衛生兵分隊 小隊長 Side ユージン=コビック ⑬
ターマが、お嬢の声と共に、弩から、矢を放った。 矢の軌道は、吸い込まれるように、下卑た笑みを浮かべる、グノームに突進した。
バリン!!
奴の張っていた、障壁が音を立てて割れ、突進を維持したままの、矢が深々とグノームの背に突き立った。 なんだ、何をした? 黒魔法の物理障壁を軽々と打ち抜く? どういう事だ? お嬢!
俺は、バッと、お嬢を見た。 妖艶と言える笑みを、苦しそうな表情の下から浮かべていたんだ。 なんだ? 読み通りって事か……
「戦場で邪よこしまな事考えるからよ」
お嬢の呟いた声が風に乗って俺の耳に届く…… これだ、女は怖い。 幾つだって、女を怒らすと、コレだ…… 罠の口を閉じる時が、来たようだ。 お嬢は両手を上げ、盛大に罠に使った、魔法を次々に起動していく。
「我、クロエが命ずる! 土壁立ち上がり、敵を囲め!」
救護天幕が有った場所の周囲に、土の壁が立ち上がったんだ。 あれは、土魔法だな。 救護天幕跡を、綺麗に隙間なく取り囲んだんだ。 取りこぼし無し。 魔物達全部が、土壁の内側に取り込まれた。
罠が完成した。 一方向にだけ、土壁は、隙が作ってあった。 奴らが出ようとする方向は、一方だけになるな。 あっちは、俺達に正対する感じになるし、散開も出来ねぇ。 俺達は、たとえ精度が悪くたって、あの土壁の間隙に、持てる攻撃魔法を叩きこめば、奴等に当たる。
成程、うまい事考えやがったな。
「野郎共!! 行くぞ! 攻撃魔法使える奴は、ありったけを叩き込め!! 相手は座った鴨だ!! 思う存分やりやがれ!!!」
俺の声に、攻撃系の魔法が使える野郎共が、【 火矢 】、【 雷矢 】、【 氷矢 】を、流星みたいに放ちやがった。 集中する攻撃魔法に、周囲の空気まで、焦げ臭い。 全魔力投入だからな! 土壁の中が、灼熱に発光したんだ。
だがな、俺は攻撃魔法は使えねぇ。 残念だがな、指を咥えて、見るしか出来ねぇ。 俺は、近接戦闘に特化しているんだ。 体力補助系と、強化系の魔法が得意でな。 ……くそっ、こんな時は、本当に、見てる事しか出来ねぇんだ!!!
お嬢の声が、別の魔法を起動させる。
「我、クロエが命じる、雷よ、 火炎よ、 凍てつく氷よ、我が槍となれ!」
おい、嬢ちゃん…… そりゃなんだ。 まだ、なんか隠し玉あったのか?
土壁に埋め込んでた雷撃槍サンダーパイクが横方向に飛び出した。 多くの魔物達が 【 雷槍 】 の、副次効果の ” スタン ” で、動きを止めてやがる。 地面から火炎槍と、氷槍が、立て続けに奴等を突き上げてやがる。
オイオイ…… 何て、魔力だ。 罠に仕込んだ魔法は、どれもこれも、高位の大魔法だぞ? お嬢の、魔力保持量 多過ぎるし……人として、おかし過ぎるだろ。 土壁の中の魔物達が、集中した攻撃魔法に耐えきれず、膝を付き始めやがった。
ん?
「おい、ターマ、あれ、見えてっか?」
グノームの奴、大怪我しながらも、回復しようと、懐からポーション取り出しやがった。 ヤバいな、あいつ確か、【 大回復魔法 】使いやがったって、報告があったな。 魔力の回復か、自身の回復か、どっちにしろポーションを使われたらヤバい。
ターマの奴は、すでに長弓の射撃準備終えてやがる。 まぁ、判るわな。 事前に、グノームが第一目標って言われてたしな。 頼んだぜ!
奴の長弓から、矢が放たれた。 真っ直ぐにグノームの手にしているポーションに命中する。 割れたポーションを茫然と見つめるグノーム。 これで奴は簡単には復活できねぇな。 よくやった、ターマ。 親指を立てて奴にニヤリと笑う。
奴は軽く笑い、次の矢をつがえている。 まだまだやる気だな。 くそっ、俺は、何やってんだ!! まだ、突撃出来ねぇのかよ!!
お嬢! 突撃命令をくれよ!!
そんな俺を、さっくり無視して、お嬢が短い詠唱を口にした。 彼女の周りに大魔法が浮かび上がる。 どうなってやがんだ、お嬢の魔力は? ……化け物かお嬢は!? お嬢の周囲の魔方陣から生み出されている、【 火炎投槍 】、【 氷投槍 】、【 雷投槍 】 が次々と、土壁の中に吸い込まれるんだ。
圧巻だったぜ
こんな、攻撃魔法、見た事ぁねえな。 それがまた、見事にあいつ等に吸い込まれていきやがる。 さしもの、”魔鬼” も、その周りに居た、ハイオークも、体力が削れに削れまくってるな。 土壁が光の粒を吐き出してやがる。 これだけ、集中した魔法には、耐えられんよな。 遠目に見ても、表面がボロボロ崩れ始めてやがらぁ……
ドンダケ魔法攻撃を集中させてんだ。
でもよぉ…… お嬢、お前、ホントに大丈夫なのか? そんなに、魔力使っちまって、魔力の完全枯渇とか、シャレにならんぞ? 死んじまうぞ? それで、死んだ奴、見た事有るんだよ。 頼むよ、自重してくれよ! 指揮官が先頭って言っても、限度が有るんだぞ!!!
ハイゴブリン8体、灰色コボルト12体は、あっさりと、 オーク4体中、3体も魔石になりながら、崩れ落ちたやがった。 お嬢、口元の笑みは…… 伝説の魔王と同じものなのか? 強烈な魔力の照り返しの中、超然と佇む少女…… 妖しくも、頼もしい……けどな。
全身から青い煙を噴出させて、ボロボロの土壁の中に居たのは、瀕死のオーク一体と、同じく瀕死の、魔鬼一体。 全身ハリネズミみたいに、魔法の槍が突き刺さっているな。 それでも、まだ、奴等は立っている。 ドンダケ体力有ったんだ。 何の策も無しだったら、俺達は、あっという間に、「遠き時の輪の接する所へ」突撃してたな。
危険な奴等だ。 止めが必要だ。 奴等、魔法だけじゃなくって、数十本の矢も尽きたってやがるな。 ターマの弓か…… 手練れって云うのは、いつも頼もしいな。 とうとう、俺達、特設シュバルツハント遊撃隊の面々は、魔力が尽きた。 もうスッカラカンだ。 魔法の攻撃は、カンバンだ!
でもよ……
こっからは、俺の時間だ。 得意の得物を手に握り直した。
お嬢は…… 周囲を魔法で索敵? あぁ、あいつ等の別動隊が居ねぇか、確認してるんだな。 よく気が回る。 今、俺達にはあいつ等しか見えてねぇからな。 どうなんだ? 周りに、居るのかよ、別動隊。 周囲を探る、お嬢。 汗の珠が、お嬢の額に浮かぶ。 もう、相当あぶねえ域なんだろ、お嬢の魔力残量。 もういいから、十分だから。
一人で、背負うなよ!
「お嬢、突撃命令を! 行かせてくれ!」
ジリジリしながら、お嬢の索敵結果を待ってたんだが、我慢しきれねぇ。 聞いちまったぜ。 お嬢の目が、細められ、ボロボロの土壁の中に居る生き残りに、視線が飛んだ。 小さく愛らし口から、俺達に戦意が残っているか、尋ねて来やがった。
「特設シュバルツハント遊撃隊 行けますか?」
勿論な、この時を待ってた奴等が、俺を含めて、五人は居る。 そいつらの手には、戦斧、大剣、戦槌が、出番を待っているんだ。 此処まで着て、指加えて見てるこたぁ出来ねぇ相談だぜ!!
「「「「おう! お嬢、いつでも!!」」」」
お嬢が、大きく息を吸って、しっかりと敵を見据えて、全力を持って、あげた鬨の声。 腹の底から、震えたぜ。
「特設シュバルツハント遊撃隊 襲歩!! アゴーン!!!」
アゴーン!!!
アゴーン!!!
アゴーン!!!
鬨の声を上げ、討ちかかっていく特設シュバルツハント遊撃隊の面々。 もう、前しか見ねえ。 土壁までの距離を一気に詰め、生き残りの魔物達に、戦斧で、大剣で、戦槌で、俺達らしく、滅多打ちにした。 魔鬼も、ハイオークも、絶叫を上げながら、幾許もしないうち、大量の魔石になって行ったんだ。
お嬢は? 眼の端に、可憐な姿が映る。 辛うじて息の残っている、グノームの側に立っていた。 何やら言っているが、放射している魔力の残響が酷く、全く聞こえない。 グノームが崩れ、遠目に見ても大きな魔石に成ったのが、見えた。
お嬢が、腰から剣を抜き放った。
逆手に持った、刀身を魔石の直上に持ち上げるのが、見える。 お嬢の、渾身の一撃。 魔石にヒビが入り、虹色の光の粒が立ち上がる…… 魔石から力が抜けていくのが、判った。
魔物の異常集団は、此れで全滅した。
殲滅した。 勝てた……
信じられんが、俺達が、”特設シュバルツハント遊撃隊 ” だけの力で、殲滅したんだ。
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勝利の雄叫びを上げる寸前、トンデモねぇ光景が、俺達全員の目に写ったんだ。
お嬢が、その場に崩れ落ちたんだ。
何やってんだよ!!!!
戦場で有っちゃなんねぇ事だが、愛用の大剣を、放り投げて、お嬢に駆け寄ったんだ。 真っ白な顔で、ぐったりその場に崩れ落ちた、お嬢の体を抱き起して、【 回復魔法 】を紡ぎ出したんだ。
いや、何処にも怪我はねぇ…… 魔力の枯渇か!
「お嬢!!」
とにかく、意識を繋がねぇと、逝っちまう。
「お嬢! 無茶をする。 まだ、生きてるか?」
「ありがとう……クロエは、大丈夫です。 ……ちょっと、疲れました」
「そりゃそうだろう……あれだけの傀儡からの、「返しの風」を耐えたんだ…… なんでだ?」
「はい?」
「なぜ、そこまでする? ……名ばかりの指揮官だと、そう思っていた。 何故だ?」
「……愛称を……貴方達は、わたくしに、愛称を付けてくれました。 ……仲間に入れてくれました…… 仲間の為に全力を出すのは……当然の事では?」
何でだよ、なんで、そんな…… そんな事で…… お嬢は、ここまでしたんだ…… 愛称…… ”特設シュバルツハント遊撃隊 ”の 指揮官、” お嬢 ” って、呼んだだけじゃねぇか。 それなのに…… たった、それだけの事で……
くそっ!!
ババッと周りを見回した。 こんな所に置いとけねぇ。 いや、置いておいちゃいけねぇ。 魔法回復薬飲ますにしても、こんな所じゃ、効きもしねぇ。 取り敢えず、静かな場所に…… どっか…… どっか…… 見回す俺の目に、魔法科の天幕が映った。 あそこなら、無事だし、設備も整っている筈だ!
意識が薄らぐお嬢を、大切に、大切に、魔法科の天幕の中に連れてって、柔らかそうなベッドに横たえた。 手持ちの魔法回復薬、しこたま薄い意識しかねぇ ”お嬢” に、飲ませたんだ。 それでも、苦し気にしているんだ。 そうか、こんなモノ来てたら、眠れねぇし、回復も出来ねぇ。 取り敢えず、装具を脱がさねぇと…… ん、なんだ、ゆ、指が……
女なんか何人も裸に剥いた事が有る ”この俺の手が”、お嬢の救護兵の装具を外す手が震えたんだぜ。
「ジン、落ち着け。 大丈夫だ。 魔力回復薬を飲んだとしても、魔力の回復には時間が掛かる。 それに、さっきまで意識はあった。 魔力の完全枯渇はしてねぇ。 大丈夫だ…… お嬢は、疲れ切って眠っているだけだ……」
魔法科の天幕に一緒に入って来た野郎共の中のレオが、俺に声を掛けて来たんだ。
「レオ…… 俺、どうしちまったんだ。 こんな小娘に、手が震えるんだ」
「真に尊敬する相手だ、不思議じゃねぇさ。 俺達は、命を懸けて仕える事が出来る指揮官を、得たんだ。 お前が震えるのは、その忠誠の証さ。 早く、ゆっくりと眠らせてやろうぜ」
「あぁ…… そうか…… そうだよな。 俺達の指揮官だよな」
「そうだ、他の誰にも代えがたい、俺達の指揮官、” お嬢 ” だ」
やっと、 救護兵の装備を外し終えて、お嬢をゆっくり眠らせることが出来た。 こんなに成るまで…… このちっこい体で…… 誰にも負けない闘志を秘めて。
誇り高く、気高く……
俺は、静かに眠る、お嬢……
クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハント 黒龍大公令嬢に
そんなお嬢に
俺は
片膝を付き
剣を捧げ
【 忠誠 】を、誓ったんだ。
Side ユージン=コビック
Ende
Side ユージン=コビック編 Endeマーク 打てました。
あの、叙勲のパーティでの忠誠の証は、すでに、ここで立てられていたのです。
彼等の、指揮官 ” お嬢 ”が、己が自尊心に勝る、忠誠の対象となった瞬間でもありました。
読んで頂き、誠に有難うございました!!
それでは、また!!!