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ヌーヴォー・アヴェニール  Other Side  作者: 龍槍 椀
衛生兵分隊 小隊長 ユージン=コビック Side
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衛生兵分隊 小隊長 Side  ユージン=コビック ⑦

 


 野営三日目にもなると、皆の様子に少しずつ ” 慣れ ” が生まれて来るのがわかる。 探索にしろ、討伐にしろ、何事もある程度 ” 慣れ ” が必要なんだ。 何度も踏む小道。 立木の位置。 見える景色。 自分が何処に居るのか、何をしているのか。 そういったもんだ。


 でな、「 慣れ 」は、どうやったら生まれるかって事だ。 それはな、” 帰れる場所 ” が、有るってこった。 


 傷ついても、疲れても、「 そこ 」に、帰れれば、休めるし、癒されると判っている場所。 冒険者や、傭兵やってる奴等の、「 そこ 」は、組合ギルドの館の中ぐらいだ。 運よく家を持っている奴等は、そこ。 学生やってて思ったのは、貴族の奴等は、そんな特別な空間を当たり前の様に持ってたってな。


 俺達、根無し草には、そうとう無理しないと手に入れられない様なモノを、最初から、無料で、与えられているんだ。 不公平とか、理不尽とか、もうそういった物は、どっかへ行った。 そういうもんだって、理解してた。 


 なんで、こんな事思うのか…… その ” 帰れる場所 ” を僅かな時間、”たった三日” で、手に入れられたって事実に、ちょっと思う所が有ったんだ。


 疲れ切った顔をして、探索、討伐に出て行った奴等がな、嬢ちゃんの顔を見ると、ホッとしてやがるんだ。 勿論、旨い飯を作って呉れているのだから、それは、当たり前なんだが…… いや、なんていうか、それ以上のモノを見ている感じなんだ。


 例えて言うなら、長い遠征から、” 帰れる場所 ” に、帰った時に出す、あの 「ホッ」 なんだよ。


 嬢ちゃん、短い時間で、この偏屈な野郎共の、胃袋はおろか、里心まで掴んじまった。 まったく、なんて人だ。 




 ―――――




 嬢ちゃんが、エルガスと アムエルに、何か言ってた。 素っ気ない態度で、頭を振ってる。 なんだ、あいつ等? いつも俺に ” 御注進 ” に、来るときとえらい態度が違うな。 あんなに、” クロエさんが、 クロエさんが ”って、言ってんのにな…… 照れてんのか? 


 直接声を掛けて貰って、そんなに嬉しかったのか? はぁ…… 若ぇな。 まだ……十五だもんな。 そう言えば、あいつ等のお貴族様の端っこに居たな。 何だか良く判らんが、ほとんど庶民か、それ以下だって、笑っとったな。 まぁ、下級貴族の三男とか、五男とか言ったら、そうなるか…… 


 嬢ちゃん、ちょっとがっかりした顔してるな。 なんだ? 何が有ったんだ? 眼が合ったぜ。 そんで、期待した目で、俺を見てから、こっちに来やがった。 なんだ、厄介ごとか? どうした。


 嬢ちゃんの口から出た言葉に、驚くまいと決心していた俺の心が、崩れ落ちた。 はぁ…… 予想外の事を言いやがるな、この嬢ちゃんは!





「あの、狩りを実施すれば、もっと食事が豊かになります。 許可も貰えました」


「本当か? じゃぁ、さっそくやってみるか! 俺は、元は傭兵だったから、狩りは得意なんだ! ところで、お前、捌けるのか?」


「ええ、まぁ・・・一通りは・・・」





 マジか!!! 狩りしても良いってんだな!! でも、ちょっと待て。 狩りをするって事は、そいつを喰うって事った。 けどよぉ、得物には、手も、足も、頭の、内臓も、毛皮だって、付いてるんだぜ? 喰えるように肉にするには、結構、血みどろになったりもするんだぜ。


 大公家令嬢様が、そんな事出来んのか?


 不安だ…… 物凄く、不安だ。 でもなぁ……肉…… 喰いてぇなぁ……


 一応よ、他の隊の隊長達には言っといた。 都合が付けば、狩りをしてくれってな。 飯が豪華になるぞって言ったら、二つ返事で受けてくれた。 でもよぉ…… 捌くのは俺らかもな。 これは、黙って置いた。 野郎共の中にも、捌くのは苦手な奴が多いんだ。 そのまま焼いて、喰えるとこだけ喰うとかな…… 


 鳥打でも、スッかなぁ…… あっ、この辺、”鳥” 居ねぇんだ。 ちょっと、その辺、うろついてみるか。 何でもいいけどよぉ…… 肉…… 喰いてぇなぁ…… 





 ―――――





 レオに暫く、隊を任せて、俺はキーソと、オイと三人で森に入ったんだ。 ちょっと危ないかもしれんが、他の隊の奴等が居ねぇ、西側にな。 キーソもオイも、元冒険者だ。 奴等の耳は、俺と同じくらい良いんだ。 


 危険やら、障害やらは、結構遠くから、察知できる。 俺達三人いれば、早々不意打ちになるようなこたぁねぇ。 更にな、得物ももって来てる。 バトルアックスと、バスタードソード、それに、ハルバードだ。 まぁ、この三人いれば、中装備の騎兵小隊からだって、突破できるな。


 野営地の西側の情報も必要だったしな。 5リーグ以内だったら、何とかなる。 ……筈だよな。 でな、居ねぇんだ。 「獲物えもの」が、じゃねぇ。 ちゃんとジャイアントラーズが狩れた。


 ちげぇんだ。 魔物の気配がねぇんだ。 ちっこい魔物のキラービットとか、グリンスライムとか、エフライダーって蜘蛛とか…… 居るだろ、普通。 




     全く、全然、影も形も、見ねぇんだ。




 おかしい…… こんな森の深くで、全く見ねぇなんて、おかしい…… ” 勘 ” がなんか、全力で警告を発してやがる。 キーソも、オイも同じ様に感じていたらしい。 




「静かすぎねぇか?」


「ジン、お前もそう思ってたのか」


「なんだ、ジンも、オイもか。 悪い予感がするぜ」


「どうした、キーソ。 なんか思い当たる節でもあんのか?」


「ああ。 前にな、「リベイドの森」 って所でな、討伐依頼をこなしてた時と、よく似ているんだ」


「どんな風に」


「ジン、オイ、やべぇぞ、ここは。 リベイドの森の時は、こんなに静かになった後に、大きな奴が現れた。 まるで、そいつに追い散らかされたみたいにな。 そん時でも、ここまで静かじゃ無かった。 まだ、蜘蛛は出てたし、逃げるキラービットの後姿も見えていた。 ……それすらも居ねぇ」


「帰ったら、報告するか?」


「聞くか? あの教官共が。 他の隊の隊長連中に伝えておいた方がいいがな」


「判るか?」


「あぁ、俺が、「リベイドの森の惨劇」を思い出してたって言えば、奴等は判る筈だ」




 思い出した。 「リベイドの森の惨劇」 ギルドハウス直接依頼で、参加した5パーティの内、4パーティーが、全滅した奴だ。 やられ方が酷くて、もう、冒険者に戻るどころか、一般生活にも不自由になっちまった奴等が続出した事件だ。 S級だったんだぞ、そいつら…… と、言う事は、その中の生き残りか? キーソは。




「お前…… 」


「生き残っちまった。 で、冒険者を、やめた・・・。 仲のいいパーティだったんだがな。 前衛が全員、逝っちまいやがった。 何にも出来なかった……」


「すまん。 聞く気は無かった」


「いいんだよ。 これからに活かせればな。 それに、俺は何としても騎士になりたいんだ。 給金貰って、生き残った体の不自由な奴等に、仕送りをしてやらなきゃならん。 それが、笑って送り出してくれた奴等への、恩返しになる。 少なくとも、野垂れ死にさせる訳にはいかんのでな」


「……気負うなよ。 お前、先に死んじまうぞ」


「……刻が意味をなさぬ場所にも、仲間は居るさ。 判ってるよ、判っているさ」




 無理矢理に、笑顔を作りやがった。 よし、判った。 何としても、卒業しような。 そんで、騎士職になろうな。 なんか、胸に来た。 そうだよ、わざわざ学院に、来る奴ってのは、相応の理由が有るんだった。 失念する所だった。 くそっ! 俺が悪い。 すまん、本当にすまん。


 そうと決まれば、とっとと帰ろう。 ジャイアントラーズ引き摺って、野営地に戻った。


 そうさ、” 帰れる場所 ”にな。





 ―――――





 野営地に帰ってきたら、他の隊の奴等も帰って着てやがった。 そんで、手に手に、同じ得物をもって来てる。 なんで、同じなんだ?



 ジャイアントラーズばっかり、八羽も……



 嬢ちゃんに見せたら、目を大きく開いてびっくりしてたぜ。 当たり前だ。




 どうすんだよ!!! 




 此処には、まともな解体場もねぇんだぞ? そしたらよ、嬢ちゃん、大工やってた元冒険者の キーカになんかお願いしてた。 なんだ、なんで、俺じゃねぇんだ? ちょっと、ムカついた。 



―――――



 集まってた、他の組の野郎共にな、西側の森について、ちょっと判った事を掻い摘んで、話したんだ。 最初は、半信半疑だった奴等も、キーソの言葉を伝えたとたん、真剣な眼つきになりやがった。 あぁ、やっぱり、知ってるよな。 あの事件は、有名だもんな。 俺の遭遇した、魔物暴走スタンピート事件と同じぐらいな。 辺境の冒険者ギルドじゃぁ、有名だもんな。




「ジン…… 悪い知らせがあるんだ」


「なんだ…… 聞きたくねぇな」


「じゃぁ、教えてやる。 教官共が、西側の森の討伐を指示しやがった」


「なに? で、奴等は危険性を知ってるのか?」


「知る訳がねぇな。 ギルバート様が、討伐予定の根拠を、教官共にお尋ねになったんだ。 なんて言ったと思う?」


「……白龍大公自領軍からの要請……か?」


「ほう、見えたか」


「それまで、何の指示も出さねぇ奴等が、急に言い出したんだ、主筋の要請に決まってんだろ!」


「……どこまでも、勝手な奴等だ」


「あぁ…… 締めて行くぞ。 益体も無いやくたいもない世界でも、くたばるには、まだ早ぇからな」




 ボソボソと、そんな事を喰っちゃべっている内に、お嬢が解体の準備を終えていた。 えっ? それ、なに?


 物干し棹みたいなモノ。 ちょっとした作業台。 大型のナイフ。 そんで、作業台の上に、綺麗に並べられた、ジャイアントラーズ八羽。


 それを目の前にして、嬢ちゃん、なんか祈りだした。 風に乗って、嬢ちゃんの言葉が聞こえる。 解体する前に、解体場の奴等がする御祈りと同じだ。 俺が狩って来た鳥を捌く前に、” アイツ ” が、唱えていた御祈りと同じだ。 北の辺境あたりの御祈りと言ってたな……





「天と地と精霊様。 命を奪う罪深さ、その血肉をもって生きる、我らの業を、お許しください。 そして、今日の糧を与えて頂いた事、感謝いたします」




 スルッと、嬢ちゃんの横に行く。 気になった。 ” アイツ ” と、同じお祈りを唱えた事にな。 嬢ちゃん、もしかして……




「シュバルツハントは、北の方に云った事あるのか?」





 何とも言えない、笑顔で応えられた。 言いたくねぇのか。 ……どうも、はぐらかされるな。 いっつも。 まぁ、過去は聞いてもろくでもない事になるって、さっき判ったから、これ以上は聞かねぇ。 気にはなるがな。


 でな、その祈りを口にした女ってのは、たいてい、解体が上手い。 ” アイツ ” もそうだし、あの村の女達もそうだった。 嬢ちゃんは? あぁ…… やっぱり。 綺麗に解体してやがらぁ……  他の奴等、あんぐり口を開けてみてやがる。


 ん? 従者も? 知らなかったのか? 


 アイツ、なんか、秘密が多い奴なんだな……




 ―――――




 見てる間に、肉になった。 そんで、そのまま焼くのかと思うと、どっかから拾って来てた樽になんかの汁 入れて、その中に突っ込んでやがった。 つけ焼きか…… つけ汁が旨いと、本当に旨い焼肉になるからなぁ……




     おっ、肉以外は、地面に埋めたか。




 知ってるな。 いずれ土に帰って、また、命の糧になるって事をな。 やっぱり、嬢ちゃん、北の生まれか、それとも、北の人間が近くにいたな。 他の地域の奴等は、しねぇからな。  いずれにしても、これから焼くんだろ、火の用意しといてやるよ。 


 嬢ちゃんが、肉を枝かなんかの棒に刺してるな。 魔法科の女共も手伝いに来たか…… なら、コッチも早めるか。




「レオ、薪あったよな」


「あぁ、初日にシュバルツハントが作った奴が、まだあるぜ」


「十束程、もって来てくれ」


「あいよ」


「クーマ、 ちょっと、火着けたのむわ」


「おうよ、良く熾すんだな」


「串焼きにするらしい」


「わかった」




 冒険者とか、傭兵とかはそんな事は、得意だからな。 嬢ちゃんたちが準備を終える前には、コッチも準備が出来ていた。 物凄いいい笑顔で、俺を見て来たよ。 そんな笑顔……眩しい位だ。 なんか、” アイツ ” 思い出しちまった。 なんでかなぁ……



 辺りに一面に、けぶる煙。



 焼けてジュウジュウ云う音。



 漂ういい香り。



 腹が鳴る。



 野郎共が我慢しきれず、近寄って来る。



 命の糧。



 旨い飯。



 懐かしの野外飯。



 栄光も、挫折も、祈りも、悲しみも、全部見て来た、こんな火の周りで。



 薄汚れた現実を、一時だけ、忘れさせてくれる。



 旨い飯。 





「みなさんの分も御座います。 存分にお食べ下さい」




 ニッコリ笑う、嬢ちゃんの顔。


 笑顔が、笑顔を呼ぶ。


 歓声が上がる。


 そうだよ、これが……






     ” 帰れる場所 ”






 なんだよ。










         ん?!?!








 ちょっとまて! なんで、お前ら来てんだよ!!!





      教官共!!!!




 それに、なんで、酒樽持ってるんだ?!?!?!?!









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