衛生兵分隊 小隊長 Side ユージン=コビック ⑥
救護天幕の設営に入った。 飯が殊の外旨くて、野郎共のやる気は鰻上りだ。 良い事だ。 夜の飯も作ってくれるって、”約束” は、取り付けた。 ああ、取り付けたさ。 目の前に、砂糖の塊をぶら下げられた馬みてえぇだが、自分達から願った。 心の底から願ったんだよ。 旨い飯。
備品を積んだ馬車に野郎共と向かう。 一台の荷馬車に衛生兵分隊の荷物が山と積まれて居るんだ。 昼飯で満足できてなかったら、この山を見て、ゲンナリしてただろうな。 そんで、決まって喧嘩の始まりだ。 今? そんな事ねぇな。 嬢ちゃんを早く休ませてやりたくてな。
「野郎共、気張って行くぞ!」
「「おう!」」
先ずは、天幕をたてねぇとな。
「分隊長様、意見具申」
「おう」
「天幕の構成品に不備が有ります。 員数確認の際、発見しました。 重要部品が足りません」
「なに?」
おいおい、マジかよ。 天幕をたてる予定地に地割をしてから、天幕の部品を並べてみた。 嬢ちゃんの言う通り、重要部品が足りねぇ。 つうか、それが無いと、たてられねぇ…… あいつ等……やりやがったな。 これは、どうする? 他の天幕と違って、救護天幕は大型だ。 よその予備部品じゃ、代えられねぇ。
概要と規定には、なんて書いてあったっけかな? 小冊子を取り出して、確認した。
”使用している備品については、欠損がある場合がある。 その場合、現地で調達する事”
くそっ!! 何だってんだ。 マジか。 作れって事か。 行軍中の兵にさせる事か? 本来なら、設営部隊がする事だろ。 工兵じゃねぇんだぞ。 なんか、ムカついて来た。 学生部隊に何させようってんだ?
ふと、お嬢を見ると、その視線を周囲の森に走らせてたな。 なんだ? なんか居るのか? それで、全く慌ててる気配がねぇ。 嫌がらせだぞ? 怒んねぇのか? なんか、不思議な奴だな。 風に乗って、嬢ちゃんの呟きが耳に届いた。
”応急処置で機能回復。 現場の知恵がモノを言います”
おい、本気か? 工兵の仕事だぞ? ふと、思い当たった。 そうだ、傭兵してる時の事をな。 雇い主にくっ付いて、討伐に向かってた時の事だ。 ぬかるんだ道に車輪を取られて、荷馬車がこけて、天幕が台無しなったっけか。 あんときは当然、工兵なんかいなかったから、自分らで直したよな…… 同じ事だと?
実習訓練だぞ? 実戦じゃねぇんだぞ?
お嬢と眼が合った。 また、くっそいい笑顔を向けられた。 なんで、笑ってられる。 悪意の塊投げつけられてんだぞ?
「あそこに、いい感じの立木が有ります。 だれか、戦斧持ってませんか? ロープも」
嬢ちゃんの言葉に、俺達は無言で動いた。 いや、この場合、俺が指示を出さなかきゃならんのだが…… まぁ、いい。 悪い気はしない。 前向きだな。 なんかあっても、次を常に考えてやがる。 もう一つ、嬢ちゃん、木の切り倒し方知ってるって事だ。 単に斧で、伐りゃいいってもんじゃない。 どっちに倒すか、使える部分をどんだけ残すか、それを知ってるのと、知らないとでは、後で大きく違う。
ロープ使って、伐り倒す方向を制御する。 木の根元のいい感じの処を両側から戦斧で伐る。 ゆっくりと倒れ込み、誰もケガをせずに済んだ。 枝を払い、丸太にする。 この作業、慣れない奴がすると、半日仕事になる。 随分と手際がいいな。 つうか、おめぇら、なに嬢ちゃんの指示に従ってんだ? んん? 分隊長は俺だぞ?
「ジン…… そんな顔すんなよ。 指示が的確過ぎて、誰も疑問に思っちゃねぇからな」
「あぁ、レオか…… すまん。 それにしても、なんで、大公家のお嬢様がこんな、樵の知恵しってんだ?」
「知らんよ、そんな事は。 でも、そんなこたぁ、別段気にもなんねぇ…… 不思議な感覚だな」
レオの言った通り、誰も疑問に思っちゃいねぇ。 その後、また、目を剥いたぜ。 天幕の大きさから、メインポールの長さを割り出しやがった。 俺らなら、大体で済ますところだったな。
「実際に立ち上がる部分は、四メルテ半 石撞き、柱頭にそれぞれ四分の一メルテ、都合、五メルテの真っ直ぐな部分が必要です。 ええっと、大丈夫そうですね」
「あぁ、俺、街で大工仕事請け負ってたら、石撞きと柱頭作るわ」
「俺も、手伝うぜ。 お前とは違う現場だったが、おれも、その仕事した事有るから」
冒険者で喰えない時は、そうやって日銭を稼ぐんだ。 大工仕事とか畑仕事とか。 言い出したのは、元冒険者の二人。 無口なそいつらの元仲間が一緒になって、石撞きと柱頭刻み始めやがった。 俺に一言も無しでなっ! 嬢ちゃん、その間に、不要部分を薪にしていたぜ。
枝とか、幹を割ったりして薪の大きさに揃えてたんだ。 手隙の奴等、それを手伝ってたな。 俺に一言も無しになっ! そんでな、立木はそのままじゃ、薪にはならん。 水気が多いからな。 嬢ちゃん何を思ったか、その薪を井桁に積み上げてな……
両手に魔方陣出しやがった上に、炎と風を生み出して、乾燥させやがった!!!
おい、おい、おい マジかよ。 クーマが隣に来て、俺と同じように、驚き倒してたぜ。
「二重魔法…… 中級どころか、上級魔法使いじゃねぇか。 制御系もしっかりしてるし。 なにもんだよ。 行政内務科? 嘘つけ、魔法科の特進教室の奴等でも難しいぞ? おい、ジン。 どうなってんだ?」
「知らん!!!!」
「マジか。 クロエ嬢ちゃん…… 只もんじゃねぇな」
唖然として、俺とクーマが見てるうちに、薪はいい感じに乾ききった。 もう、なんも言わねぇ。 あれも、嬢ちゃんの内だ。 そういう奴だと、思う事にした。 もう、ぜってい驚かねぇぞ。 そうこうする内に、石撞きと、柱頭の加工は終わった。 隊の皆で、運んだよ。 嬢ちゃんには無理させられねぇからな。
天幕をたてる場所に持ってったんだその柱。 いいね。 これで、救護天幕がたてられるな。 あとは……まぁ、何事にも最初ってあるじゃないか。 色々やって試してみたらいいんだ。 ウロウロしてたら、嬢ちゃんがやって来てな、聞くんだよ俺に。
「分隊長様、天幕の立て方なんですが」
「なんだ、言ってみろよ」
「はい、手順書が御座いまして、でも、ちょっと不備も御座います」
「えっ、手順書? なんだそれ」
「『本演習における、概要と規定』の冊子の中に有りましたよ?」
「い、いや、まぁ、あったな」
「先ずは手順書通りに。 その中で不具合が有る部分はお知らせいたします。 何分とわたくしは非力なもので、実際の作業には足手まといになりかねませんので。 宜しいでしょうか?」
「お、おう。 じゃぁな、陣頭指揮取ってくれ。 あぁ、天幕設営のな。 おおい、野郎共!! 嬢ちゃんが、救護天幕の設営の陣頭指揮を執る。 手足となって、設営してくれ!!」
「「「 おう 」」」
なんだかんだで、全部任せちまった。 これって、俺がする事じゃねぇか! まったく、何やってんだかな、俺は。
「ジンよ、お前、勉強嫌いだろう」
「何!」
「冊子に書いてあるぞ。 天幕の立て方。 シュバルツハントが気をきかせてくれんかったら、俺達はウロウロの集団になる所だったな」
「くそっ! そうだよ、レオ、その通りだよ。 ちょっと、冊子読んで来る」
「遅ぇんだよ。 まぁ、お前らしくていいがな。 シュバルツハント、読込んでるぜ、『本演習における、概要と規定』 足元掬われん様にな」
「おうよ。 レオ、わりぃな」
「なに、良いって事よ。 それに、シュバルツハントがそんな事するとは思えんしな。 ほれ、今だって、お前の事立てて、煽りまくってるぜ」
「へっ?」
遠くから、嬢ちゃんの声が聞こえる。
”分隊長様から、頂いた御役目を果たしたく思いますので、皆さま、御力をお貸しください。 何もできない小娘ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。 始めましょう、分隊長様にお褒め頂けるように、キッチリ、ガッツリ、手早く、設営いたしましょう! ”
何言ってんだ? アイツは。 なにが、お褒めだ! まぁ、なんだ、そうか、顔がニヤケて来やがるな。
「ジン、読込めよ。 分隊長として、恥ずかしく無いようにな」
くそ、判ってるよ。
――――――
早ぇよ。 もう、立ち上がっちまった。 まだ、休憩時間にも間があるぜ。 周りの奴等はもう、荷を運び始めてた。 俺もな。 それも、どの箱に何が入っているか、一覧表まであったんだぜ。 この一覧表作ったのは、勿論、嬢ちゃん。
マジか!
救護天幕の設営完了と同時に、荷を天幕に運び入れて、開梱設置。 見る間に終わって行ったんだ。 もう、それは、ビックリするぐらい早くな。 簡易ベットがずらりと並んで、消毒設備、薬品棚、灯火類に至るまで。
休憩時間になった時、あらかた片付いていたな。
「意見具申」
「おう、なんだ嬢ちゃん」
「はい、夕飯の支度をしたいのですが。 お時間頂けますでしょうか」
「勿論だ。 何人か手伝わせようか?」
「大丈夫です。 問題ございません。 皆様は、皆様の御仕事が御座いますから」
いや、もう、ほとんど終わってる。 本日の予定は、飯食って寝るだけになりそうなんだ。 どうするかな。 レオが寄って来た。
「ジン、他の奴等に恩売っとけ。 まごまごしてる奴等の天幕設営手伝ってやれ。 あぁ、司令部天幕と、魔法科の天幕は要らねぇからな。 あいつらは、専用の奴等持ってるから」
「ほう、知らんかったな」
「もうちょっと、周りを見ろよ、ジン。 じゃぁ、俺の仕事は終わったから、戦闘部隊の天幕設営手伝いに行くからな」
「おうよ、他の奴等にも伝えて置く」
「その方が、いいだろ。 シュバルツハントが言ってた、不具合の有る部分ってのは、どの天幕に設営に関しても言える事だからな。 んじゃな、飯楽しみにしてる。 ジン、お前は残れよ」
「……護衛か?」
「他に、なにがある。 僅か五日で俺達にそう思わせる方が、凄いんだ。 まだ、野営地には、結界も張れていない。 頼んだぜ」
レオの言う事はもっともだな。 此処は森のど真ん中。 危険が隣り合わせの場所だ。 気を抜かず周辺警護が必要だ。 俺の得意分野だし。 伊達に長い事、傭兵してねぇからな。 それに、まだ、陽は高い。 陽が落ちる前に、魔法科の連中が結界魔法を仕掛ける筈だから、それまで持てばいいからな。
休憩を挟んで、野郎共は他の隊の手伝いに出払った。 嬢ちゃんは、ちょっと本格的な石竈を組んで、晩飯の用意を始めてくれた。
俺は歩哨…… 分隊長自らが、歩哨に立ったんだ、旨い飯頼んだぞ、嬢ちゃん。
――――――
いい匂いしてたから、他の分隊も覗きにきてたぜ。 しらんよ、これは俺達のもんだ。 お前ら、残念だったな。 依頼したのは俺達の分だけだ。 お前らも自前で如何にかしろよ。 さぁ、飯だ飯!!
「ジンよ…… それは、どうかと思うぜ? みろよ、奴等の顔。 この世の終わりって顔してる。 頼んでみてくんねぇかな。 恩売っとけば、何かとな……」
「レオ…… どうした。 なにが有った」
「設営手伝ってる時にな、色々自慢しちまった奴等が居るんだ。 もうそれで、奴等、興味津々。 その上、この匂いだ。 強請られるぞ」
「マジか!! いやぁ、流石に俺でも…… 嬢ちゃん、色々と忙しいんだ。 どうすっかなぁ」
「奴等にも手伝わせろ。 それが交換条件だ。 備品類の入出庫の記録とか、色々有るだろ。 いま、シュバルツハントが一人でやってる事」
「ん~、あ~、そうか、まぁなんだ。 言ってはみる」
「頼むぜ。 風当たりがきついんだ」
「おい、レオ、お前何やってる」
「やるべき事さっ」
ニヤリと笑うレオ。 何をするかは知らんが、こいつは元盗賊だ。 それから考えれば自ずと答えは出て来るな。 おれも、ニヤリと笑っとく。 まぁ、しっかりと情報は収集してくれ。 そんで、生き残るぜ。 この益体も無い世界にな。
飯を喰い終わって、嬢ちゃんが洗物をしてる横に行った。 まぁ、なんだ。 言われたから来たんじゃ無くてな。 他の奴等にも、この旨い飯の恩恵を分けてやりたくなったからだが。
「恩に着る。 旨い飯作ってくれて」
「いいんですよ、チョット仕立て直しだけですから。 エル達は、ちゃんとしたものを食べているのかしら?」
「あっちは、大丈夫だ。 魔法科と行政騎士科だったよな。 教官と同じものだから、まともなもんだ」
「そう、なら、よかった。」
「嬢ちゃんは…… いいのか? これで」
「わたくしは、衛生兵分隊の兵ですよ? いいもなにも、そう、規定されておりますわ。 ちょっと、あのままでは頂けませんから、手直しをしたまでです。 そうはいっても、手直しですので、別の食材が有ればいいのですが……」
「俺達には、十分だがな」
「左様で御座いますか?」
「あぁ…… 其処でな、少し頼みが有るんだ」
「何で御座いましょうか?」
「他の隊にも、飯作って貰えんかな?」
沈黙だ…… あぁ…… やっちまったか? 嬢ちゃん、炊飯兵じゃねし、こんな事をさせちまったら、嬢ちゃんの時間を取るからな。 しかしな…… 背に腹は代えられん。
「勿論、ただでとは言わない」
「と、言われますと?」
「嬢ちゃんがやってる、員数確認とかをさ、あいつ等も手伝うってのはどうだ?」
「本当に?」
なんか、目が輝いたぞ? いつもバタバタ走り回ってたしな。 結構な負担になってんだろうと思ってはいた。 手伝いが嬉しいのか?
「あぁ、実は話は通してある。 頼まれて呉れんか?」
「それならば、大丈夫です」
「それに、後片付けとかは、各人でさせる。 出来るだけ、手間はとらせん……って、いいのか?」
「ええ、美味しいごはんは、皆様の力になりますから。 時間だけが問題でした。 ご協力頂けるのなら、問題は、ございませんよ」
「助かった!! 頼む」
「では、明朝からで?」
「出来れば」
「了解いたしました」
こうやって、俺達は、旨い飯を手に入れる事が出来た。
文句をいう奴は、衛生兵分隊が相手になる。
ふふ、ふふふ。
ははは!
手に入れたぞ、旨い飯!!!
これで、明日から、救護活動と討伐に専念できるな!!!