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ヌーヴォー・アヴェニール  Other Side  作者: 龍槍 椀
衛生兵分隊 小隊長 ユージン=コビック Side
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衛生兵分隊 小隊長 Side  ユージン=コビック ⑨

 





 教官共が逃げ出した。


 



 後姿はまるで悪夢を見てるみたいだったな。 野営地に残された9組の全生徒は、暫く茫然と見送っていたんだ。 まぁ、捨てられたんだよな。 客観的にみれば。 生きて帰れたら、見てやがれ。 魔物の巣の方がましって、感じられるようにしてやるからな。


 恨みとも何とも言えない視線を送っていたら、ギルバート様の声がした。 やはり赤龍大公様の御子だ。 極限状態になった時には、その真価を発揮するな。 全権を委任されたんだ、好きにしてください。 今、貴方は、この舞台の最先任指揮官なんだから。




「野営地西側の偵察を実施したい。 何時、どれだけの敵が来るか、どの位の戦力を保有しているのかが、知りたい。 現状では、まだまだ不十分だ。 撤退するにしろ、敵の行軍速度が判らないと、撤退陣形すら決められない。 ……すまないが、手伝ってほしい」




 ほう、兵を募るか。 命じたって、ついて行くぞ? それを、募るか。 士気の問題だな。 やる気のない奴とか、単に命じられたからって、行く奴にはこの役目、重すぎる。


 戦闘部隊の隊長が手を挙げた。 八人全員だ。 俺は、敢えて行かない。 衛生兵分隊の連中は、9組の中でも年上の方だ。 なまじ長い事外の世界でやってきたわけでは無い。 二人を除いて、俺達は相応の戦闘経験がある。 


 隊長共も同じだが、俺達の方が、ちょっとばかし長い経験があるんだ。 だから、野営地で最後の後詰になる事にした。 此処には、簡単に動けない、” 仲間 ” も居る。


 それにだ、第一分隊の隊長は、名うての冒険者だった。 あいつなら、悪いようにはしないはずだ。




「意見具申!! 魔法科のエルを同行させるべきです。 ラージェが騎乗する馬に同乗し、周辺魔法探査を実施すべきです。 彼女の能力は、探知半径3リーグ。 それだけあれば、敵の認識範囲外からの、種類、数、移動方向、速度が、判明します。 是非、同行させるべきです」




 嬢ちゃんの声が、響く。 真剣な声だ。 魔法科が、協力してくれのか? あいつ等、逃げ出す準備に忙しいんじゃ?  ギルバート様も驚いた表情を浮かべているな。 まてよ? エルっと女、どっかで…… そうだ、初日の教官共が泊まった宿の前で、嬢ちゃんになんか言ってた女だ。


 従者だったよな……たしか。 そうか、それで、能力を知ってるんだな。 それに、嬢ちゃんは魔法科も兼科してるって言ってたしな。 なるほどな。 もし、嬢ちゃんの言う通りなら、こっちの被害は無視できる。 遠巻きに観察できるってこった。 どうだ、ギルバート様、やって見ねぇか? いい案だと、思うぜ。




「エル! 行けるか?」


「はい。 大丈夫です。 他の方々には、魔法障壁の強化に努めて貰います」


「よし、時間が惜しい。 出発する!」




 駆け足で、馬が繋いである場所に向かい、騎乗し北西の小道より、一団となってかけ去って行った。 間違いの無い行動だな。 おっと、俺達は万が一の状態を考えて、撤退準備に入るか。 荷物も最低限にして、とにかく足を稼げるように。



 怪我人の手助けをしながら、撤退準備に入った。 



 嬢ちゃんが、天幕近くに居た、レオに話しかけていたな。 なんだ? 真面目な面作って、ちょっと怖い位の威圧感出てんぞ、嬢ちゃん。 此のくそ忙しいのに、何しようってんだ?




「あの、すみません。 お忙しい所、申し訳ないのですが・・・救護天幕の中を開けて貰えませんか?」


「ん? 後でいいだろ?」


「後では、時間が足りなくなりますので」


「そうか・・・わかった、シュバルツハント令嬢。 どの位の広さが要る?」


「・・・十人くらいが座れる程で、結構です」


「わかった」




 レオも、気圧けおされる様に頷てたな。 まぁ、良いだろ。 って、おい、なんで、二、三人連れて行くだ! なに? こっちの用事はもう終わってるだと? ……何だかんだ言って、やる事は、やるからな、こいつは……


 そんで、重傷者の乗った馬車を見回って、必要な奴には 【 回復魔法 】をかけて、撤退準備を進めて行ってたんだ。 ふと見ると、あの、ジャイアントラーズを解体した場所に、嬢ちゃんが居たんだよ。 ああぁん? 此のくそ忙しいのに、飯の準備か? まぁ、腹減ったら、何にもできんからな。


 横目で見てたら、レオがスルスルと嬢ちゃんの横に行ってやがる。 よっぽど、気になるんだな。




「何やってんだ?」


「これですか?」


「ああ・・・で、シュバルツハント令嬢は、撤収準備、終わってんのか?」


「ええ、私の分は」


「で、なにやってんだ?」


「これは保険です。 使わなければ、ココを去る時に焼き切ります」


「何、作ってたんだ?」


「まだ、云えませんが、保険です」


「ん・・・まぁ、お前が云うのならな」




 おい、なんで、そこで納得するんだ。 ちゃんと聞けよ。 あぁ~ イライラする。 レオは、何か知ってるな。 くそ、お前らだけでコソコソと…… なんか釈然とせんな。 俺、衛生兵の分隊長だったよな……


 おい、今度はなんだ。 嬢ちゃん、部隊の装備保管場所に行って、デカいもの引き摺ろうとしてんだよ。 もう、分けわからん。 これまた近くに居た、元傭兵で、弓兵やってた、ボルツターマが、引っかかってやがる。





「すみません、此れ、動かすの手伝ってもらえないかしら?」


「えっ? 黒龍のお嬢さん・・・これって・・・おおゆみじゃないですか」


「ええ、その通りですよ。 野営地の東の出口辺りに置きたいのですが・・・」


「なんで、また、こんな大層なモノを?」


「万が一です。 わたくし一人では、ちょっと持てないので、お願いしたいのですが?」


「・・・まぁ、黒龍のお嬢さんが云うのであれば・・・構いませんが・・・」




 ボルツターマ…… おまえまで…… ターマよ、なんで、そんなに嬉しそうなんだ? ああぁん? それ、攻城兵器に近い兵器なんだぞ? あぁ、お前、弓兵だったな。 扱った事もあったんだよな…… それにしてもだ。 




    なんで、俺に言って来ねぇんだよ!!!!




 はぁ、はぁ、はぁ…… なんか、ちょっと……なぁ。 嬢ちゃん、おおゆみの横で、なんで、そんないい笑顔なんだ? 間違いなく、強力な兵器なんだぞ、それ。 城門飛び越えて、中に居る指揮官狙う事だって出来ちまう奴なんだぞ? 女の子が凶暴な兵器見て、にこやかに笑うなよ…… なんか、不穏な空気が流れとる。 


 ちょっと、背筋にゾワゾワした何かが、走った。




――――――




 ギルバート様が、出て行った連中と一緒に戻って来た。 はぁ…… 被害なし。 これは、嬉しい誤算だった。 結構、使える女だったんだ。 エルって奴。 周辺の探索も終わったみえてだな。 小隊長クラスに集合が掛けられた。


 問題の魔物の集団は、野営地の北西、約4リーグに居る。 周辺は、その一集団だけらしい。 斥候の気配はねぇ。 おかしい。 普通、大きな集団だったら、絶対に斥候とか出してるはずだ。 必ずな。 それが無いんだ。 気配すらもな。 嬢ちゃんが近くに居た、キーソに小声で聞いていた。




「この辺りの魔物達の特性ですか? 大集団での移動…… あまり、聞いた事無いもので」


「いや、そんな話は無いな。 明らかに異常行動だ」




 キーソも、疑問に思っている。 当然、俺もだ。 こいつ等、なんか、目的あんじゃねぇのか? それも、魔物使いモンスターテイマーか、何かいてさ。 にしては、人の気配がねぇんだったよな。 良く判らんな。


 で、ゆっくりとその集団は、こっちに来ているんだと。直線的に野営地に向かって、丁度、日没くらいに此処に到着するらしい。 ホントに優秀だな、あのエルって女。 魔物の集団の規模、侵攻方向、速度まで割り出しやがった。 しかしな、直線的にって、どういうことだ? 魔物って奴ぁ、食料、漁るもんだ。 普段なら、もっと迷走するはずだ。


 行政騎士科で、第八小隊の隊長の、ラージェが気になる事言ってたな。 集団の中に、治癒師みたいな役割のグノームがいたとな。 人語、喋って、まるでリーダーみたいに、魔鬼オーガとかに、指示出してただと? おかしいじゃねぇか! 


 あり得ねぇ。 グノームは、デミだ。 あいつらに、” 最強 ” クラスの魔物である、魔鬼オーガに指示なんぞ、だせん。 ラージェの言うには、そのグノーム、「何か」か、「誰か」を、探して居るらしかったんだ。  ”いない、ココにもいない”って、ブツブツ言ってたんだと。 ああぁん? なんで、グノームが人語喋れるんだ? 奴等はデミだ。 妖精の言葉しか、喋るれんはずだ。 


 嫌な風が吹いてるぜ。 俺の ” 傭兵としての勘 ” は、全力で逃げろって言ってるな。



―――――



 エルって女が突然、” 警戒警報 ” を発した。




「人らしきモノ探知、数、8、方向、野営地の西北西より三リーグ。 急速に接近中!!」




 ギルバート様がその方向をキッと見たのさ。 なんか別の魔物かと、おれも思った。 思った後で、気が付いた。 ここは魔物の嫌がる結界が張ってあったって。 じゃぁ誰だ? 救援か? 早すぎねぇか? 


 野営地から、森に入る小道が有る方向の、そこに居た奴等、全員が注目した。 ギルバート様が、疑問を口に出された。 当然の疑問だ。 まだ、姿の見えない、接近する者達。 一応、” 人 ” と、思しき影と、報告がエルからあったな。




「救援にしては、数が少なすぎる。 斥候としてもおかしい。 なんだ?」




 ほどなくして、野営地の入り口に入って来たのは、緋色のクロークに身を包んだ、フランツ第一王太子と、薄緑色のクロークの親衛隊の合わせて、八騎。 おいおい、なんで、第一王子が、こんな所に…… 




       思い出した。 




 助教として、抜き打ち視察だ…… 巻き込まれたか!  ギルバート様は、知らんかったようだ。 くそ、なんで、こんな大物が来るんだよ! それも、こんな時に!!!


 フランツ殿下が、ギルバート様に状況の説明と、来訪の訳をお話になった。 いやはや、大変な目にお逢いになりましたな。 で、どうするよ。


 戦闘力を保った龍王国でも最強の誉れ高い親衛隊でも、僅か七騎。 あいつ等の前では無いに等しい戦力だな。 まぁ、フランツ殿下の護衛だしな。 こっちには、関係ないな。 早々に、ギレ砦に向かうだろうな。 




     また、俺達を見捨ててな!!





 殿下達の跡を付けられたら、小道に出るよな、あの魔物の一団。 侵攻速度が上がるぞ…… こりゃ、思ったより、早くここに到着しつきそうだ。 撤収準備進めていたが、間に合うか?




 なんだ、フランツ殿下。 9組で動ける者は、全員集合って。 どうした。 




 フランツ第一王太子殿下から、状況説明の指示が飛んだんだ。 だから、なんで、フランツ殿下が?  ギルバート様が、そん時、肚決めて状況説明を始めた。 正規の騎士である教官共が救援要請に出払って、現在の最先任は、ギルバート様で有る事を報告されたフランツ殿下、驚いてたなぁ…… 


 教官共が此処に居ないのは、全員が生徒を護る為に、索敵にでも出てると思ってたらしい。 この話を聞いて、フランツ殿下よりも、親衛隊の方が、驚いてたな。 そりゃそうだね、敵中真っ只中に、学生部隊が、置いてけぼり喰らわされてるんだからな。 いや、見捨てて逃げたって所か。




 「 騎士の矜持は、何処へ投げ捨てたんだ、奴等は!!! 」




 いや、ほんと、それ、俺も思ってた。 もう、騎士なんぞ、辞めちまえってな。 苦虫をいっぺんに二、三匹ぐれぇ、嚙み潰したような顔をされたフランツ殿下。 あぁぁ、奴等、俺達が生きて帰れたら、首……飛ぶな、確実に。 白龍大公様が、護ってくれるかな? まぁ、どのみち、騎士には戻れんがな。 




 フランツ殿下は、流石というか、やはり、まともな王族だった。 



 

 さっきは、変な事思って、すまねぇ。 




 フランツ殿下が指揮権をギルバート様から譲り受け、臨時に9組の指揮官になった。 フランツ殿下は、直ぐに、ギレ砦に撤退する事を決定した。 実に、敏速に。 


 まぁ、妥当な判断。 自分も身をもって、魔物達が、異常行動してるって知ってるしな。それにギレ砦なら、赤龍大公様が預かる、正規兵、それも、重装騎兵が一個大隊常駐して、今は待機状態だ。 救援部隊も直ぐ動けるようにしてくれて居る手筈になってる。 


 フランツ殿下は、即時命令で、ギルバート様を伝令として、ギレ砦に行くことを命ぜられた。 伝令内容は、救援と保護。 ギルバート様は、この組で一番騎馬の扱いが上手い上に、剣の腕も立つ。 伝令役には、当然そんな漢がいい。 それに、ギルバート様なら、砦の騎士達も直ぐに動くはずだ。


 なにせ、赤龍の御三男様だ。 赤龍大公旗下の騎士達にとって、主筋となる御方だしな。 フランツ殿下は、ギルバート様に、伝令後、原隊復帰を命令した。 ギレ砦から、保護部隊を引き連れて来いって事だな。 おお、例の撤退作戦案丸ごと当て嵌まってるじゃねぇか。 




 嬢ちゃん…… ” 準備はしておいた方がいい” って…… こういう事か!




 ギルバート様は、早速、装備を直し、ギレ砦に向かい、全力で駆け出していった。

 その後ろ姿を確認しつつ、フランツ殿下は、ココに残っている学生に、この場よりの撤退を命令された。 ほう、手早いな。 相手側戦力と、手持ちを考えれば、当たり前か。




    撤退準備、進めててよかったぜ。




 一般教則に則った撤退を命令されたな。 まぁ、しゃあぇね。 学生で、まだ、十三歳の奴等も多い。 俺達みたいな、戦場を駆け抜けて来た奴等とは違う。 つうか、知らねぇよな、即時退避(逃げの一手)なんてのは。 くそっ。 時間がかかりやがる。 


 近衛騎士達もその点はわかっているな。 ジリジリされとるのが、手に取る様に判るな。 学生だしな、しゃぁねえって、顔してやがる。 俺達の方を見て、なんか苦笑いもな。 あぁ、俺達が、直ぐに此処を出られるように準備完了してるの、判ってたか。




 今すぐにでも、殿下と一緒に駆け出したいだろうなぁ……




 つまり、今現在、ここに居るのは、俺を含めた、衛生兵分隊と、各小隊の小隊長と、副官だけ。 25人の生徒。 八人の正規の近衛親衛隊の騎士。 それと、フランツ第一王太子殿下だけだった。



 あぁ…… なんか、臨時司令部になってんな、これ。



 嬢ちゃんも厳しい顔して、撤退準備をしている、同級生を見ている。 



 なんか、言いたげだな。



 ちょっと、逡巡してるな。



 あぁ…… 嬢ちゃん、メティアを脱いだ。



 眼が本気だなぁ……



 何言い出すつもりなんだ?



 大きく吸い込んだ息を吐き出すように、声にしたよ、嬢ちゃん。



 真っ直ぐに、フランツ殿下を見て、覚悟を決めたような顔をしてな。



       口に出したんだ、その言葉を。








        「意見具申!!!!」






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