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「考古と幻想を観察する者たち」シリーズ

それでも、地球は回り続けている。

作者: まいまいഊ

 南の(そら)にある水先案内人(カノープス)が極星の祝福を受け、織女星(リュラ)が北の宙で微笑む航海の女神(ポールスター)となって久しい。

 空に青い大気(オゾン)の層が厚くあったのは、昔の話。大陸はすべて海へと沈み、かつては天にそびえていたであろう山々が大海原に小さく散らばる島となっているだけの、何も無い水の(せかい)

 そのわずかに残る大地でさえ黒に煤けている。黒い砂の溶け込む水は濁り、塵の舞う風は澱み、群青に開けた空には有毒の光が満ちている。オゾン層(そら)に穴が開いているのだ。昼ともなれば、人体に有害な化学線(ひかり)が天から降り注ぐ。


 西(いにしえ)の暦で二千年を数えた頃には、青い大気は星のすべてを覆っていたという記録がある。

 しかし、南極・北極といった、極地から始まったオゾンホールの広がりは、北半球・南半球に侵食していき、その時代から一万年ほど経った今、それは赤道付近に申し訳程度に残っているだけであった。



「地球……死んじゃったね」

 現在、その大気に残るオゾン層だけでは、太陽から降り注ぐ有害な光は防げない。太陽光が直接注ぐ陸上では、動植物のほぼすべてが死滅してしまったのだ。


「いや、地球は死んでいないさ」


「どうして? もう地上には生物はいないのよ?」

 黒い大地には、動物はおろか植物の姿はない。動くものは、風に舞う黒い砂埃のみ。生命の営みは、遠い昔に地上から消え去ってしまった。


「地上に無くとも、海にはまだ生きている物たちがいるだろう?」

 水と空気と大地は汚染され、多くの生物が住めない環境となってはいたが、毒に満ちた環境であろうともそれに適応する生命はいた。毒に満たされた世界でも何の問題もなく生きている強かなモノ達が。

 黒く澱んだ海は、一見すると何もいないように見える。しかし、全く生き物の気配がしないわけではなかった。今だにこの星を辛うじて死の星に至らしめていないのは、海がまだ多くの生命を産み出しているからである。


「それに人間や生物の多くが住めなくなったからといって、地球が死んだなんて……ほんの一部を全てだと思い込む人間の悪い癖だ」

 人間を含めた陸生の生き物たちは、地球から見ればほんのちょっとした表層でしか生きていけない。そのちょっとした表面で致命的なことが起これば、多くの生命にとっては死に直面する危機的なことである。しかし、表層が汚染されて困るのは、その場所にしか住めない生物であって、地球そのものではないのだ。

 


「そもそも、人間が地球をどうこうできると思っているのが間違っている。確かに人間は地球の環境を破壊した。でも、地球という存在はどうこうできないはずだ。地球にとってほんの一時、生き物の住みやすい環境ではなくなってしまっただけ。人が生み出したあの過酷な環境も、人がいなくなり、人が影響を及ぼさなくなったら、消えていく。人が活動したという痕跡は、他の生物たちの活動によって塗り替えられてしまう。世界を覆う毒も、長い時間をかけ地下深くに沈み、地表は新しい土に生まれ変わっているだろう」

 数億年、そのくらい年月が流れれば、海の中の藍藻が大気に酸素を満たし、空にもう一度、青い(オゾン)層を作り上げる。


 ――そして、生物が陸上に進出できる環境へ整ったのならば、再び地上は生命にあふれるのだ。


 それは、ことのほか早く訪れるかもしれない。

 ペルム紀後期に起きた史上最大規模の大量絶滅でさえ、九十パーセント以上の生物が滅んだというのに、おおよそ一千万年後には生物は多様性を取り戻した。今回、人間が引き起こした大量絶滅は、陸上の生物こそほぼ全滅に追いやったが、海中には軟体動物や節足動物たちが生きている。ある程度の毒が消え、原始的なオゾン層が生成されたのならば、それらの生物たちは簡単に地上へと進出するだろう。


「でも、だからといって、人が住めるまで地球が綺麗になるのを何万年も待っていられないよ」

 今現在、人類にとって地球という星は毒の大気、毒の大地を持つ過酷な世界であることに変わりはない。半刻も外の空気を吸えば肺の中は黒く煤け、死をもたらす地なのだ。


「だから僕たちは、地上を捨てて海底に移り住んだんじゃないか」

 水の星はすでに人のために無い。星と人と共存する道は閉ざされた。星は新たな生命と進化の道を歩みだしていた。

 滅びゆく未来を憂いた人々は、この星で生きていくために自らの叡智をそそぎ、海中に都市を造った。海面で光は反射するため、海中では地上ほど有害な光が届かないためだ。

 その海中都市は改良に改良を重ね、水に浮かぶ泡のように何千年もの間、海にあった。


「地球の体内はマグマという血液が熱く流れ、星としてはまだまだしっかり生きている。僕らが今、生きていけるのは、地球のおかげなんだ」

 地下には熱がある。それは地球が生きているという証拠。その膨大な熱を使い発電し、その都市を人にとって快適な環境へ整えた。この星で人が生きていける場所は、人が作った人のためにある僅かな空間だけであった。


 地球に水と熱と空気と有機物がある限り生きていける。

 地球が生きている限り、星の暖かな活力がある限り、生命はなくならないのだ。


「僕たちは、まだ地球に生かされているんだよ」


 僕らは、忘れてはいけない。僕らが今日まで生きてゆけるのは、その海中をたゆとう都市の存在だけではないことを。酸素の大気がまだ厚く存在し、そして何よりも海が残っていたことを。

 海。この存在こそ、それこそが人類にとっては幸いであった。海は急激な温度変化を防ぎ、そして、酸性の色を示すとはいえ、喉を、大地を潤す恵みをもたらしてくれる。



 ――僕らは、地球に感謝しなくてはいけない。

   ――こんなにも傷つけてなお、無償の愛で微笑む母なる星に。

     それでも、回り続けている地球に――


 現在の地球の北極星は「こぐま座」のポラリスにあります。

 西暦13700年頃には、夏の大三角で有名な「こと座」のベガ(ラテン語でリュラ。日本では織姫星)に移ります。


 ちなみに現在、天の南極は「はちぶんぎ座」の中にあるけれど、付近に十分に明るい星がないから南極星にあたる星はなく、南を知るには、もっぱら、南十字星 が使われています。

 そして、織姫星が北極星の時代になると、南極星は「りゅうこつ座」のカノープス(水先案内人という意味の星)あたりになります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 改めて地球って凄いなぁと感じる面白い作品でした。 [一言] 人間が地上に戻れたとしてもまた同じ事繰り返しちゃうのだろうか。
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