衛生兵分隊 小隊長 Side ユージン=コビック ①
大体の貴族は、嫌いだ。 何かにつけて上から目線で、ハラが立つ。 訓練の模擬戦で ケチョン ケチョン にしてやったのが、そんなに気に入らないのか。 俺は傭兵だ。 戦闘経験なら、お前らの万倍もある。 結構な人数率いて、討伐戦もした。 最後の美味しい所は、いつも、お貴族様が搔っ攫いやがるがな。
でも、お貴族様の中には、こんな腐った連中以外の奴も居るって、知っている。 いま、俺は、金を稼いでいる。 あぁ、そうだ、必要なのは ”金” だけだった。
学院とやらに入学する為に必要なのはな。 あとは、全部、あの人がしてくれた。 面倒見の良い野郎だ。 そんな奴も、お貴族様だ・・・ 良くは判らんが、色々いるらしい・・・
俺が、こんな目に合ってまで、「 王立魔法学院 」 に、入学しようと思ったのには、訳がある。
護れなかったんだ・・・ アイツを。
―――――
北の方にな、居たんだ。 その辺を領地としてた男爵から、治安維持を請け負っててな。 冒険者ギルドも絡んでいてな。 なんせ、魔物の出現頻度が多かったからな。 魔物が良く湧き出す、ヘンネの森の近くのセタフルって村に拠点を置いて、魔物討伐をやってたんだ。
まぁ、村のもんには、感謝されてたな。 交代要員の冒険者達とも、仲良くやってたぜ。 バカやって、朝まで飲んだり、合同訓練だって、賭け試合したりな。 ・・・酒場のネエチャンが、気の付くイイ女でな。 なんだかんだと、色々してくれてたんだ。 俺は、その時、傭兵隊の隊長みたいな事してたんでな。
男爵の要請が通って、ようやく騎士団が王都から、やって来たんだ。 ヘンネの森の魔物を根本的にやっつけるってんでな。 俺はなんか不安を感じてた。 騎士は強い。 間違いなく強いんだが・・・来た奴等、「ひよっこ」だったんだ。 指揮官に聞いたところ、学校を出て任官されて、初めての任務だって聞いた。
やべぇよ。
この森の魔物・・・半端ねぇんだ。
俺が確認しただけで、少なくとも四体はハイオークが潜んでいやがる。 「ひよっこ」には、荷が重い。 まぁ、明け透けに言うと、力不足だ。 村に来た奴等の訓練風景見て、確信した。 頭数じゃねぇんだよ。
指揮官に忠告だけはしといた。
騎士団の指揮官様は、しがない傭兵の言う事なんざ、聞きやしねぇがな。 騎士団が来て、ヘンネの森の魔物が一掃されるって、男爵さん、気が大きくなったんだろうな。 いきなり解雇通知が来た。 まぁ、あれだけの人数の傭兵を抱えると、金が足りねぇって、こった。 判る・・・判るんだが・・・ 知らねぇぞ。
冒険者ギルドの連中にも、依頼終了が言い渡された。 あいつらは、やれやれって、表情してやがったな。
手下に成ってた傭兵共は、次の仕事を見つけに、さっさと貰った 金 引っ掴んで、どっかに行っちまいやがった。 冒険者はその日の銭を稼ぎに、あっちこっちにバラバラ。 村にゃ、そんなに残らんかったな。
で、ある日の朝から、「ひよっこ」騎士団が、ヘンネの森に突っ込みやっがた。 士気だけは高かったな。 あぁ・・・初陣だしな。 へんに怖がってると、指揮官のお貴族様の雷が落ちる。 やけくそだったんだろうな。
俺は、酒場で飲んだくれてた。
いや、カウンターで寝てた。
アイツが、水持ってきたり、朝飯に旨いスープ持ってきたりしてくれてた。 そん時な、コイツと所帯持てれば、いいなぁ・・・なんて、柄にもない事かんがえてたんだ。
―――――
昼過ぎ、村の鐘が乱打されて、半分寝てた俺を叩き起こした。
その鐘の撞き方は、魔物の集団が、村に向かって来てる時の奴だった。 皆、口々に言い合った。
”騎士団は如何した?”
”森に討伐に行ったんじゃないのか?”
”なら何で、あいつらが来るんだ?”
”見間違いか?”
混乱で、初動が遅れた。 傭兵の俺の勘が ”ヤバイ” って、言ってた。 直ぐに装具と、剣を持って、表に出た。 砂塵を巻き上げながら、奴等が向かって来るのが見えた。 眼の色は「 赤 」。
怒りだ・・・
死に物狂いでやって来るぞ! 急いで、鐘を撞いてる奴に、
「連打しろ! 退避だ、退避! とにかく、逃げろ!! 手当たり次第に、ぶち壊すぞ、奴等。 家の中に逃げ込むんじゃねぇ! 散り散りに逃げろ!」
そう叫んでた。
遅かった・・・そう、遅かったんだ。 気が付くのがな。 村のもんは、それでも、何とか逃げようとしてな。 出来なかったが・・・ 俺は、防戦一方だった。 来たのは、比較的弱っちい奴等だったんだが、なんせ、数百はいたな・・・
剣に血脂がついて、鈍らに成っちまうくらい、斬った。
斬って、 斬って、 斬って・・・
途中から、冒険者ギルドの連中も、手伝ってくれた。 自衛の為だからな・・・ ギルド長のおっさんも、ウォーハンマー持ち出して、ぶん回してやがった。
―――――
結局、陽が沈む頃、襲撃は終わったんだ・・・ 村は半壊
何体もの魔物が、酒場を壊しているは知ってた。 ・・・行きたくねぇ・・・ 村のあちこちで、すすり泣く声がしてたんだ。 夫を、妻を、子供を失くした人達が、愛しい人達の名を呼びながら、地面を殴りつけていたよ・・・
魔物の返り血を浴びて、どす黒く成ってる俺に、「なんでなんだ!!!」 って、怒鳴ってくる奴もいたなぁ・・・ 気持ちは、判る。 俺のせいじゃねぇけどな。
村長が、それでも、生き残った人を動かして、魔物の死体を村はずれに集めて、燃やした。 病が怖いからな。 後には、こんもりと、魔石の山が出来てたなぁ・・・ あんだけ、居たんだ・・・
それから・・・村のもんが、自分の愛しい人達の亡骸を、一所に集め始めた。 こんだけ大量に死んじまったら、普通の葬儀は出来ねぇからな。 手持ちの薪を出し合ってな・・・ デカ井桁を幾つも作って・・・ 板の上に、愛しい人達の亡骸を置いて行ったんだ。
慟哭が、辺りを埋め尽くしてたぜ。
そんな中に・・・アイツが居た。 板の上に横たわっていた。 首筋にザックリと切り裂かれた跡があった。 朝・・・笑ってたアイツの顔が・・・重なった。
くそっ!! くそっ!!
地面に拳を打ち付けていたら、酒場の親っさんが、肩に手を載せて来た。
「・・・よくやって呉れたよ。 村がまだ生き残ってるのは、お前さんのお陰だ・・・アレも・・・喜んどるよ」
自分の娘が、目の前でな・・・ なのに、俺に恨み言の一つも言わねぇ・・・ 辺境の人間には、こんな事は、日常茶飯事なのか?
護りたかった・・・
護り切りたかった・・・
薪に点火され、渦巻く炎が天を焦がした。 残されちまった奴等は、口々に、送りの聖句を唱え始めた。
「遠き時の輪の接するところ、刻が意味をなさぬ場所、精霊様のご加護により、彼の者達を導き給え。 彼等の成した諸々の所業に相応しき場所へ。 願わくば、彼等の血縁者の御霊の元へ。 彼等の、魂の平安をここに祈ります」
重複する祈りの言葉・・・ こうやって焼いちまわないと、死霊が憑りついて、厄介な事になる。 それでも・・・それでもな、もうちょっと、一緒に居てやりたかった。
誰もが同じ気持ちだろうな・・・高位の魔術師か、薬師が居れば・・・死霊封じをして貰って、生身を埋葬出来たんだが、あいにく、こんな田舎じゃ、望めんしな・・・
意気消沈して、暗い顔で行き交う村人の元に、騎士団が帰ってきやがった。
きちんと、森の周囲を防御魔法で包まんかったから、森から溢れだしたんだ・・・こ、こいつ等・・・
アイツを返しやがれ!!! 今直ぐ!!!
そう、思ったんだがな。 言えんかった。 そいつら・・・三分の一にも満たなかったからな。 指揮官は、板の上に載ってた。 まだ、息はあるらしい。
「す、済まぬ・・・ 随伴魔術師が一撃でやられた・・・ 防御魔法が破られた・・・ お前・・・いや、貴殿の言った通りだった・・・ 済まぬ・・・すまぬ・・・すま・す・・・」
其処までだった。
忠告はした。 無視した。 貴重な騎士団の、それも「ひよっこ」が壊滅した。 指揮官も逝った。 十分とは言えない戦力で、それでも、善戦した。 随伴魔術師が逝っちまった後に、直ぐ引けばまだ間に合う筈だったのにだ。
ヘンネの森の方を見た。
分厚い瘴気が・・・随分と薄くなっている。 森の中の魔物どもは・・・あらかた片付いたんだな・・・ 片手が折れた副官らしき騎士が、俺の方にやって来た。
「・・・ユージン殿・・・忠告を聞き入れずにこのありさまです。 この人は、庶民の出にはしては、やる方でした・・・自尊心は高いのですが、間違いは、きちんと受け入れる事の出来る人でした。 ・・・惜しい人を逝かせてしまいました。 私はこれから王都に帰り、この現状を報告し、上級の騎士団の派遣を上申します。 これ以上、この村の人に悲劇が起きぬよう、徹底的に掃討します」
「無理すんなよ」
「仲間が・・・仲間の骸がまだ、森に有ります。 迎えに行ってやらないと、あいつ等だけで、帰れませんから」
「そうか・・・あんた、貴族か?」
「ええ、下級の騎士爵を頂いている、もと男爵の末弟です・・・ 庶民となんら、変わりのないね」
「・・・まともな、貴族もいたんだ」
「・・・多くは・・・私の様な者ですよ。 指揮官職に付けるのは、高位貴族か、王立魔法学院で学んだ者だけですけれども」
「・・・指揮官に成るには、その学院とやらに入らなければならんのか?」
そいつは、頷く。 俺は、骸を焼く炎と立ち昇る煙を見て、思ったんだ。 なんか、やけっぱちになりそうだったんだが、それも、これも、騎士が足りないからだ。 どうせ、こんな命、どっかで野垂れ死にするだけなら、アイツの様に死んでいく者を一人でも少なくする為に、役立てたら・・・ってな。
「王立魔法学院に入学するつもりですか?」
「騎士に・・・いや、此処で死んでいった者達みたいな者を、作り出さない為に・・・なんか、出来んかなと思ってな」
そいつは、ちょっと眉を寄せて、何かを思い浮かべる様な目をしていた。
「ユージン殿は、傭兵でしたね」
「ああ」
「かなりの手練れと、この領の男爵閣下に伺っております。 値が張ったと」
「まぁな」
「龍王国は、常に優秀な実戦経験者を必要としております。 南北両辺境が騒がしく、人手は常に足りません。 貴方の経歴ならば・・・ 直ぐにと云う訳では御座いませんが、わたくしが推薦状を書きます。 王都に戻って、報告し、上級の騎士団を連れて此処に帰ってきます。 それまで、此処に居て貰えませんか? 決して、悪いようにはしません」
真剣な目だった。 その場の雰囲気と、圧倒される気配で・・・頷いちまった。
―――――
そいつは、言うだけあって、本当に、騎士団を連れてきやがった。 今度は、本物。 見ただけで判る。 強者の持つ、独特の雰囲気を纏っていたな・・・
「済まない事になった。 民を護るべき我らの不手際で、多くの民を失った。 詫びを言わせてくれ」
かなり、高位だと思われる指揮官が、村長にそう伝えていた。 村を壊滅から護ったって事で、俺もそこに居た。 それから、その指揮官は、骨に成っちまった奴等の墓に行き、片膝を地面について、深々と頭を下げ、哀悼の意を示したんだ。
お貴族様がだぜ?
不審げに見る俺を、その指揮官が認め、神妙な顔つきで、言葉にしたんだ
「『民』、失くして、国はない。 我等は、龍王国を護ると誓った。 つまりは民を護るという事だ。 誓った誓約を守り切れなかった・・・ 直接指揮を執っていたものは、刻が意味をなさぬ場所で、詫びている事だろう。 生きている私は、その骸に詫びるしかない・・・ これで、応えになっただろうか?」
俺の心は、決まった。 中にはこんな奴もいるんだ・・・
ならば、こんな奴の手下に成るのも・・・ ”護る” と、決めた俺には、ある意味、道が見えたと言えたんじゃないかな。