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ヌーヴォー・アヴェニール  Other Side  作者: 龍槍 椀
衛生兵分隊 小隊長 ユージン=コビック Side
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衛生兵分隊 小隊長 Side  ユージン=コビック ⑪

 




 嬢ちゃんを中心に、救護天幕前に集まった。



 俺を含めて、皆、嬢ちゃんを睨みつける勢いで、見詰めているんだ。 なんで、嬢ちゃんが此処に残ったのか。 単に、” 規則でそうなっているから ” って訳じゃなさそうだ。




「皆様、あなた方は、冒険者、傭兵などの前職を経てから、龍王国の騎士を目指された方々。 あなた方の目には、わたくしが指揮官として残る事は、さぞ滑稽に、愚かに見える事だと思います。 現状、その御気持ちは、とてもよく理解できます」




 集まった俺達に、嬢ちゃんはそう語りだした。 いや……まぁ、その通りだよ。 無謀だよ。 此処に残った奴等は、外の世界じゃそれなりに、名の通った奴等なんだ。 一騎当千とは言わないが、簡単におっ死んじまう様な、無様を晒すような、奴等じゃねぇんだ。


 嬢ちゃんが、殿下に言った通り、最後の肉壁にするには、持って来いの奴等なんだ。 その指揮官が嬢ちゃん? 守れんぜ? 皆、目の前の敵を屠る事に、精一杯になるからな。




「このままでは、一対多数の虐殺戦。 いくら能力の高い、あなた方でも、遠き時の輪の接する所に、赴く事は必定です。 そう、このまま・・・・では」




 嬢ちゃんの瞳の色が、深く、そして、妖しく揺らめく。 言ったな、このまま・・・・では、ダメだと。 どうすんだよ。 聞かせて貰おうか。 俺達は、覚悟を決めたんだ。 只では、死なんつもりだが、どんな作戦が立てられるってんだ、こんな状況で……




「状況は、撤退支援、魔物の群れの侵攻への遅滞攻撃です。 本野営地に、群れが到達するのは、遅くとも、日没前。 方向は、北西方向の小道入り口からが予想されます。 それまでに罠を仕掛けきります。 大規模な罠ですので、宜しくお願いします」




 罠? ……撤退準備をしている時に、嬢ちゃんが何かゴソゴソしているのは、知っていた。 相手を嵌めるのか? なら、餌が必要だ。 普通の魔物相手なら、落とし穴とか、矢衾やぶすまとか、考えられるんだが、相手は異常行動中だぞ? 普通の罠じゃ、役にゃたたんよ。


 ふと、思い出した。 嬢ちゃんの従者の言葉をな。 あのラージェって言う、女性騎士が言ってたな、何かか、誰かを探して居るらしいって。 グノームが、「人語」で、 ” いない、ココにもいない ”ってな。 


 ん? ちょっと待て。 魔物連中、そう言えば、ラージェ達とは交戦してなかったよな。 俺達とさんざん遣り合って、 ” いない、ココにもいない ” って、どういうことだ? 「いない」 って事は、「モノ」じゃ無く、「人」を探しとるんだろ? つうことは…… 男じゃなくて、女? 


 女を探してるって事か? ラージェ達が殿下の護衛に差し向けられたのは…… 誰かの進言からだった筈。 そう聞いていた。 頭の中で、パズルのピースが、コトンって嵌った。




 奴等の目的が、もし、”嬢ちゃん・・・・”なら……  




 ってな。 それを承知で残りやがった。 自分自身を餌にする為に。 俺達の生還の可能性を少しでも上げるために、残りやがったんだ、嬢ちゃんは!  そんでな、周りを見回した。 嬢ちゃんがそんな ” 覚悟 ” を決めているんだ。 何ができるかを、もう一回考えて見た。



 指揮官は、十三歳の、クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハント。 

 衛生兵分隊は、二人抜けて、俺達、六人。

 魔物討伐隊の、第一小隊から、第七小隊の、隊長、及び、副官、十四人 



 合計、二十一人。 二個小隊か。 うまく罠が出来れば、時間は大分稼げるな。 足止めして、小さい奴から、ぶちのばせればな。 しかし、嬢ちゃん、お前が一番ヤバイことになるんだぞ? お前の年で……女の子で…… なんで、そんな肝っ玉座ってやがるんだ?




 面白れぇ…… こんな奴、見た事ねぇ。




 自然と、頬に笑みが浮かんで来やがる。 さっきまで、あんなに凹んでいた気分が、なんか盛り上がってきやがった。 よっしゃ、野郎共の気分も、盛り上げっか! 



「意見具申!」


「どうぞ」


「士気を高める為と、混乱を防止するために、呼称の統一を求める」


「はい?」


撤退支援人員すてごまとか、肉壁たてとか、頭では、判っちゃ居るんだが、・・・今一乗り気がしない。 此処は、パッと一つ、いい感じの部隊名を決めちゃいかんか?」


「・・・よろしいですが・・・何か案でも?」




 聞いて驚け! あんたは、俺達の象徴になるんだ。 気分を上げて、これから起こる、死闘の為に、ちょいと名前を貸してくれ。 俺がこれを言ったら、野郎共に俺の考えが伝わるからな。



「特設シュバルツハント遊撃隊。 まぁ、あんたの名前を部隊名につける」


「えっ? で、でも・・・」


「それとだ、部隊指揮官の呼称問題。 俺たちゃ、戦闘中はいっつも愛称で呼び合ってる」


「ええ・・・それは知っております」


「アンタ事の事を、皆、てんでバラバラに呼んでるよな、この際統一するべきだ」


「ええ、それは・・・有難いのですが・・・なんと?」




 レオが、俺の顔を見て、ハッとした表情をしやがった。 こいつにも判ったか。 そうだよ、嬢ちゃんが此処に居るってのは、この子の犯し難い「矜持」なんだ。 貴族としてのな。 強烈な「誇り高さ」だぞ? 理解したか?




「”シュバルツハント令嬢閣下”・・・なげぇ・・・”令嬢閣下”・・・閣下じゃねしなぁ・・・”お嬢ちゃん”・・・もう一つだなぁ・・・”クロエちゃん”・・・さすがにマズいだろうぉ・・・そうだ、” お嬢 ”!」




 いいねぇ、お嬢か。 なんか、いい。 よし決まりだ。 野郎共、いいな。 黒龍大公のお嬢様クロエ=カタリナ=セシル=シュバルツハント。 誇り高い俺達の指揮官。 実戦経験? 戦士としての能力? そんなもん、必要じゃねぇ。 こんな極限状態において、一番必要なもんを、持ってるんだよ。 指揮官の矜持って奴をな。 ニヤリって感じで、口元が歪む。 




「呼称統一! 特設シュバルツハント遊撃隊、部隊指揮官の呼称を、” お嬢 ”で統一する。 いいか、野郎共!」


「「「おう!!!」」」




 野郎共! 気分は伝わったか! そうだ、戦闘集団が死線を潜り抜ける為、一番必要なもんを、俺達は今、手に入れたんだよ!!!





○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○





「お嬢、意見具申!」




 おうおう、早速か。 いいねぇ。 物見だろ? 相手の動向を探るのは基本だ。 ほう、嬢ちゃん、【 遠見 】の魔方陣を羊皮紙に書いて渡したか。 お嬢はほんと、良く知ってるな。 アレが有ると無いとでは、全く違う。



 あいつ等、試しやがったな。



 持ってる筈だろ、お前らなら。 で、クルクルって巻いて、確認してやがる。 びっくりしとるな。 お嬢の魔術はすげぇんだよ。 此処でいとも簡単にポーション作りやがるからな。 王都の魔法具店のおっさん共に、お嬢紹介したら、ビックリして、腰抜かすぞ。




「絶対に戦闘しないでください。 接敵して、被害が出る事が、今一番問題になります。 お二人がお強いのは、見ればわかります。 でも、今は堪えてください。 決して戦端は開かず、索敵に集中してください。 必要なのはより詳細な敵情報です。 御間違いなく。 無傷でお戻り頂くと、「お約束」して頂けないと、許可できません」


「判ってる。 物見だ。 行って来る」




 あぁ…… ホントに判ってたか? お嬢、お前たちの身を案じているんだよ。 指揮官なら、喉から手が出るほど欲しがる情報より、お前たちの命の方を優先しとるんだよ。 行け。 行って「情報」掻っ攫ってこい。 何だか変な気分だ。 頼れる指揮官の元で、いくさの準備してるみてぇだぜ。





 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○




「あの、もし」


「お嬢、何だろうか」


「すみません、これを周囲の天幕に入れて欲しいのですが」




 そう言って、お嬢が差し出したの、「魔石」。 なんか”音”がしているな。 どういう事だ? 俺の不審げな視線に、お嬢は答えてくれた。




「いくら魔物でも、この野営地が、もぬけの殻でしたら、すぐに殿下達を追います。 それを避ける為、に此れを仕掛けておきます。 この音は生活音です。 もし、何らかの目的を持たず・・・・・・・・・・、この野営地に侵入して来るならば、天幕を壊すなりなんなりして、人を探します。 確認させ、手間取らせてする、時間稼です」




 判った、二重三重の罠を仕掛けるんだな。 それで、お嬢は、これからどうするんだ? 俺達は、それをするとして。




「わたくしは、色々と、残置魔法を仕掛けていきます。 罠本体とか、餌の準備とか」


「なんか、手伝える事が有ったら、言え。 直ぐに来る」


「有難うございます」


「お嬢…… 何処まで見えている?」


「……まだ、確信は持てませんが…… 一応、目的がわたくし・・・・では無いかと」


「警戒は怠るなよ」


「判りました」




 野営地の中は緊迫した空気が流れている。 お嬢が罠を仕掛けていく間に、俺たちは、退路の確認、おおゆみの設置、俺達の待機場所の設営なんかを進めていた。


 問題だったのは、おおゆみの設営だ。 こいつは威力はデカいんだが、なにせ固定が必要なんだ。 ガッチリと固定しないと、矢の弾道が狂う。 攻城戦なら、問題は無いんだが、嬢ちゃんの話からすると、どうも、照準を固定して、そこに来た奴を叩くみたいな事を言ってやがった。




「ターマ、やれるか?」


「なんとかな。 ある程度の誤差は見込んではいるが、上下方向の誤差は極力なくしたい。 足元の固定が必要だな」


「何人か回す。指示してくれ」


「了解」




 チョイとばかし、時間を喰ったが、何とか固定できた。 ターマの奴、藁束を用意して、何度か試射を繰り返してやがった。 満足いく程の精度が出たのか、親指上げて笑いやがった。 よし、お嬢を呼ぶか。


 俺は、救護天幕に急いだ。 でな、お嬢を呼びに、中に入ってんだ。 もうな、絶対驚かんって誓ってたんだが、また、誓いが破られた。 ありていに言うとな、魂消たまげたんだ。



 なんでかって言うとな、救護係の、” 白衣白帽 ” を着たお嬢が、膝を折って天に向かって、祈ってるんだ。 その周りをな、” 軽装甲 ”、” 重装甲 ”、” 学院の制服 ”、” 作業服 ”、” ちょっとしたドレス ”、” 訓練着 ”、” 魔法師学生のローブ ”、” 乗馬服 ”、” とても美しいドレス ”、を着込んだお嬢と同じ顔をした女たちが、一心に祈りを捧げているんだ。


 混乱した。 十人のお嬢…… そんな俺の側に、” 遣り切った ” って、滅茶苦茶いい笑顔のお嬢が、スルスルと寄って来た。 もう分けわからん。




「お嬢、……なんだ? ……これ?」


「罠のおとりです。 どうも、女性を探して居るらしいので。 これで、どんな人を探して居るか、特定出来る筈です。」


「で、何でまた、天幕の中なんかに? お嬢、バラバラに配置した方が、判り安いんじゃないのか?」


「天幕を中心に、色々な攻撃魔法を仕掛けました。 おびき寄せる為です。 救助を祈る姿にしました」




 自分自身を囮にするって事が、お嬢には「何でもない事」なのか? 嬢ちゃんの口振りだと、これ、傀儡くぐつだろ? 冒険者の古い馴染みに、「傀儡くぐつ使い」が居たんだ。 そんで、そいつから聞いた事があるんだ。 傀儡くぐつは、傀儡使いと魔力で繋がっているってな。 傀儡の見た物、聞いた物は、傀儡使いの目と耳に入る。 


 でもな、それだけじゃねぇんだ、傀儡の被った被害はまともに傀儡使いも ” 体感 ” しちまううんだ。 奴は「返しの風」って、言ってたな。 斬られれば、斬られた痛みを感じるし、焼かれれば、熱い。 だから、そいつも、傀儡を「罠解除」とか、「斥候」とかには、使わないって言ってやがった。


 それを、わざわざ被害が出る罠の餌にするなんてな…… お嬢、何処までも「 本気 」なんだな。 その心意気、確かに受け取ったぜ。




「了解。 おびき寄せてから、一網打尽にするんだな」


「ええ、そのつもりです」




 俺の真剣な視線が、お嬢の怪しい揺らめきを秘めた、綺麗な視線と絡む。 そうか、判った。 でもな、無理すんな。 お嬢を促し、準備の完了した、おおゆみの側に連れてったんだ。 興味深そうに、それを見てたな。 馬達もその近くに揃えた。 何時でも乗れるようにしてな。 極力、装具は載せなかったんだ。 ほぼ、空馬からうま状態にしたんだ。


 いつでも、逃げ出せるようにな。


 お嬢が、並んだ馬達に、砂糖の塊を喰わしてやがるな。 馬達も喜んでるな。 なんて、優しい顔してやがるんだ。 おいおい、ここは戦場だぞ? そんな顔…… お前らしいな……お嬢。


 馬達の落ち着きやがった。 周りが殺気立ってるもんだから、馬達のソワソワしてたが、キッチリ落ち着かせやがった。 俺達は、やっと準備が整った事を知ったわけだ。 時間は日没前。 間に合ったようだ。


 偵察に出ていた二人が帰って来た。 おおゆみのあたりに固まって待機している俺達の元に駈け込んで来た。 見たところ、傷は無い。 無事に、お嬢の云う通り、戦闘無しで帰ってきやがった。 気が付いたか? お嬢の心配りに。 野営地から出て行くときより、数段、真摯な表情で、報告をはじめやがった。




「報告!」


「はい」


「敵魔物一群、北西、1リーグに接近。 予想通り、北西小道より、野営地に侵入の見込み。 到着予測時刻、日没! お嬢、当初の読み通りです。 敵概要掴みました。」


「はい。 続けてください」


「お嬢、敵一群の概要は、リーダーらしきもの、グノーム、一体。 戦力の大きいモノから、魔鬼オーガ1体、オーク4体、ハイゴブリン8体、灰色コボルト12体 計26体の極めて強力な戦力です。 普通では考えられません!」


「……お疲れ様。 劣勢もいいところですね。」




 北西の小道へ続く簡単な柵がある方に視線を向けた。 あそこから来るのか。 常軌を逸した敵の規模だな。 普通は、絶望するか、馬に乗って駆け出して逃げるな。 任務がそれを許しちゃくれんがな。 お嬢の顔が、報告を聞いて強張ってるな。 無理もない。 歴戦の俺達ですら、顔色が悪くなってるんだ。




「お嬢……やれるのか?」


「あちらの動き次第です。 リーダーのグノーム…… これが此方が優位に立てるかもしれない、唯一の情報ですね」



 お嬢、知ってるか。



 今のお嬢の顔。



 強大な敵を目の前にしても、消えない闘志。



 紺碧の瞳に揺らぐ、妖しい光。



 戦う者が身に着けておくべき、不屈の意思。



 お嬢の小さい体から、発散される闘気。



 俺を含めて、皆が奮い立ってるんだ。



 お嬢。



 あんた、大した指揮官だ。







 ついて行くぜ。








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