衛生兵分隊 小隊長 Side ユージン=コビック ⑧
その日。
野営6日目。 後二日で、ココともオサラバな日になって、「実習部隊9組」に、怪我人が出た。
教官共の無茶振りは、今に始まった事じゃねぇけど、まぁ主筋からの要請って奴には逆らえん。 危険な香りはしていた。 判っては居たんだ。 危ないってな。
警告はした。
戦闘小隊の隊長も含め、俺達、小隊、分隊の指揮官に任命されて居た野郎共全員で、教官に意見具申をしたんだ。 野営地の周囲で、西側だけは、危ないとな。 せせら笑いやがった。 実戦経験も無い者に何が判るってな。
お前ら、馬鹿だろ? 実戦経験なら、ここに居る野郎共なら、軽くお前らの三倍、いや五倍は積んでいる。 危険な香りは、肌感覚で判る。 軍において、上官の命令は絶対だ。 ならば、どうするか。
命令違反ギリギリで避けるしかねぇな。
指揮天幕から退出してから、隊長達と話し合った。 偵察と掃討ならば、偵察に絞ろうってな。 そんで、あいつ等の目を欺くために、装備は一応、掃討用の装備を持って行く。 まぁ、威力偵察ってやつさ。 弱っちかったら、その場で撃滅。 強かったら、小当たりして下がる。
下がる準備は万全にしてからな。 偵察を始めるって事になったんだ。
―――――
救護天幕に溢れかえる、重軽傷者に冷汗が背筋を伝う。 なんだこれ? 偵察だろ? なんで、こんなに怪我人が出るんだ?
「何があった?」
「油断はしてねぇ。 直ぐに引いた。 ギルバート様も、手出しするなって言ってんのに、あの方にいい所見せたかったのか、それとも、功を焦ったか。 第一小隊の兵がつっかけやがった。 俺は直ぐにヤバイと感じて、さっさと引けって言ったんだがな」
「下級貴族の子倅共か」
「ギルバート様の ”手を出すな” って、命令まで、無視しやがって。 おかげで、小隊全部が戦闘に引きこまれた」
「災難だったな。 そいつらは?」
「黒龍のお嬢さんが、手当てしてる。 ほら、あっちの簡易ベットだ」
「ぶん投げとけよ、あいつも……」
「黒龍のお嬢さんは、兵の皆に優しい。 あいつらを庇って、大怪我した奴なんか、涙を流しながら、感謝してるぜ、あのお嬢さんには」
「そうか…… おまえ…… 傷はいいのか?」
「大したことねぇよ。 もう、傷薬は当てた。 これも、黒龍のお嬢さんに貰った奴だ。 よく効くよ」
「そうか…… 他の小隊の奴等は?」
「だめだろうな…… 俺達の撤退を支援して、逐次戦端を開いている。 怪我人は増えるな」
第一分隊の隊長の言葉は重い。 こいつも傭兵だった。 だから、戦場を俯瞰してみる事が出来る。 どれだけの被害が出るか、簡単に予想しちまう。 俺達の中身は、所詮は学生部隊。 練度もバラバラ、能力もバラバラ。 簡単に言うと、Eクラス冒険者と、Sクラス冒険者が、同じパーティーに居て、ダンジョンの深層に潜っている。 そんな感じだ。
演習初日から、西側を除く、他の所でやってた掃討戦は、いいんだ。 それこそ、初級の奴等がうろつく様な、そんな所で掃討戦やってたらかな。 そんな場所で、十分な経験を稼せぐ事が、この実習の目的だったんだ。 けど、西側の森は違う。 匂いからして全くな。 その事を、教官共が知らんかっただけだ。 無様な……
教官共は、自前の脚で歩いてないから、判らんのだ。
テーブルを ゴン って殴ったよ。 なにも判っちゃいねぇ。 結局、四個小隊がボロボロになった。 事前の警告が何の役にも立ってなかった。 大丈夫とか嘯いてた、第一小隊の隊長やってる奴、結局ぶっ倒れやがった。 毒だな、ありゃ。
嬢ちゃんが、献身的に看護してる。 アイツはモノを良く知ってるから、ポーションじゃなくて、傷薬を貰ってるな。 毒消しも一緒に入れて…… あの程度なら、毒消しで一発だから、まぁ、心配するこたぁねぇな。
それよりも、救護天幕の簡易ベットがほぼ全部埋まっちまったぜ。 9組の八分の一が倒れたってこった。 ムムム…… そろそろ、俺達も装具の点検始めた方がいいか……
教官共が、待機中の第五小隊から第八小隊に 【 威力偵察、及び、掃討 】の命令を出しやがった。 本当に馬鹿だろ。 惨状を見ろよ。 それに、第一から第四小隊の傷を負った奴等に、話聞けよ!!!
相手が何者か判らなかったら、装具の準備も出来んだろ!!! 目端の利くもんが、倒れてる奴等に、事情を聴きだしてやがった。 今度は、中隊規模。 まぁ、そこそこの戦力だ。 ただ、相手の様子がおかしい。 どうも、普通の相手じゃねぇ。
第五から、第七の小隊長を集めて、第一小隊の小隊長と一緒に、警告しておいた。
「やべぇぞ、おい。 ぜってぇ、手を出すな。 お前らの処、新兵が多いんだ。 匂いが判らん奴等だから、見えたら帰ってこい」
「……上手く行きますかね?」
「なんだ?」
「ひっくり返ってる奴等の、お仲間の下級貴族の子倅も居るんです。 そうした奴等、変に張り切ってるからなぁ」
「しばき倒してでも、押さえろ。 第一から第四も、それでやられた」
「まぁ……一応は……」
密集してたら、偵察にはならんしな…… これは、難しくなったな。 俺達の心配そうな顔を出来るだけ、笑顔で受けていた奴等。 死ぬんじゃねぇぞ。 死ぬ気で、帰ってこい。 此処へな。
嬢ちゃんの旨い飯が、待ってるからな!
「あぁ…… 腹一杯、旨い飯、喰いたいなぁ~ こないだの、肉、旨かったなぁ~」
「帰ってきたら、頼んでやる。 だから、帰ってこい」
「……そうするか。 仲間を見捨てん様に、ぶん殴ってでも、連れて帰るか」
「そうだ。 待ってる。 しっかりな」
「あぁ…… 行って来る」
二個中隊は、方向を少し変えながら、森に侵入していった。 第八小隊は…… あのラージェっていう、嬢ちゃんの従者が率いている女性騎士の集団だ。 無茶はせんだろ。 あそこの隊は、元から偵察係だからな。 生き延びろよ。 しっかり、見てこい。 何が起こっているのか、こっからじゃわからんからな。
――――――
「分隊長! ポーション使用制限を解除してください! 間に合いません」
嬢ちゃんの声が、救護天幕に響く。 その声に反応するのは、俺。 さっき運び込まれてきた、第五、第六小隊の奴等、重傷者ばかりだった。 引き際が見えなかったのか? それとも、引けなかったのか? やべぇ感じがしたから、ポーションの使用には制限をかけた。 アレ使うと、戦力回復が遅くなるからなぁ…… 今は、そんな事、言ってられなくなったけどよぉ!
「許可する! ジャンジャン使え。 戦闘力保持とか考えなくていい。 野郎共、後送準備だ! 重傷者は馬車に! 簡易ベットごと運び込め!! 出発は、教官の許可を得たらすぐにだ! 野郎共、いいな!!」
「「「「おう!!」」」」
嬢ちゃんの的確な判断。 そう、これは、傷薬じゃ、間に合わない。 ポーションの無制限使用。 そのくらいしないと、命が危ない。 無茶しやがって。 小隊長共がまともな感覚の持ち主で、助かった。 そうで無いと、血で高揚したままの教官に引き摺られて、全滅に向かって、突撃する所だ。
嬢ちゃん、心配そうに、救護天幕の外を伺っているな。 第八小隊か…… ラージェ率いる女性騎士の面々の顔が思い出されたよ。 まだまだ、鍛えなくちゃなんねぇが、皆筋はいいんだ。 今ところで脱落するのが惜しい位にはな。 無事でいてくれよ。 頼むぜ。 心配そうに、眉を寄せる嬢ちゃん。 いつもの輝くような笑顔がねぇんだ……
嬢ちゃんのそんな顔、見たかねぇんだよ。
「第二中隊帰営!!! 重傷者多数!! 衛生兵!!! 集合!!!!」
その声を聞いた嬢ちゃん、飛んでった。 その辺にあった、中級ポーション引っ掴んで、風の様に飛び出していきやがった。 俺は、今、手が離せない。 ちっと面倒な怪我した奴に、【 回復魔法 】かけてんだ。
ちっとは、そう云うの出来るんだ。 その代り、攻撃魔法はからっきしだがね。 だから、俺は衛生兵分隊の隊長なんぞを拝命しちまったんだ。 そんで、目の前の奴。 半分死にかけ。 傷口は塞がったんだが、いかんせん、体力が限界まで落ちてやがる。 このままじゃ、ダメだから。 回復魔法で、最低限安定するまで、俺は、ここを離れられない。 俺の魔力じゃ、こんくらいが限度だからな……
すまん、嬢ちゃん、外は任せる。
なに、嬢ちゃんの腕だったら、何とかなる筈だ。 見てたんだよ、嬢ちゃん、【 回復魔法 】使えんじゃん。 口元に、ニヤッとした笑いが出たぜ。 何とか・・・頼んだぜ、嬢ちゃん。 魔法科の奴等も、【 回復魔法 】使える奴はいるがな、今は、結界の強化に忙しい。
個人の回復は、全体の安全よりは、優先度が低い。 今は、俺達だけが、こいつらの生命線だ……
暫く? いや、ちょっと間が開いてから、外に出ていた嬢ちゃんが帰って来た。 何かしら、あちこちで、騒ぎがあったらしい。 一番大きなのは、司令部天幕からだったみたいだな。 綺麗な顔に困惑が浮かんでいる。
「分隊長殿、第七分隊の兵、どうにか落ち着きました。 第八分隊からは損耗ありませんでした。 ただ、同行していた、教官が…… ちょっと、精神的に不安定になって居られて」
突撃命令でも、噛ましたのか? それとも、死に程怖い目に合ったのか? どちらにしても、恐怖でまともな判断が下せなくなったんだろ。 だいたい判る。 死線を越えて、帰ってきた奴等は、一時、使い物にならなくなる。 死線を越えられた幸せと、死の時間を同時に味わうんだ。 そりゃな。 嬢ちゃん、殴られでもしたか?
「ご苦労。 大丈夫なのか? 教官は」
「落ち着いて貰うのに、鎮静のポーションを使いましたから…… ただ、戦力として、期待できません」
はぁ…… お花畑の夢でも見てろ!ってやつか。 でも、まぁ、良く対処したな。 よくやった。 ん? どうした? なんで、まだ、俺を見詰めてるんだ?
「なんだ…… まだ、なにか有るのか?」
「ええ、少し、戦った人達から状況を聴きました。 色々と。 わたくしは、この辺りの魔物にはあまり詳しく無いのですが……」
嬢ちゃんが口にしたのは、明らかにおかしい話だった。 第八小隊が、他の小隊が戦闘を繰り広げる中、危険なくらい近寄って、観察した結果を、話してくれたらしい。 良く出来た従者だ。 主人の知りたい事の情報を、きちんと集めて来てやがる。
「分隊長殿、敵魔物の集団なのですが、此方の攻撃はきちんと当たっているのですが、次の部隊が到着する頃には、回復しているらしいのです。 その時間は、余りに短いらしいのです。 ・・・【 回復魔法 】を、敵魔物の集団が使っていると推察されます。 さらに、集団の中央に、周りに居る緑色の大きなのよりも、二回りくらい大きくて、灰色の肌をしてる、角も大きく頭の両方から突き出ている魔物が居たそうです。 推察するに……」
俺の顔が緊張に強張った。 灰色の肌に、二本の大きな角。 その特徴を持っている魔物で、この辺りに出没してもおかしくない奴。 さらに、周辺の小型の魔物が皆無という現実。 こりゃ、考えられる魔物は、一つしかねぇ。
・・・魔鬼だ。
「……魔物の姿から、分隊長殿のお考えも、やはり……」
ゆっくりと頷く俺。 溜息と共に、嬢ちゃんは言葉をつないだ。
「御推察通り、わたくしも、”魔鬼” で、間違いないと思われます。 ラージェに言って、い、いえ、すみません。 第八小隊の隊長に、早急に教官様にお伝えするように、申し伝えました。 危険です。 今の私達では…… しかし、魔鬼ならば、少しおかしい。 あれは、確か、単体で……」
そうか、嬢ちゃんは知ってるんだ。 そうだよ、魔鬼は、群れを作らない。 だから、おかしいんだ。 この魔物達。 魔鬼だけじゃねぇ。 その周りを取り囲むのは、普段は ”おとなしい筈の” ハイオークだ。 怒らせりゃ別だがな。 第一小隊の隊長からの話によると、目は、攻撃色じゃ無かったんだと。
おかしい
しかしな、泡食ってる教官共には、この状況が判らんらしい。 状況が見えない、教官共は、騎士とは言え、軽装騎兵なんだ。 魔鬼相手じゃ、力不足に過ぎる。 奴を相手にするんなら、本職の騎士団、それも、重装騎兵が必要だ。 それに、森の中じゃ、重装騎兵でも、手に余る。
開いた場所におびき出しさなきゃならん。 要は、手出しすんなってこった。 もし、教官共が、魔鬼の、相手をするのなら…… 持って半刻だな。
その気概が有ればの話だが。
俺達がそんな話をしていると、司令部天幕の方で何やら騒がしい声が聞こえて来た。 何人もの小隊長が呼び出され、最先任教官に呼び出され、ギルバート様も急ぎ足で、司令部天幕に入って行ったのが見えた。
きっと、重大な決断だな。 ギレ砦に、救援を送るのか? 負傷者は取りまとめて、後送するのか? 此処で対決するつもりか? まぁ、なんだ、”騎士の誇り” とやらが出るかな。 下準備しておいてよかったぜ。 俺としては、このまま、全員でギレ砦まで撤退が一番だと思うがな。
ゾロゾロと、教官共が小隊長達と、ギルバート様も一緒に、天幕を出て来た。 全員だぜ。 どうした? ギルバート様が青い顔しておられる。 小隊長達は、どこか投げやりな表情だ。 何を決めたんだ?
隣に立っていた、嬢ちゃんの顔が、怒りの表情を浮かべたのは、最先任教官が、言葉を紡ぎ出して直ぐだった。
「救援を要請する事になった。 要請を実施するのは、状況の危険度を鑑み、軽装騎兵五人一組とする。 救援部隊が駐留する四か所の屯所に向かう。 この場の指揮権は、ギルバート=クロイツ=ルベルグラディウス子爵に移譲する。 此れより、ギルバート子爵の元、救援部隊が到着するまで、一般待機命令を発令する! この場の防御結界は堅固だ。 魔物が嫌う魔方陣も重ねて掛けた。 この野営地に居る限り、安全である! 救援部隊が来るまで、待機せよ」
馬鹿な・・・ 呆れ果てて、声すら出ん。 一般待機命令? おい、重傷者の後送は、どうなった。 いや、それよりも、防御結界って言っても、魔鬼が相手だと、持たんぞ? 安全?
なら、先任教官さんよ、お前は、残れよ。
陣頭指揮取れよ。
なにが、貴族だ。
何が騎士だ。
ふざけんな!!!!
早々に出立する、教官共の後姿を見ながら、ちょっと途方に暮れた。 馬車に簡易ベットごと乗せた、重傷者の事を思い出すと、胸が痛い。 仲間を見捨てる奴は、カスだ。 この野営地が本当に安全だと思うなら、この判断はねぇな。 逃げやがった。
あぁ、奴等は、逃げやがった。
俺達、庶民階層の兵を、囮にしてな。
もう、お前ら、騎士なんか、辞めちまえ!!