衛生兵分隊 小隊長 Side ユージン=コビック ③
集合時間には、まだ、時間が有ったんだ。 早かったからな、俺達。 別に何をする訳じゃねぇんだが、久々に外に出られるってのが、楽しみだったからな。 早めに起きちまった。
早く来なきゃよかったぜ。
知りたくもねぇ、”真実” とやら、教えられた気分だ。
徐々に集まる奴等。 高位のお貴族様も、混じってるんだが・・・・装備が違うんだ。 装備が!!!
―――――
俺達9組の連中は、いたって普通。 訓練用の装備に、学生部隊だって判るマントを羽織っているんだ。 まぁ、そんなもんだ。 中装備だからな。 それぞれの得物を手にしていた。 俺は、いつも使っている、バスタードソード。 背中に括りつけてある。 衛生兵にされちまったから、その用の肩掛け鞄も付けている。
田舎からのお上りさん状態だ。 仕方ねえだろ、衛生兵の装具って奴は、かさ張るんだ。 ポーション、傷薬、包帯、消毒薬、解毒薬、湿布に気付けの強い酒までな。 おい、レオ、判ってんだろうな。 飲むんじゃねぇぞ。
そんな俺達とは違い、行政内務科の、「お貴族様の装備」は、豪華っつうか、何処の騎士様だよってな感じだ。 真新しい、重装備、ピッカピカに磨き上げられた、防具。 御家の印が縫い込まれた豪華なマント。 それでな、笑っちまうのが、よろよろ動いてやんの。 そんなんで、戦えんのかよ・・・
「あいつら、別に戦いに行くわけじゃねぇよ、ジン」
ぼそっと、呟いたのは、俺の視線の先を見ていたレオだった。 そうか、そうか、なら、あれでもいいわけだ。
「それに、あいつ等、” 御家 ”から、馬車まで提供されているだぜ。 騎乗で長時間移動が出来ねぇらしい」
「マジか! 行政騎士科の連中、それで、騎士に成ろうってのか?」
「あぁ、直接戦場に出る訳じゃねぇからな。 どうも、” 頭 ” で、戦うらしい」
「・・・そんで、取巻いてるのが、騎士科の貴族達なんだな?」
「あぁ、そうだ。 上級のお貴族様に取り入りたいらしい。 それにな、ほら、出て来た。 アレが今年の目玉」
「・・・王族か」
「ミハエル第二王太子殿下だ」
煌びやかな装備、装具に身を包んだ、金髪の色男が、出て来た。 遠目に見ても、超一流の装備、装具だ・・・あれ・・・いくらするんだ?
「一段と、凄いな」
「王族だからな」
今年の目玉と、レオが言ったのには、訳があった。 よっぽどの事が無い限り、親征なんか、起こりゃしない。 そんな、”高貴な” 王太子が、ここ王都シンダイを、武装して離れるんだ。 そりゃ、貴族の子弟は、取り巻きたいわな。 俺は、ご免被るがな。 あんな、お荷物要らんし、なんか有ったら、こっちの首が飛ぶ。
目玉が来た後、今度は、色とりどりの「野外ドレス」の、「お嬢様方」が、お出ましになったぜ。 勿論、貴族科の連中・・・はぁ・・・あれで、野外活動? ピクニックの間違いじゃねぇのか? それで、予定地まで行くのか?
「あぁ、あいつ等、目玉にくっ付いて行く、お荷物だ。 でけえ馬車が、城門近くで犇めいてたぜ」
「・・・くっ付いて?」
「知らんのか? 奴等が行くのは、「白龍様の別荘」だ。 俺達が行く野営地とは、訳が違う」
「なんだ、それ」
「お貴族様対応って奴さ。 白龍大公閣下が妙に張り切る訳だ」
「・・・9組は、野営地だったよな。 魔物が住み着いてる、「スターブの森」の、ど真ん中。 任務は、そいつらの出来る限りの掃討」
「ふざけてるよな。 結局、実務するのは、俺達9組だけだ。 あとの組は、それぞれ「 白龍様の別荘 」に、ご招待って訳だ」
「ふん、そんなこったろうと思ってたぜ」
「・・・これは、内密なんだが・・・」
コイツが、こんな声を潜めるって、なんだ? よっぽどの秘匿情報か? それとも、ヤバい内容なのか? ちょっと、気になった。 軽く奴に体を寄せる。 俺にだけ聞こえる声で、呟きやがった。
「フランツ第一皇太子も、来る。 助教としてな。 各組を回るつもりらしい。 そこで何が行われているかを、視察するそうだ」
「どこで聞いた」
「内緒。 知らん方が良い事だって有るんだぜ」
コイツ・・・まぁ、いい。 そんだけの情報だ、他の奴等に知られたらヤバイ。 あいつ等がどんなに羽目外した所で、俺達には関係ねえな。 それで、任務の内容が変わる訳じゃねぇしな。 そうそう、教官共は知ってるのか?
「知らねぇだろうな。 上層部の一部だけが、知ってる。 完全抜き打ち視察だ。 見ものだな、帰ってからの奴等」
「ちげぇねえな・・・ さて、我らがお姫さん、何処だ? 行政内務科だろ? まぁ、黒龍のお嬢様だから、トンデモねぇ恰好で、来るんじゃねぇか?」
「知ってると思ったんだがね」
「何を」
「そいつ、”衛生兵”だ」
「なに? どういう事だ?」
「判らん。 ただ、編成表には、そう記載されている。 よっぽど、なんか、有るんだろうな」
そうだよな。 行政科の連中は基本馬車移動だ。 行政騎士科の連中は、まぁ、戦闘員として頭数に入るが、単なる行政内務科の生徒は、基本、兵とは勘定されない。 悪くて救護係。 普通は、お客様状態で、主計局の代わりに、物品の出し入れを管理する。 ・・・衛生兵にされちまったら、その特権も無くなるんだぞ? 兵として、勘定されて、扱いは一番下に成るんだぞ?
マジか!
よっぽど、怒らせちゃいかん誰かを怒らせたんだな・・・ それにしても、黒龍の御当主様、よく許可されたな。 普通、大激怒ものだぞ?
「どうも、今回の編成が発表されてから、黒龍家から、かなり圧力がかかったらしい。 行かなくていい、ってな感じにも成ってたんだと」
「それで・・・何があった?」
「・・・お嬢様の参加希望が通った。 そのままでいいって・・・ 」
最下層の扱いを受けるって聞いて、来るような「お嬢様」は、居ねえからな。 きっと、使用人にも遠巻きにされて、真実を教えて貰えなかったんだろう。 ピクニック気分で来て、一日目に脱落・・・ そんな所か・・・ 世話する時間が減っていいけどな。
「まぁ、なんだ、一日目を乗り切れるかどうか、賭けるか?」
賭け事が好きな連中だ、俺の言葉に、敏感に反応しやがった。 近くで、聞き耳でも立ててやがったのか? ほんと、こいつらの地獄耳にだけは、恐れ入る。
「乗った! 無理に一口!」
「「「俺も、俺も!!」」」
周囲に居た奴等が、皆、口々にそういうんだ。 賭けが成立しねえ・・・ 仕方ねぇ、ちっとは面倒見て、総取りと行こうか!
「よし、俺は、スターブの森までな」
俺がそう言うと、皆が、せせら笑いやがった。 その中で一人、レオだけが、ちょっと考えたあと、言いやがった。
「最終日までに、5口」
マジか!!! 流石に、俺でも、そこまでは面倒見切れんぞ? 何を知ってやがる!! ニヤッって笑いやがった・・・ くそっ!! 俺の情報網だって、悪くはねぇ筈なんだがなぁ・・・ 俺の知ってるのは、黒龍のお嬢様は、異様に胆力が有るってくらいだ。 野営をした事もねぇ、お嬢様が、スターブの森の中じゃ、無理だろ?
「まぁな、たまには、奢ってやろうと思っただけさ」
クソ! なんなんだ? その、笑い顔は!! 皆が、ニラニラ笑ってるじゃねぇか。 巻き上げる気、満々だな。 ・・・気になる。 こいつの笑い顔の裏側が・・・気になるな・・・
*****************
「クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハントで御座います。 衛生兵分隊の隊長様ですね。 どうぞ、お見知り置きを」
目の前にいる、ちっさな生き物・・・
傭兵の勘が、全力で、警戒を発している。 こいつ・・・なにもんだ? シュバルツハント黒龍大公家のお嬢様じゃなかったのか? 正規の兵並みに、軽装備かっちり着込んで、その上、装具の、大きく膨らんだ衛生兵鞄も斜め掛けに・・・ 蜂蜜色の綺麗な髪は、後ろで一つに引っ括って・・・なにより、その顔・・・人形みてぇだ。 そのくせ、紺碧の瞳は、こっちを射る様な視線で、見詰めてきやがる。
柔らか表情の癖に、まるで猛禽類の様な目・・・ちぐはぐな印象の目だ・・・ こんな目をした奴・・・S級冒険者にも、そうそう居ねぇぞ?
「あぁ・・・分隊長のユージン=コビックだ。 そろそろ時間だ、整列しときな」
そう云うのが、精一杯だ。 よし、エルガス、アムエル、あいつ等に様子を伺わせよう。 おい、レオ、ちょっと話がある、顔かせ!
クロエから離れて、レオの横に、並ぶ。
「聞きてぇ事がある」
「なんだ、ビビったか?」
聞きたかったのは、あいつの事じゃねぇ。 アイツの後ろに無言で立っていた、女たちの事だ。 睨みつけてきやがった。 美女に睨まれんのは、ちょっとな。 誰だあれは・・・ 編成表には・・・たしか・・・何となく女の名前があったようだが、良く判らん。 しかし、あの目・・・あの睨みつける様な目。 あれは、危険だな。
「あいつの後ろに居たのは誰だ?」
「たしか・・・あいつの従者だ。 片方は魔法科のエル・・・結界係。 もう一人は、行政騎士科から来た、八班の班長。 名前は・・・ラージェだったけか。 編成表にもあったろ?」
「・・・どっちも、出来そうな面してたな。 綺麗なだけじゃねぇ、なんていうのか・・・ なんか、任務を帯びたもんの目をしてたな」
「黒龍大公閣下だよ。 命じたのは」
「何を・・・」
「護衛に決まってるだろ、あいつの。 あの二人、”御養育子”だ。 俺達と同じ、庶民階層出身者のメイドだった筈・・・なにか、裏がありそうな・・・」
「・・・教官共は、規則を盾に取るぞ?」
「見ものだな・・・どう出るか」
くそ、コイツ、これも知ってやがったのか。 いや、違う・・・ そんなもの、編成表を見れば一発に判る事だ。 かく言う俺も、見落としていた。 俺が、本当に気にかかるのは、あの鋭いと言ってもいい、目をした、クロエだ・・・ そんな俺の思案顔を見たレオは、こっそり付け加えやがった。
「あいつ、噂じゃな・・・遊び女の子供って言われてる。 んなわきゃねぇんだよな。 あの黒龍大公家が、そんな、ドジ踏むわけやねぇ・・・ 情報が良く見えんのだ。 何が本当で、何が嘘か・・・ 噂の質が正反対なんだ・・・わかんねぇ・・・」
「けどよ、黒龍大公閣下のご意向、押しのけてこの実習に参加しててんだろ?」
「それは、間違いねぇ。 黒龍大公家の圧力に、事務官共が泡食ってた。 間違いは、ねぇんだが・・・読み切れねぇんだ。 なにがしたいんだ、あいつはよぉ・・・ この実習を、心底、楽しんでいる様にしか、みえねぇんだ・・・ それも、何処に行くか、何の任務か、知って後で。 それに、衛生兵に任じられた事も、あっさりと了承したらしい。 勿論、どんな扱いされるか知った上でだ。 わからん」
コイツ、やっぱり、知ってやがった。 それで、最終日まで持つと、5口も賭けやがったんだ。
胡散臭げな視線を、俺達はクロエに投げかけていたんだ。 そんな中でも、どこ吹く風って顔で、ツンと澄ましてやがる・・・ いや、凛としてか? レオの言った通り、実習を楽しみにしてる感じが伝わって来るな・・・
まぁいい。 一日目の洗礼で、その綺麗な顔が歪むかもしんねぇが・・・ それ位なら、どうにでもしてやるよ。 まぁ、従者に言って、宿舎に入るだろうけどな。
なんせ、まだ、十三歳の女の子だ。
そうさ、幼い、女の子だからな。
守って、やんないとな。