衛生兵分隊 小隊長 Side ユージン=コビック ⑤
移動四日目の夜は、ギレ砦に宿泊となってる。 鬱蒼とした森の中にその砦はあるんだ。 赤龍大公旗下の、重装騎士団が常駐している。 王都から五日の距離にある、この森に強力な魔物が住み着いているって事を、重要視してる訳だ、「上層部」は。
白龍大公の自領に赤龍大公旗下の部隊。 まぁ、いろんな軋轢が生まれるよな。 物資の輸送とか、人員の配置とか、魔物の出現情報の共有とか。 色々と嫌がらせ噛ましてるらしい。 かく言う「9組の教官共」は、白龍系の傍系。 そりゃ、嫌な顔してるはずだぜ。
反対に、赤龍大公旗下の重装騎士団はってえと、歯牙にもかけちゃいねぇ。 仕事で常駐してますって、顔だなあれは。 俺達に分け隔てなく接してくれている。 消耗した傷薬やポーションなんかは、此処で貰う事になってるから、助かった。 一応これでも、分隊長だから、周辺情報は拾わないと、いけねぇしな。
重装騎士団の情報担当の騎士の部屋に行ってみた。 色々と聞きたかったしな。 そしたら、先客が来ていた。 嬢ちゃん、なにしてんだ? 笑顔で重装騎士団の騎士達と話し込んでる。 何やってんだ? 会話の隙を見て、声を掛けた。
「おい、何の話しているんだ?」
「あぁ、分隊長殿。 魔法草の分布状況を教えて貰ってました。 魔法科の課題があるもので」
「魔法科? 嬢ちゃんは、行政内務科だろ?」
「ええ、まぁ、そう何のですが、兼科として、魔法科にも在籍しております」
「……おい、それは本当か?」
「ええ、その為に、課題は倍になりましたが、何とか致します。 勿論、衛生兵としての御役目を果たす事が一番では御座いますが」
「……大丈夫なのかよ」
「時間の都合は如何とでも。 その為の情報を頂いておりました」
周辺状況を掴むのは、”指揮官として” だけでなく、兵も必要な事だ。 俺もそのために此処に足を運んでるんだ。 野営地を真ん中にした、 五リーグ圏内の地図がテーブルの上に乗っていた。 細かな書き込みがある。 此処の重装騎士団が調べたようだった。
ふむ……そうか、白龍大公からの情報は降りて来て無いという事か。 全体像は判らんのか? いかんな、その他にかなり広範囲の地図もあった。 壁に貼られているのは、スターブの森の全体地図。 こいつにも、色々な書き込みがあるな。 全体の情報は、こっちか。 スターブの森ってのは、端から端までだったら、丸一日は、かかりそうな広さなんだな。
「ユージンだったな。 森は深いぞ、気を付けろ。 かなり大型の魔物が目撃されている」
「オークですか?」
「……判らん。 様子がおかしいと、報告されたが……」
「詳細は?」
「死人に口は無い」
マジか!! ヤバいものが徘徊してるってこったな。 その森の魔物討伐が、俺達の課題…… やってられっか! しかたねぇ、周辺の魔物の情報を集めとくか。 そうそう、他の実働部隊の隊長に任命されてる奴等も呼ぼうか……
「他の方々も、もうすぐ来られます。 皆様、ご自分の任務については、わたくしの言葉でも通ります故」
呼んでた? おいおい、それは、教官共の仕事だぞ?
「教官共は……」
「一応、意見具申致しましたが、必要ないとの言葉を頂きました。 あくまで有志の方々が、独自で来られると」
「誘導したな?」
「何の事で御座いましょうか?」
くそ、また、いい顔で笑いやがった。 そう言えば、行政騎士科の連中は、指揮課程を二年の初めで教授されるそうだったな。 俺達、騎士科は三年次だ。 でも、嬢ちゃんは、行政内務科の筈…… いや、魔法科と兼科してるくらいだから、もしかして、行政騎士科の授業内容も? 判らんが…… 先手を打ってくれたのか、助かるな。
そうこうして居るうちに、野郎共が集まって来やがった。 なんか、野郎共、嬢ちゃんに挨拶しとる奴もいるぞ? おい、何をしたんだ。
「集まったようだな。 話は、「スターブの森の情報」だったな。 先ずは、壁に掛かっている地図を見て貰おう……」
重装騎士団の情報担当らしき騎士が、周辺状況を説明し始めた。 判りやすい。 いや本当に、判りやすい。 スターブの森には、いくつもの湖、沼が内包されていてな、その畔に白龍大公の別荘がある。 一組から八組は、そこを拠点とするらしい。 あぁ・・・森の境界からさほど離れていない場所だから、万が一何かあっても、直ぐに街道に出られる。 危険はほぼない。
俺達の行く野営地は…… スターブの森のほぼど真ん中。 此処から今の移動速度で、半日ってとこか。 マズいな。 街道からは相当距離がある上に、野営地に向かう道は一本道。 其処からは、本当に小道しかない。 もし、魔物暴走並みに、魔物が出現した場合、逃げ場が無いぞ、これ。
「君達が実習中は、我等は哨戒活動以外は行わない。 ギレ砦にて、本隊は待機する。 なにか有れば、救援に向かう。 伝令を出して欲しい」
そういう事か。 全力で走れば、三、四刻で駆けつけられる……か? いや、道が悪いし、もう少しかかるか。 しかしまぁ、一安心だ。 いや、あの教官共が、赤龍大公旗下に救援を求めるか? 其処が疑問なんだが……
「いくら、奴等でも、危なくなったら、知らせくらいは寄越すだろう」
俺の剣呑な顔を見て、騎士さんが笑いながらそう言ってくれた。 いざとなったら、誰かを走らせるか・・・
―――――
「一つ、質問が」
ギルバート子爵様が、口を開いた。 おお、そう言えば、野郎共と一緒に来てたな。 なんだ、どうした?
「周辺の魔物が大挙した場合、連絡をと云われましたが、どの様な部隊編成で、どの位の時間が掛かりますか?」
ほう、きちんと言質取る気か。 流石だな、赤龍大公の薫陶か?
「規模は大抵の事には対処できるように、大隊規模。 時間は……重装騎士だから、知らせが届いてから六刻」
六刻…… 遅いな。 大体規模ってのも、多い。 それだけマズイ相手が居るって事だな。 ふむ……どうしたものか。 嬢ちゃんが口を開いた。
「万が一の状態になった場合、野営地から退却しながら伝令を走らせれば、二刻から、二刻半は稼げますね。 きちんと準備さえすれば、退避部隊は、伝令出発から、四刻から、三刻半には、救援と合流する事ができます。 魔物が大型であれば……平均移動速度から考えて、十分に逃げ切れますね。 あとは、このギレ砦で防戦、反撃を行い、撃滅できれば、撃滅し、無理ならば、王都からの救援を待つために、ここに籠る事が出来ます。 あの、物資の備蓄状況は?」
「十分……と言いたい所だが、完全充足はしていない。 戦闘が多いものでな。 およそ百名の学生を収容して、堅固に籠るとすると、三十日程度ならば、飽食しても持つ。 あぁ、ただし、戦闘糧食だがな」
「了解いたしました」
なんで、撤退戦の準備してんだ? 重装騎士の一個大隊が居るんだぞ? ギレ砦まで来れれば、問題ねぇんじゃねぇのか? 俺と同じ疑問にぶち当たった何人かの小隊長達が、嬢ちゃんを見ている。 その視線に気が付いたのか、嬢ちゃんが、口を再度開いたんだ。
「野営地の西側の情報が、ぽっかりと抜けています。 その他の地域には、詳細な情報が有るというのに。 その詳細情報には、オーク、ハイオークの目撃情報が有りますが、西側の空白地帯には有りません。 考えられるのは、野営地の西側がとても安全か……」
「危ねぇ奴等が、徘徊しているって事だな」
「ええ、まさしく。 先程の分隊長様と、騎士様のお話…… あれは、野営地の西側の話で御座いますよね」
「……隠し切れないか…… まぁいいだろう、そうだ。 まさしくな。 あそこは、今でも、危険地帯だ。 君たちが魔物討伐の任務を受けているのは知っている。 敢えて言う、西側には入るな。 学生部隊では、とても対処出来ない。 君たちが帰った後、我らが大隊にて調査掃討する事になっている。 無理は絶対にするな。 いいな」
俺を含めた隊長共が若干引いた…… 中装備の騎兵では、対処できない相手。 此処に居る野郎共は、皆、元冒険者や、元傭兵やらだぞ? 危機管理は身についているんだぞ? それでも、言うか…… 理解出来たぜ、ここは、気が抜けねぇ場所、なんだとな。
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お貴族様の組は居なくなってるから、早朝より出発準備は完了した。 行軍最終日。 備品の員数確認は昨晩の内に済ませたと、嬢ちゃんは言ってた。 馬を並べ行軍開始。 朝飯は何時もの通り、携帯食をモソモソ喰って終わり。 はぁぁぁ、食い物だけは何とかならんのか? 此れじゃぁ、誰もが嫌ンなるぜ。 教官共は、魔術科の生徒と同じく、良いもん食ってやがるがね……
ギルバート子爵も、困惑気味だ。
そりゃそうだ、赤龍大公旗下の兵は、極力同じものを喰うべしって、通達が有るくらいだからな。 ギレ砦でも、あそこの騎士さん達、俺達と同じもん、喰ってたしな。 ……なんだ、この差は。 卒業後は、国軍に入隊して、赤龍大公閣下旗下に就職したいよ……
今日は空が高い。 青空が、木々の間から覗く。 お荷物連中が居ないから、行軍速度も速い。 昼前に目的地に到着できた。 目の前に広がる空き地にちょっと眩暈がした。 いや、何でもない。 何でもないんだが…… 何にも無いんだな、本当に。
騎馬から降りて、装具点検と、持って来た物品の点検を始めるか…… 昼飯、どうすっかな。 また、アレだしなぁ…… こっそり、森に入って、なんか狩ってこようか? 焼きゃ、飯になる…… ほんと、あれだけは、勘弁してほしいぜ。
あぁ? 嬢ちゃん、教官共の所に行きやがった。 そりゃ、拠点として、この場所を使うんなら、小屋かなんか有る筈……って、思ってたのか? 俺だって、そう思ってたから、お貴族様の、お嬢様ならなおさらだろ。 文句でもいいに行ったか。 あいつ等に、どやされなきゃ、いいんだが。
なんか、変だ。
なんで、滅茶苦茶いい笑顔で、帰って来るんだ? 溢れんばかりの笑顔って…… 嬢ちゃんの綺麗な顔でそんな表情。 惚れる奴出てくんだろ。 ほら、レオが俺の近くに寄ってきやがった。
「なんで笑ってんだ、シュバルツハントは」
「知らん。 ……おまえ、家名呼びにしたのか?」
「ああ。 その方がなんか、しっくりくる」
元盗賊のレオが、家名呼びにしている奴は、レオ自身が何かしら感じるモノがある奴に限ってる。 愛称を呼ぶ奴は、その上の信頼を置く奴にだけだ。 まぁ、この組の野郎共は、皆、愛称で呼び合ってるがな。 そうか…… お前、何かしら感じるモノが有ったんだ。 ほう
「ジンも、お嬢と呼んでいるじゃないか。 同じだよ」
「まぁな…… 普通のお貴族様の令嬢とは、全く違う匂いがする。 女冒険者や、女傭兵と比べても、腹の座り方がお嬢の方が上だ…… 厩の隣で、マントに包まって、屎尿の匂いをものともせず眠れる女、知ってるか?」
「……あぁ、知る限りじゃ、居ねぇな。 ジン、こっちに来るぞ」
「あぁ」
お嬢が笑顔のまま、俺を見つけると、とっとこやって来た。 澄んだ色の紺碧の瞳が、なにか、宝石の様に感じるぜ。 大事な何かを持っている目だな。
「分隊長様。 提案が有ります。 衛生兵分隊の皆様を集めてくださいませんか? ” ごはん ” に関してです」
「あぁん? 飯? 携帯食料だろ?」
「携帯食料ですが、もう少し食べやすいように、調理しませんか? 与えられているモノだから、それをどのようにして食べても構わないと、許可を得ました」
「何をするんだ?」
「ええ、此れを使って、スープにしようかと。 ポタージュに」
「出来るのか?」
「ええ、わたくし、自分の課題の為に大鍋持ってきておりますから」
こ、こいつは、なんか、期待できんじゃねぇか? ダメ元でやらせてみるか。 おい、野郎共、集まれ。 嬢ちゃんが飯をどうにかしてくれそうなんだ。 衛生兵分隊の奴等を集合させて、昼飯用の携帯食料を集めて、嬢ちゃんに渡す。 そん時にはもう、その辺にあった石を組んで竈にして、嬢ちゃんが持って来た、でかい鍋を準備していた。
火は? 薪は?
「火炎魔法が使えますから、今は大丈夫ですわ。 まだ、野営地に到着したばかりですから、薪も準備できていませんし。 大丈夫、魔力には余裕が有りますから」
おい、おい。 火炎魔法で料理するのか? そんな微妙な制御できるのか? 冒険者やってた奴に、聞いてみた。
「クーマよ、火炎魔法で料理なんて、そんな事出来るのか?」
「あぁ……やってできない訳じゃねぇけど…… 慣れねぇ奴がやると、生焼けか、黒焦げになるな」
「どんな奴が、するんだよ。 聞いた事ねぇぞ?」
「ジン、高位のお貴族様の専属のコックなんかは、させられるらしい。 キツネ狩りとか、鷹狩とかする時に、やつら、野外で飯食う事になるだろ? 荷物が多いと随行できないから、極力軽装なんだと。 当然、薪なんざ持って行けねぇから、そう言った訓練をするんだと。 俺の組んでいたパーティの魔法使いが、冒険者やめてコックになった後、その腕を買われて貴族の専属になった。 そいつが、そう言ってたぜ。 結構、魔法は使える奴だったんだが、慣れねぇ内は、ひでぇもんだったらしい」
「出来るのか? 嬢ちゃんに」
「さぁ…… 何とも言えんな。 もしできるとすれば、かなりの使い手だという事だ」
「マジか!」
「あぁ、ただ魔法をぶっ放すより、必要な時に必要なだけ効果の得られるように制御するのは、中級の魔術師からだからな…… あんま、居ねえ。 冒険者になろうって奴は、制御よりも大きな攻撃力を求めるしな」
「お貴族様なら、出来るのか?」
「おまえ、何か勘違いしてねぇか? あいつらは、させる方。 自分からする奴、見た事ねぇ」
「クーマ…… 昼飯、諦めた方がいいな」
「だな」
嬢ちゃん、とっとと調理をはじめやがった。 様子を伺ってると、クーマの奴、驚いてた。
「あんな、緻密な制御、見た事ねぇ。 コックになった奴でも、ああは出来ねぇぞ」
ぼそって、そう呟いていたな。 期待……出来るのか? するぞ、俺は。 あの携帯食料には、ほとほと愛想が尽きてるんだ。 ダメもとで、嬢ちゃんにやらせた。 ダメになったら、その辺でなんか狩って来るつもりだった……
良い匂いが、鍋から立ち上って来たぜ。 なんだ、これが、あの携帯食料からするのか? マジか? 大鍋の中をかき回していた嬢ちゃんが、出来ましたって、声を掛けて来た。 もう出来たんか。 早えぇな。
各人がデカいコップを持って来た。 まぁスープって言ってたしな。 それぞれに、鍋の中身を掬って入れてくれた。 匂いも良いな。 街で喰ったスープ並みの匂いがしてらぁ そんじゃ、まぁ、一口っと。
「……う、美味いな」
いや、ほんとに旨い。 何だコレは。 これが、あの携帯食料なのか? こんなに旨いものだったのか?
「有難うございます。 上手く行ってよかった」
「いや、本当に、これ、携帯食料か?」
「ご覧になっていたでしょ? まだ、探索してませんが、周囲の森にも、食材は有りますから」
決めた。 こいつに決めた。 三食あの携帯食料なのは、絶望感しかねぇからな。 頼んでみるか。 野郎共も、俺にそう言えと目でせっついてくる。 判ったよ、判ったら、もうちょっと、喰わせろ。 すきっ腹に染み渡るなぁ
全部喰い終わってから、嬢ちゃんに声を掛けたんだ。 すまんな、けど、本心からだ。
「……食事……作ってくれないか?」
お貴族様の気まぐれで、作って呉れたんだろ? それでも、お願いしたい。 これからも、作って呉れたら、ちっとは手助けしてやるから……
「よろしいですわよ、それで、皆様の士気が上がるのなら」
マジか!! たのんで、よかった!! それに、嬢ちゃん、ちゃんと「士気」の事を考えてたたんだ。 まともなもの喰うと、力が出るからな。 ん、まだなんかあるのか? 喰い終わってたカップを回収して、水の魔法で洗い流したあと、別の鍋でなんか拵えてたのを、入れてくれた。
黒々とした、得体のしれない液体だったが、なんかいい匂いがしてる。 野郎共に配り始めやがった。 ツンと鼻に抜ける甘い香り…… 恐々だが、一口。
チョコだ…… あの、粉吹きまくって、ボソボソの奴か!!
これは…… 離せんな。 あぁ、衛生兵分隊の救世主だぜ、全く。
嬢ちゃん、
……俺達の胃袋、掴みやがった