衛生兵分隊 小隊長 Side ユージン=コビック ②
アイツのお陰で、学院とやらには、あっさりと入れた。 金も、六年間分を稼いできたんで、如何にか行ける。 アイツの話では、優秀な成績を叩き出せば、六年を待たず、任官出来るらしい。 まぁ、相当やらんといかんらしいがな。 傭兵として喰ってきたらか、実戦は問題がない。 ただ、マナーとか、座学とかが有る。
そのうちの一つ、座学はな・・・何とかなる。
読み書きは出来るんだ・・・計算もな。 傭兵だから、雇い主が集めた兵を、纏める事もある。 そんな時に、読めません、書けません、数えられません じゃぁ、報酬が底辺を這う。 必死に覚えたさ。 だから、座学も、何とかなる。
ただな・・・
マナー・・・礼儀なんだと。 頭を下げるだけでは、ダメらしい・・・ なんか知らんが、お貴族様は、誰が誰に頭を下げたり、忠誠を誓う事が、何よりも重要らしい。 ハイオークの前で、そんな事、言ってられるのか? 名乗りを上げて、一礼してる間に、この世からオサラバしちまうぞ? 覚えが悪いんだ、要らん事を教えられても。
何度か、マナーを教える教官を、ぶん殴りそうになった。 いちいちウルセエんだよ!!
でもな、そいつ、お貴族様なんだが・・・なんか、他の奴等と違った。 教官室に、教室に呼び付けられてな、夕日が差し込むだだっ広い、教室の中で ” さし ” で、話したんだ。 まぁ、説教って奴だな。
「いいか、ユージン。 お前は要らぬと思うかもしれんが、相手が居るのだ。 騎士と、云うのはな、二通りの敵と戦わねばならんのだ」
「なんだそれ。 この国を襲う奴等を叩きのめすだけじゃないのか?」
「それは、一つだ。 もう一つある」
「なんだ?」
「己だ」
「あぁ? 自分自身だと? 俺が強ければ、良いのじゃないのか?」
「 ”強さ” とは、何だ。 ユージン。 力が強い事か? 剣技が、ずば抜けている事か? 魔法を良く使う事か? 違うぞ、それは」
「だったらなんだ」
「 ”強さ”とはな、曲がらぬ 「 心 」だ」
「あぁ? 曲がらぬ心? それと、マナーとやらが何の関係があるんだ?」
教官は、ニヤリと笑った。
「己が真に仕えたいと思う相手がいたとしよう。 その相手が、誰かに貶められている。 マナーを知れば、誰が、どんな風に、どのくらい、自分の仕えたいと思う相手を軽んじているか、わかる。 その上で、その相手に、慇懃に、無礼になる寸前で、同じように軽んじてみろ、相手が不満に思い、手を出す。 後は叩きのめすだけだ。 真に仕えたいと思える相手の名誉は、護られ、お前の矜持も護られ、相手は大恥をかいて、誰にも相手にされなくなる」
なんだか、面倒くせぇな。
「コレもまた、戦いのなのだ。 この王都で騎士として生きて行くには、必要な技術だ。 これを実行するには、折れぬ心が必要になるのだ。 己が矜持を示し、護るべき対象を護る為に必要な力ぞ。 よく見て、相手の思う事を、逆手に取る為にな。 その為には、まず、自分がマナーを覚えねばならん」
「武器ってわけか」
「そうだ。 己を矜持を示す為のな。 媚び諂え、というのではない。 お前が、真に思う相手ならば、自然と頭も垂れよう。 が、そうで無い場合、相応の対応が有るのだ。 いいか、ユージン。 敵は外側にだけは居らぬよ」
「お貴族様か・・・」
「有体に言えばな。 が、忘れるで無いぞ。 お前の言う、「お貴族様」の中には、真摯に龍王国の事を想っている者も居る。 ・・・お前の、そういった者を知って居ろう? 知っているからこそ、この学院に来たのであろう?」
言葉が出んかった。 確かに、そうだ。 ただ、気分で相手をぶん殴ったら、そういった人達に迷惑が掛かる。 そう言えば、俺が、変な事したら、アイツにも迷惑がかかるな・・・ 何となくわかった。 しかし、面倒くせぇ・・・
「ゆっくりでいいのだ、ユージン。 直ぐには身になど付かん。 しかしな、お前の言う通り、武器に成る。 剣を研ぐのと同じだと思え。 いいな、決して、無駄な事では無い」
「お、おう」
「よし、もう一回始めるぞ」
「お、おう」
なんだか、言いくるめられた様な気がするが・・・まぁ、そういうもんだと、思う事にした。 実際、役に立つこともある。 持っていて、邪魔になる、”武器” じゃない。 俺が出来る限り、研げるだけ研いでおくか・・・
あぁ、面倒くせぇ・・・
―――――――
一年目はマナーを研いだ。 あぁ、やってやったよ。 教官のお陰だ。 あのオッサン、柔らかな口調で、結構、ズケズケ言いやがる。 覚えたぜ、その遣り口。 良い武器を貰った。 重くも無いし、磨けば切れ味が鋭くなるしな。 おかげで、学院で要らないケンカをせずに済んでいる。 その分、同学年のお貴族様からは、目の敵にされて居るがね、ワハハハハ!!
そっちが、徒党を組むんなら、俺もな。 他は知らんが、騎士科には俺と同じような庶民階層の、傭兵やら、冒険者やら、盗賊からの転職組も多いんだ。 自然と仲間になった。 あぁ、別につるんで何かやるってんじゃねぇからな。 開いてる奴等と、訓練場で手合わせしたり、知ってる知識を交換したりな。
中には、何でお前が此処に居る? って奴もいたぜ。 盗賊やってた奴だ。 嫌ンなったんだと。 そいつが居たところは、比較的まともな所だったんだと。 遺跡とか、迷宮とかに冒険者と一緒に入って、罠を解除したり、索敵したりしてたんだと。 でな、町に帰った時にな、街ン中でお仕事していた盗賊が居たんだと。
殺せ、奪え、掠め取れ が信条の、トンデモナイやつらだったんだと。 まぁ、衛兵がとっ捕まえて、縛り首にはなったんだが、職業が同じ盗賊ってだけで、白い目で見られたんだと・・・ お前のせいじゃねぇのにな。 居づらくなって、その町飛び出して、あちこちウロウロしてたんだと。
まぁ、色々と遺跡やら迷宮に、単独で潜ったってたんだと。 ギルドにお宝持ってって、売り払う時に、やっぱり、街ン中で 「お仕事」 したんじゃねぇかって、痛くもねえ腹探られて、何もかんも嫌ンなったってさ。 そん時に張り紙見たんだと。 見習い騎士募集のな。 平民でも、戦う為の技術を持っている奴なら、入れてくれるとな。
そんで、話を聞きに行ったんだと。 そしたら、お貴族様の見習い騎士が、「盗賊風情が!」 ってな。 普通なら、此処で諦める。 そいつは違った。 くっそ若く見えるが、かなり年喰って、色々と思う所もあったんだってな。 ちょっと調べたら、この王立魔法学院を卒業したら、正規の騎士に任官される事が判ったらしい。
まぁ、紹介状も必要だがな。 昔、仕事を請け負った、お貴族様へ渡りを付けて、紹介状を、よく話し合って、受け取ったらしい。 何話し合ったんだ? ヘラって笑いながら言いやがった。
「まっとうな盗賊を下に見やがって。 あいつ等、顎で使ってやるからな」
はぁ・・・こいつの矜持は、まっとうな盗賊の矜持か・・・ まぁ、面白いから、いいか。 なぁ、レオ。
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二年目に入って、何でも、校外学習ってのが有るらしい。 野外活動な。 実戦を想定してとかなんとかいってたな・・・
「 勘 」、鈍って無かったら、問題ないだろ。
昼飯を喰っている、大食堂の隅っこの一角。 俺達、庶民階層出身者の指定席。 まぁ、なんだ、お貴族様が来ない分、気が楽な場所だ。 飯カッ喰らって、なんか、甘いもの欲しいなぁ・・・なんて、思ってた。 同じ庶民階層出身者の奴等が、同じように、ダラダラしてたな。 まぁ、今日は、もう授業はねぇし、自主練の場所は、この頃、妙に気合の入っている貴族連中が、使ってる。
こんな日は、此処でダラダラするのが、いい暇つぶしになるからな。
そんな、グッダグダの俺達の元に、レオがなんか持ってやって来た。 物凄く落ち込んだ顔してやがって、辛気臭い! なんだっつうの!!
情報集めんのが上手いレオが、編成表が発表される前に、「 誰が 」、どの組みに入るかを、調べてきやがった。 あぁ・・・教官の机の上か、教官室の金庫の中だな・・・ まぁ、盗賊だしな。
でだ。
仕入れた情報で、俺達全員が9組に成る事は判った。 殆どの庶民階層出身者が、この組の同じ隊に入れられているな。 入れられてないのは、大店の息子とか、没落しちまった騎士の子供とか、まぁ、甘い汁を知ってる奴等だ。
レオがその編成表の一部を指さしながら言ったんだよ。
「コイツと、コイツ。 赤インクで注意書きがある」
「ふんふん、それで?」
「ジン・・・注意書きにな、特に可愛がれって書いてあった」
「ほう、上の方でも、そんな話があるんだ」
「聞いた事無いか? 『氷の令嬢』の噂」
「あぁ、なんでも、表情が全くない、いけ好かない奴だとかなんとか」
「コイツだ・・・まったく、とばっちりが来ちまったぜ」
「マジか! クロエ ・・・シュバルツハントって、黒龍大公の娘じゃないか!」
「そうだよ、ジン。 どうも、爪弾きにされて居るらしい。 そんで、俺達に付く教官が、こいつ等」
別の編成表を出してきやがった。 まぁ・・・使えん奴等ばっかりだ。 教官って名前ばかりの、無能の塊。 そんで、全員白龍系の家系。 どこの家でも使えん奴等がいるからな。 纏めて、騎士科に放り込みやがったのか・・・ おい、ちょっと待て。 黒龍と白龍は、反目してんじゃねぇか!!
という事は、つまり・・・
「あぁ・・・ジン、お前の考えている通りだ。 教官のあいつら、コイツの評価メタメタにする。 あぁ、嫌だねぇ~ 巻き込まれたら、コッチもメタメタだぜ・・・」
大きな溜息が・・・その場に居た、奴等全員の口から漏れた。 ん? 二人? どういう事だ?
「もう一人は、コイツとつるんでるらしい、行政騎士科のお坊ちゃんだ」
「誰だ?」
「赤龍大公閣下の御三男だ。 ははっは! もうダメだ~~~~」
赤龍大公家って言ったら、この家も、白龍大公と対立しとる大公家じゃねぇか!! レオがテーブルに突っ伏した。 俺も同じ気持ちだ。 これで、実習の成績は最低になる事は確定した。 あの教官達がまともな評価をくれる筈はない。 くそ! 卒業まで・・・居る事になるか・・・
「お嬢ちゃんと、坊ちゃんの世話係・・・誰にする?」
「いち抜けた。 レオ、お前やれ」
「ヤダ。 そうだ、あいつ等に押し付けよう!!」
お貴族様の端の端に引っかかってる奴等が二人ほど居るな・・・ 男爵家の四男と、子爵家の八男? 気位だけは高い、まだ、十五の子供だ。 よし、こいつらに押し付ける。 決めた。
「俺達は、何をするんだ?」
「あぁ・・・編成表からだと・・・え、衛生兵分隊? なんだコレ」
何となく判った。 いい所見せられない様に、実戦部隊から外しやがったんだ。 そりゃ、俺は、回復魔法をちょっとだけ使えるし、こいつ等だって何かしらの技は持っている。 そうで無けりゃ、生きて来れなかったからな・・・ それにしても・・・露骨にやりやがる・・・
アイツに連絡入れとくか・・・
まぁ、変わらんが、情報は渡しておいた方がいいだろう。
くそ! とんだ、とばっちりだぜ。
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実習初日。
王城ドラゴンズリーチの学院正門前で整列した時。
俺達の気分は、地の底を這う地虫と同じだった。