衛生兵分隊 小隊長 Side ユージン=コビック ⑩
「なぜ…… なぜ、クロエが此処に居る」
「衛生兵ですから、ですが?」
「黒龍大公閣下は、余りの仕打ちに、参加を取りやめさせたと……」
「わたくしのたっての希望ですのでの、アレクサス黒龍大公翁様に、参加許諾を頂きました」
「アレクサス……大公翁……何をしておいでだ、あの方は……」
「そんな事を言っている場合では御座いません、殿下。 事は緊急を要します。 殿下に置かれましては、早急にギレ砦に、安全に下がっていただかないとなりません。 これは、絶対に必要な事であります」
王太子殿下の顔…… 本来なら、緊迫したこの状況下で、あってはならない事なんだがね。 爆笑しそうになった。 レオも、ターマも、キーソも、オイも、キーカも、肩、震わせてるぜ。 ポカンとした顔の王族なぞ、ついぞ見られるもんじゃネェからな。
しかし、状況の緊迫度は、一瞬緩んだ俺達の気を引き締めた。 それを指摘したのは、やはり、嬢ちゃんだったな。 掻い摘んで纏めると、
1)フランツ第一王太子殿下が無事、ギレ砦に入り、身柄の安全が保障される事
2)9組の非戦闘員(魔法科)が、ギレ砦に入り、身柄の安全が保障される事
3)9組の戦闘員(騎士科)が、ギレ砦に入り、身柄の安全が保障される事
4)9組、実習参加者全員(全科)が、ギレ砦に入り、身柄の安全が保障される事
の、優先順位で、撤退しなくてはならない事。 現状、一番目の勝利条件すら厳しい。 撤退準備が整って、撤退を開始するのは、どう見積もっても、あと二刻は掛かる。 そこから出発しても、重傷者を載せた荷馬車や、装具を積んだ荷馬車、運搬車なんぞ、引き連れて行くとすると、行軍速度は、著しく下がる。
敵さんの侵攻速度はさっき、エルって奴が算出した。 小道を使われれば、更に早まる。 そのうえ、ここからギレ砦までの道は、小道よりも更に整備されているから、余計に早まる。
ギルバート様が、ギレ砦に到着して、救援部隊が急ぎ編成されて、こっちに向かうと思うが、多分、救援部隊は、重突撃騎兵…… ギルバート様は敵の内容も話すだろうから、ヘタこきゃ重装騎兵。 う~ん、速度がな…… 邂逅予定地点に到達する前に、あいつらに追いつかれる。
こりゃ、途中で一戦交える事になるな。 撤退中の防衛戦闘は、至難の業だ。 防衛線を引く事すらままなんねぇ…… どうすっかなぁ…… やっぱ「遅滞防衛戦」しか……ねぇか……
そんな事をつらつら考えていたら、殿下、嬢ちゃんの云った正論に、なんか納得いってねぇな。 そんでも、近衛親衛隊の騎士さん達は、嬢ちゃんが言う、勝利条件は適切だと判ってるらしいな。 続きを促すように、嬢ちゃんに言ったんだ。
「少なくとも、第一作戦目標を達成するための構想は有るのか? 現状の戦力と何らかの方策で」
「御座います。 お聞きいただけますか?」
「勿論だ」
「では……」
嬢ちゃんが、物怖じもせず話始めた。 正論で固めた話だった。 俺も、考えていた。 凄く嫌だったがな。 嬢ちゃんは、フランツ殿下に嚙んで含む様に、作戦構想を話始めたんだ。 それはな……
先ず、第一王太子が非戦闘員、および、戦闘力を失った学生を連れて、直ぐに出発。 傷病兵は、荷馬車を使用。 速力重視。
次に、ラージェが、エルと一緒に馬に乗り、先導。 エルの探知魔法で、前方哨戒。 親衛隊はフランツ殿下の周りを固め、敵中突破陣、紡錘陣形にて、ギレ砦に向かう。
最後に、戦闘力を有する生徒で、最終防衛線を引く。 撤退支援、遅滞攻撃戦を実施。 支援継続時間は、フランツ殿下が、ギレ砦に入られる予定時間まで。
実に理にかなった、作戦行動案だった。 まぁ、現状出来るとしたら、そうなるだろうな。 最後の、” 戦闘力を有する生徒で、最終防衛線を引く。 撤退支援、遅滞攻撃戦を実施 ” って所は、あんま、現実味がねぇけどな。 あれだけの戦力を僅かな戦力で足止めったって、残った奴等の命が果てるまでの間だ…… ようは、肉の壁、又は、捨て駒ってわけさ。
はぁ…… 此処までかぁ……
この組に残っている残存兵力で、戦闘力を残してるのは、衛生兵分隊の俺達だけだ。 まぁ、他の戦闘小隊の隊長と副官ぐらいは、居るけどな。
嬢ちゃんの言葉に、フランツ王太子殿下が烈火の様に怒り始めた。 王族の矜持なんだろうな。
「一番危険な殿を誰がするのか! そのような危険な役目を、学生に、まだ、十三になったばかりの学生にせよとは……。 学生を盾には出来ない!! 私は王族の云う、公の身分の前に、お前達の生徒の助教だ。 見捨てる様な真似ができるか!! だめだ、だめだ、絶対にダメだ!!! 自分が殿をする! 学生のお前達よりも、もっと長く時間は稼げる!!」
「ダメです。 第一作戦目標から外れます。 殿下。 フランツ殿下は、第一王太子殿下で御座います。 先程の御言葉では御座いませんが、殿下は、助教で有る前に、王族に有られます。 更に、殿下は次代を担われる、重要なお立場。 殿下のお気持ちは、大変有難く思いますが、それでは、龍王国の民に対して面目が立ちません。 貴方様は、龍王国すべての民に対して、責任のあるお立場なのです。」
淡々と嬢ちゃんが言う言葉は、王族には、死に花を咲かす事すら許され無いんだという事を、告げていたんだ。 生きて、生きて、生き抜いて、生き恥晒してでも、無数の骸の上に立ってでも、もっと大勢の人達の為に為さねばならない事があんだって、諭していた。
きついね、どうも。 その心構えが無くては、王族とは言えないってくらいに、云うんだ、嬢ちゃんは。 ど正論なんだがね……
近衛親衛隊の騎士達が頷いていた。 そうだな、この騎士さん達は、自分の命を盾に、フランツ殿下を護り抜く誓約を差し出しているんだった。 嬢ちゃんの言葉は、彼等の誓約に等しいんだ。 俺達? その下請けさ。 まぁ……やるだけやるさ。
「どんな場合でも、フランツ殿下は、最後まで生き残る事が、最重要なのです。 クロエ殿の案、至極もっともであります」
近衛親衛隊の騎士さんの中で、多分隊長さんが、重く沈痛な面持ちでそう言ったんだ。 殿下もその意味が理解できるから余計に、怒りの表情が出たんだな。 かなりの怒気を込めて、殿下が嬢ちゃんに問いかけた。
「では、その最も苛烈な後衛戦闘を誰が担うのか」
嬢ちゃんは、ゆっくりと、答えた。
「この場に残る、学生の最先任……がその役目を負います」
はぁ……やっぱりな。 そうなると思ったよ。 学生の中で、今の処、最先任は、ギルバート様が抜けてっから、誰になるかなぁ…… 行政騎士科だったら、ラージェ? いや違うな、あいつは、第八分隊の指揮官だ。 その上爵位も持ってねぇ、庶民階層の女性騎士見習いだ。 実戦だって経験した事ねぇ。
確か軍令上は、普通、戦闘部隊の第一分隊の隊長になるよな。
あぁ…… ナーガラ、残念だったな。 第一分隊長任命されてたからな。 俺達も、残るから、枕並べるか…… そんな、露骨に嫌な顔せんでも。 気持ちは判るがな、どのみち、こうなるんだ。 俺の顔見てな、……ニヤッって笑いやっがった。 覚悟を決めたたか。
事、戦闘に関していえば、お前が戦う前に笑うのは、命を懸ける時だからなぁ。 どの位稼げる? 一刻か? そのくれぇだろうなぁ。 くそっ!! まぁ、アイツが待っててくれてる場所に行くときに、”俺は、この龍王国の王太子の命を護ったんだぞ!” って、自慢くれぇにはなるかな。
はぁ……
最善とはわかっちゃいるが、やっぱ言い出しっぺの顔見るのは、ちょっとな。 嬢ちゃん、あんた、すげぇよ。 肉の壁になって死んでくれって、面と向かって言って呉れやがったんだからな。
やっぱり、大公家のお嬢様か…… 庶民の命は…… 軽いなぁ
殿下は、すまぬ、すまぬと、謝りながらも、全然納得のいかない顔のままで、緊急撤退命令を下したんだ。 騎乗できるものは、騎乗し、重傷者が乗っている荷馬車以外は放棄。 さらに、魔法科の生徒は重傷者の様子を見ながら、適宜 【 回復魔法 】をかける為、その馬車に同乗。 直ぐに撤退を開始する手はずになった。
戦闘力を残している兵……つまりは、俺達なんだが、その分の馬は残された。 まぁ、生き残ったら、追ってこいって事だな。 無理そうなんだが…… これも、殿下が特にと言って残させたらしい。 最後の手向けって奴か。
エルガスとアムエルは、撤退部隊に放り込んでおいた。 あいつ等、まだ、十三歳だ。 初陣が肉壁って、ダメだろ。 それに、撤退部隊にも負傷者が出る可能性はあるんだ。 一応、衛生兵分隊の隊員だからな、そいつら事、頼んだぜ。
先頭にエルを載せた、ラージェが居た。 前方哨戒任務だな。 その脇を第八小隊の奴等が固める。 偵察部隊は、実質戦闘部隊じゃねぇしな。 誰が具申したのか判んねぇけど、まぁ、順当だな。
その後ろを殿下の小部隊。 更に後ろを重傷者が乗った馬車が配置された。 その周りに、騎乗できる奴等が取り囲み、紡錘陣形の完成だ。 最後尾に衛生兵分隊が詰める。 おお、嬢ちゃん、ちゃんと居るな。 嬢ちゃんのマント。 見覚えがあるぜ。 そいつに包まって、厩の隣で寝てたもんな。
生き残れよ。 万が一俺達が、早々にやられたら、真っ先に食いつかれるからな。
気を付けるんだぞ。 いいな。
近衛親衛隊の騎士さんが、大声で言い放った。
「装具最終点検宜し! 紡錘陣形、組めました!」
フランツ殿下は大きく息を吸って、怒鳴る様に言ったんだ。 フランツ殿下って、なんで、こんなに、いちいち、俺達に庶民に希望を持たせるような事を云うんだ?
「全員強速! 目標、ギレ砦。 一刻も早く砦に到着する事が、此処に残る者にとって希望となる! 続け!!」
殿下の言葉、嬉しかったな。気持ちは、受け取っとくよ。
駆け出した、撤退部隊。 相当な速度が稼げる。 重いものは全て捨て去った。 護るものは、人命のみ。 砂塵を巻き上げて、去って行くあいつ等の背中。 あの背中を護る為に俺達は残った。
さて、行くか……
――――――
俺達が、どういった遅滞戦闘をするかって話し合おうとしたときに、砂塵を巻き上げて走り去る、撤退部隊に祈りを捧げている、小柄な兵士がいる事に気が付いた。
おい!
なんで、てめいが此処に居るんだ!!!!
俺が叫び出す前に、ナーガラが叫んでた。 第一小隊の隊長だもんな。 死ねって直接言われたようなもんだからな。 なんで、それを言った、お前が、ここに残ってるんだ!!!
「なぜ、シュバルツハントが此処に居るのか」
「私が、最先任ですので」
「お前は非戦闘員じゃないのか」
「行政科は戦闘員です」
「最先任は騎士科の俺の筈だ」
「違います。 騎士科と、行政科では、同階層ならば、行政科が先任となります」
「それは、行政騎士科だ」
「違います、行政科全体です。 規定に記載されています。 したがって、この場の最先任は私であり、殿下より、指揮権を移譲されております」
「ぐぬぬ・・・ね、狙ってたな! お前、わざと、あんな曖昧な言葉で!!!」
「いけませんか? こうでもしなくては、貴方達、みんな、此処で果ててしまいます」
「おまえ・・・勝つ心算でもあるのか?」
嬢ちゃんの、綺麗な顔に、似合わない…… いや、おまえ、それが地か? 凄みのある笑みが浮かんでいる。 二の句が継げねぇ。 こ、コイツ、本気で勝つ心算が有るのか? なにか、ゴソゴソしてたが…… あれか?
何、仕込みやがった。
何、企んでやがる。
何、知ってやがる。
なんで……残った。
なんで……この死地に……
残ったんだ!!!