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ヌーヴォー・アヴェニール  Other Side  作者: 龍槍 椀
衛生兵分隊 小隊長 ユージン=コビック Side
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衛生兵分隊 小隊長 Side  ユージン=コビック ⑫

 




 夕闇が忍び寄る。 


 いよいよ、魔物達の時間の始まりだ。 


 真っ赤な夕焼けが夜の帳に駆逐され、天空に星が、一つ、また一つと、瞬き始めたんだ。


 お嬢は、魔物の集団が侵入して来るであろう方向を、じっと見つめている。 レオが、俺とお嬢の間に忍び込む様に、足音も立てず近寄って来た。




「お嬢……一つ尋ねたい事が有る、いや、有ります」


「はい、疑義は払拭した方が、良いので。 何で御座いますか?」


「お嬢の作戦案は、理解している。 魔物の集団を罠にかける。 餌は、お嬢ご自身だ。 しかし、確証があるのか? 奴等が、お嬢を目当てに来たと。 ミハエル殿下や、フランツ殿下が、目標かもしれない」


「その、疑問はもっともです。 ですが、魔物の行動から、両殿下が目的では無いと、判ります」


「というと?」


「群れの大きさから、小回りは効きません。 ミハエル殿下が目的ならば、ここでは無く、白龍大公閣下の別荘に向かう筈です。 フランツ殿下が目的ならば、接触した時に、事は決しています。 そして、魔物の群れは、真っ直ぐにこの野営地に「女性」を探しに来ております。 この野営地に目標となりうる、高位の貴族はわたくし一人きり…… ご納得いただけましたか?」


「……もし、罠にかからなかった場合は?」


「伏撃に変更します」




 レオの顔が、少し歪む。 罠が機能しなかったときの被害を、頭の中で計算しやがったな。 あぁ、俺も計算したさ、良くて五分。 なんかのきっかけさえあれば、俺達は、一人残らず、”遠き時の輪の接する所” へ、突撃を噛ます事になる。 レオが続けて聞いていた。




「勝算は?」


「五分かと。 フランツ殿下が、退却を始められて、約三刻。 事前の準備が、きちんと機能していれば、殿下は救援部隊と合流している頃。 後、三刻もすれば、殿下はギレ砦に入れます。 わたくし達が、稼ぐ時間は、三刻です。 今も、その時間は減少していっております」


「その時間を稼ぎ出す条件は?」


「……諸情報より、一つあります」


「何だろうか?」


「魔物の集団の中のグノームです。 グノームは絶対に叩かなければなりません。 戦力の全てをかけてでも」


「……そうか。 わかった。 罠が効くといいな」


「最悪の中の最善ですわね」





 お嬢の表情がふわりと、柔らかくなる。 紺碧の瞳に浮かぶ妖しい輝きはそのままに、実に妖艶に。 本当に十三歳なのか? 


 そんな笑顔を浮かべる奴は、歴戦の女冒険者にもおらんぞ? 実に楽し気な、微笑みだな。 常に戦いに身を置く、経験豊かな傭兵が時折浮かべる、戦馬鹿の笑顔がちょうどそんな感じだ。




 お嬢、あんた、どんな過去を背負っとるんだ? 




 背筋に冷たい汗が流れ落ちるぜ。


 夜が、魔物達の時間が始まった。 天幕のあたりにあるカンテラと焚火が、救護天幕を、闇から浮かび上がらせる。 報告通り、野営地に予測していた方向から、魔物集団がついに到来した。


 先頭は魔鬼オーガ。 周囲に、”禍々しい威圧感” を、まき散らしながら、野営地に入ってきやがった。 




    しかしな、何か変だ。 




 こいつ等、周囲を伺っている。 普通なら、直ぐに暴れ始めるはずだ。


 すでに俺達とは、遣り合っていたはずだ。 奴等、こっちの攻撃になんの感情も持ってないみたいな振る舞いをしてやがる。 ハイオークに至っては、目に攻撃色すら浮かんじゃねぇ。 これは、おかしい。 


 注意深く見てたら、リーダーらしい、グノームが何か指示を出し始めた。 他には目もくれず、救護天幕に向かった。 そうだよ、お嬢の想定が、ど嵌りしやがった。 リーダーのグノームが、魔方陣を展開して、何かの呪文を唱え始めやがった。


 突然、お嬢が、静かに言葉を口にした





「目の良いかた、あれを。 魔物達の胸に何かの紋章が有りますね。 ご存知の方、居られますか」





 上半身、裸の、”魔鬼オーガ”の左胸の上の方に、紋章が見える。 黒い紋章だ。 奴隷の紋章でも、使い魔の紋章でも無い。 ひし形の紋章なんて、見た事無いぞ?  ナーガラに言って、さっき、偵察に出てた野郎共に、【 遠眼鏡 】で確認させたんだ。 一人は知らなかった。 もう一人、元冒険者が断言した。




「あれは、ミルブール国教会の紋章だ。 ミルブールの神殿で、見た事がある。 いけ好かない神官共だったな。 そう言えば、やつら、黒魔術を良く使うと聞くな、お嬢」


「そうですか……ミルブール国教会……ですか……」


「何かを詠唱してる、グノームの腕見てくれ、お嬢……あれは隷属の魔方陣と、操作の魔方陣……操られてやがる……」




 お嬢は、その言葉を聞いた後、何かを考える様に目を閉じ、再び開けた時に、おおゆみやじりになんかの魔法をかけやがったんだ。 なんだ? 何をしたんだ? ニンマリと妖しい微笑みが、お嬢の頬に浮かぶ。 かなりの策士なんだろうな。 そんな笑みを浮かべる奴は。


 グノームの詠唱が終わった。 強い風の塊が救護天幕を襲った。 巻き上げられる天幕が、遠い所に堕ちた。 露わになる、救護天幕の中。 いや、もう、その跡地になってやがるな。 中央に、お嬢の姿を写した、傀儡くぐつ10人が、救助を求める様に、一心に祈りを捧げている姿が、浮かび上がった。 きっと、天幕だけを飛ばす為に、あんなに慎重に魔法をかけてたんだな。


 風に乗って、グノームの声が、俺の耳に届いた。 




「ミツケタ。 聞いてた話の通りだ、コイツだ。 白い服……のこいつだ。 後の者は、お前たちの好きにするがいい」




 お嬢の予測が、ものの見事に、大当たりしやがった!!  こいつ等、お嬢を探して居たんだ。




 ん?




 白い服? あれは、救護係の制服だぞ? どういう事だ?  ……こいつらを操っている奴等が掴んだ、お嬢の情報が古かったのか? 


 行政内務科の女生徒は、俺達騎士科と同行する時は、救護係を拝命する事になっている筈…… お嬢が、衛生兵を拝命したの、知らんかったのか?  ……辻褄は会うな。  しかし、お嬢、あいつ等、お前の傀儡くぐつ 狙ってるぞ。




「返しの風」が、来るぞ。 いいのか? ……いや、大丈夫なのか?




 ハイゴブリンが、周りの軽装鎧のお嬢に、襲い掛かろうとしたが、魔法防御壁が、弾じいた。 そう言えば、あのエルって女が、ここを逃げ出す前に、お嬢と救護天幕の中に入って行ってたな。 あれか…… えれぇ、強力な防御魔法だな。 グノームが、忌々しそうに、火球を魔法防御壁に当ててるな。


 でもな、そんなには、持たんよな……


 防御結界の限界も、そろそろだな。 力尽きる様に、結界が光の粒になって、昇華されていく。 限界が来たみたいだ。 お嬢、いよいよ来るぞ、お前が餌になった代償が。


 ……いくらなんでも、数が多すぎる。 次々に襲い掛かられ、対応が追い付いてねぇ。 お嬢は、傀儡くぐつたち操り、中央の白衣白帽の傀儡くぐつを護る様にしてたんだが、……ハイゴブリン達に、ついに、お嬢の傀儡くぐつが、蹂躙された。


 ぐらつくお嬢の華奢な体。 



        無茶だ!



 何体もの傀儡くぐつからの「返しの風」を、一身に受けるなんて。 知り合いの「傀儡くぐつ使い」が、教えてくれた。 返しの風は、命を削るって。 実際には受けていない傷が、精神を痛めつける。 発狂モノだと。



 その痛みを必死に堪えいる、お嬢。 汗が、……綺麗な、しかし、歪んだ表情の顔から、流れ落ちる。 膝も、もう立ってるのが不思議なくらい、ガクガクしてる。 突然、お嬢が、腕を噛んだ。 声を押し殺してるのか。 激痛で体を、心を痛めつけられながらも、真っ直ぐに、魔物達を見詰めていた。 紺碧の瞳は、燃える様な何かを宿し、意志の強い視線は、ゆるぎない。 




    ……もう  お嬢は、耐えられそうにない。 




 お嬢に、そっと耳打ちをする。 大声を出せば、ここに仕掛けられている、【 隠遁の魔法 】が、破れる。 そんな事になったら、お嬢の努力が全て、水泡に帰す。 だから、極力声を抑え、聞いたんだ。 




「お嬢…… 耐えられるのか? ”返しの風”だろ? 十体も傀儡くぐつ作って、それが全部、攻撃受けてるんだぞ? それでも、大丈夫なのかよ……」




 多分、俺は、心配そうに見てたと思う。 今にも倒れそうに成りながらも、気丈に応えるお嬢。 無理矢理だろうな、痛々しくて見てらんない様な、笑顔を俺に向けて来た。 噛んでいた腕から、口を離し、震える声で「覚悟」の深さを、見せつけて来やがった。 




「耐えねば、 ”すべて” が、無に帰します」




 十分だ。 もう、十分だ。 奴等は皆、救護天幕跡に入っている。 罠の口を閉じろ。 今なら、一網打尽だ。 お嬢!! 傀儡くぐつの制御を離せ! もう、見てられん!!




「お嬢、何を待っている。 もう、罠の中に入っているんじゃないのか?」


「あのグノームが、おおゆみの軸線に来る時を…… その瞬間を待っています」




 まだ、確実じゃ無いのか。 まだ、作戦の成功の確率を上げようとするのか。 俺達は頼りにならんのか? 指揮官の命令が無ければ、俺達は動けない。 そして、お嬢は動かさない。 




 まだ・・、その時では無いと。 




 一身に痛みを引き受け、タイミングを計ってやがる。 どうして、そこまで出来るんだ? なぜ、やり切ろうとしやがるんだ? 此れじゃぁ…… 俺達が…… 




 守られてるみてぇじゃねぇか!!!!




 お嬢の、九人の傀儡くぐつが、惨殺された。 あの痛みが、お嬢に「返しの風」として戻ってきている筈だ。 よく耐えられるな! お前、どれだけ、精神力強いんだ! 最後に残ったのは、中央の白衣白帽の傀儡くぐつ。 いきなり、魔鬼オーガに、両手を掴まれぶら下げられていた。


 それまで、遠巻きに見てたグノームが、動き始めた。 両手を、魔鬼オーガに捕まれて、ぶら下げられている、お嬢の傀儡くぐつの前に、ゆっくりとな。 なにか呟きやがった。 俺の耳には、嫌でもその言葉が届く。 




「ただ殺すには惜しいな……よく見れば、……なかなかに、美形ではないか……天龍の巫女……は……」




 遠目の魔法を使ってる奴が、小声を上げた。




「腐ってやがる」




 ゆっくりと近づく、グノームが手を挙げて、風魔法を発動した。 あれは、たしか、 ”かまいたち”  白衣を切り裂きやがった。 ぼろ布の様に成った白衣。 垂れ下がった布の間から、白い肌が覗く。 



    くそっ! 何てことしやがる!!




 操ってる奴の、卑しい感情がこっちにまで伝わって来るぜ。 もう…… 見てらんねぇ。 お嬢は、まだ、俺達を抑えている。 あんな姿にされても、目を背けずに、グノームの一挙手一投足を、見詰めているんだ。 



 俺達には、耐えられん。



 何故、こんな可憐な少女が、



 何故、こんなにまでも、苛烈な判断ができるのだ!!!



 その時、お嬢の声がした。



 凛とした、「 固い意志 」を、含んだ、声がした。







     「今です。 おおゆみを!」








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