女
闇の中、俺は眼を覚ます。
いや、これは夢だ。
いつから見るようになったのか、いつの間にか見る度にそれを認識できるようになった夢。
視界に映る全てが黒一色に染まっている、ここがどこなのかわからない。
そもそも、ここが日常世界で言うところの『場所』も呼ばれる空間と同じものなのか、それすらも定かじゃない。
「いったい、なんの意味があるんだ、この夢は……」
立っているという感覚はある。
つまり地面はあり、重力という物理法則も存在してるのだろう。
だが、闇で覆われたこの空間では、俺にはそれ以上のことはわからなかった。
いや、もうひとつわかっている事がある。
「次は鏡、だろ……」
これから起きる現象、もう嫌というほど見せられてすっかり飽きた展開だ。
闇のただ中に放り出されて、そして次に俺の正面に光が広がっていく。
目が眩むほど強い光、それがやがて弱まると姿を現すのは『鏡』だ。
いわゆる姿見と呼ばれる、全身が映し出せるサイズの楕円形の『鏡』。
だがそこに映し出されたのは俺の姿じゃなかった。
「……ルイ……」
声が聴こえてくる。
少女の声が、どこかから……いや、『鏡』の中から聴こえてくる。
俺と向かい合って立つ『鏡』に映っている、少女の発する声だった。
「ルイ……お願い……」
「お前は、誰なんだ?」
俺の名を呼ぶ少女に、誰何の問い掛けを投げる。
だが少女はそれに答えることは無く、ただ今にも泣きそうな顔を浮かべたままで。
「ルイ……ぼくのところへ来て……」
こちらの問いには答えず、少女は一方的に言葉を紡ぐ。
「どこなんだ、そこは……?」
無駄だと知りながら、それでも再びの問いを口にする。
「ルイ……ぼくを……ここから連れ出して……」
わかっていたとはいえ、やはりこちらの言葉に何も反応を示さずに一方的に喋る少女。
いや、あれは喋っているというよりは思いをただ宙に吐き出しているだけ、なのかもしれない。
「なんで、俺の名を知っている……?」
何度も見る夢の中、何度も見た少女の姿に覚えはない。
長く綺麗な黒髪、お洒落とはいえないがさりげないデザインのメガネ、儚さを漂わせる顔立ち。
美人とも可愛いともどちらでもあり、どちらでも無い容姿。
そして着ているのは見知らぬ制服だ。
「……っ」
頭のどこかで微かな刺激が生じる。
本当に俺は、彼女を知らないのか……?
不意にそんな思いが脳裏に浮かぶ。
いや、知らないはずだ。
「ツっ……!」
再び生まれる頭の中の刺激。
この刺激はなにかを俺に伝えようとしている、なぜかそんな気がしていた。
だがやはり、少女について何かを思い出すようなことも起こらずに。
「ルイ……たすけて……」
『鏡』の中の少女の瞳から、ツーっとひとすじの涙が流れる。
夢の始まりからその瞬間まで、俺はまったく動くことが出来ないままで。
「……たすけて……ルイ……」
救いを求める声と共に全てが白く染まっていって、そして夢は終わるのだった。