醤油か塩か
……醤油か塩か。それが問題だ。
何ってラーメンの話だ。
オレはラーメンが大好きなだけの高校二年生。それだけが取り柄の、他は普通の人間だ。
どれくらいラーメンが好きかというと……。
今日は誕生日だけれど、それを放たらかして、ラーメンを食べに出掛けるくらい好きだ。
今日訪れたの他でもない、ご近所のラーメン専門店『不味い亭』だ。
ほどよく汚く少ない客席。どこにでもありそうな個人経営の潰れそうな店舗。それが不味い亭。
ここの店の売りは味噌。
だがオレには関係ない。醤油か塩。いつだって二択だ。
小一時間ほど迷い、今日は二つとも頼んでしまった。
今は届くまでの時間を、楽しく待っている状態だ。
家に帰ればケーキが用意されている。だがそれこそ最早関係ない。
だってラーメンだぞ。食べないわけにはいかないじゃないか。
「あいお待ち!」
大将の威勢のいい掛け声とともに、二つの聖杯が並べられた。
何のためにいるのか分からない海苔、工夫も何もない半分のゆで卵、これ瓶で売ってる奴でしょ? のメンマ、細く切っただけの葱。歯に挟まる焼豚
全て邪魔者でしかない。
ラーメンの本質は麺とスープ! それ以外は不要!
出された以上、食べますけどね。
見よ! 輝くスープ達と美しき麺達を!
まずは醤油!
麺は縮れ、太さは中細。定番である。だがそこがいい!
茶色いスープの上で、ほんのり浮かぶ油の水玉模様たち。大小様々なコントラストで漂い、オレを誘っては困らせてくる。鼻で息を吸えば、香りにつられ鼻は豚鼻、腕は手羽先に成る。輪郭はちび○子の玉ねぎ君。
そんな美しい油とスープが、麺に絡み。一緒にお口にダイブする。
想像しただけで、涎が出る。
続いて塩!
麺はもちろん細く! そしてストレート! 王道であぁぁる! スープは無色! 透明! 他は無い! 油と胡麻は許す!
臭いを嗅げば辺りは全て海に変わる。幻想の海で泳ぐ多くの魚介が、この無色! 透明! に活きている証。否! 活かされている証明!
そんな海が麺に絡み、一緒にお口を溺れさせる。
想像しただけで、腹が減る。
さて、どちらから箸をつけようか?
いつも悩む。頼む時もそうだが、結局二つ頼んでも。どうやったって悩む。
醤油か塩か。
「…………」
コイントスでもしよう。
財布を取り出そうとして下を向き、顔をあげたら世界が止まっていた。
「なん…………だと?」
大将の親指がラーメンに入ったまま。それを見つけた客が不快な顔を浮かべたまま。少し休憩と、女将さんが客用の給水機でコップに水を入れ飲んだまま。
世界は止まっていた。
オレだけが動ける子の状況に「どうなってる?」と声を出した。
まさに、その時!
「私でーーーーーす」
と馬鹿っぽい声が不味い亭に響いた。
博多の……。ではないオレの塩ラーメンから、女神が現れた。
頭に電気代が高そうな円筒の電球を光らせ、ラーメンの麺を彷彿させるちぢれ髪と。どうでもいいが極度の美人の女性。
布きれ一枚で全身を包み、中はノーパンですか? と聞きたくなるような服装。
その姿はまさに女神!
だが、今はどうでもいい。
オレの塩に、オレの塩ラーメンに。
「人のお塩たんに何さらしとんじゃボケー!」
「まぁ! 第一声が罵声なんて、女神史上初ですわ」
「お前の女神歴なんざ知るか! オレのお塩たんを返せ!」
「返せも何も、そこにありますわよ?」
女神が指差す先には、確かに無傷のままのお塩たんがいた。
「失礼。取り乱しました。女神様、ご機嫌麗しゅう御座います」
「あらあらまぁまぁ、とんでもない変態さんね。でもいいわ。貴方に用があって、わざわざ地球まで来たんですもの」
「私に、で御座いますか?」
「普通にしなさい。怒らないから」
「はっ」
敬礼し、ラーメンに手を伸ばした。
「食べるのはNGよ」
「女神様いけずやわー」
「……本当に貴方なのか、疑わしくなってきたわ」
「何でもいいので、早くラーメン食べたいんです。手短にお願いします」
「……分かったわ。はい」
女神様は年齢不詳でありながら、美少女と見紛う笑みを浮かべ、オレに光線を放った。
「何をしたぁ!」
「ふふっ。食べれば分かるわ」
女神様は年齢不詳。以下略。
「食べていいのですね? ありがとうございます。女神様」
時が止まり、そんなことはあり得ないのだが、麺が伸びないよう急いで食べた。
「これはっ!!」
「フフッ。気づいたようね」
女神がオレに放った光線の、効果が分かった。
「不味い! いつもより遥かに不味い! どうした大将!? いつもより〇・五倍不味いぞ」
「…………美味しくなってるわよね。それ……」
「的確な突っ込み、感謝いたします」
「いいえ」
「それこれとは話は別だ、オレに何をした!」
「ふふっ」
女神は以下略。
「貴方があまりにヤンチャだったから、少し魔法を掛けてあげたわ。ラーメンが一生、最低の味になる魔法をね」
「なんだって! やったな大将! あんたのラーメンは魔法より上だ!」
「…………グスン」
「あっ。泣かないで下さいよ女神様。たぶん、オレの舌が変なだけですから」
「ほんと?」
「女神様の魔法が、オレを狂わせたんですよ!」
「よしっ」
女神様は何歳なんだろう。泣き顔からのよしっ。は大将を笑わせ、女将さんの同情を誘った。
「貴方がラーメンを美味しく食べたいのなら、私と契約しなさい」
「漫才コンビとしてですか?」
「ちょっとあんた。シリアスシーンでしょ。ふざけちゃだめよ」
女将さん……。ありがとう。
「契約、ですか?」
「私の統治する世界は今、危機に瀕しています。そこで私は地球の神、ゼウス様から許しを得て、貴方の元へやって参りました」
「それでそれで?」
「……泣きますよ?」
「大将も入ってきたら困る。すいませんでした」
「よろしい。貴方の類い稀なるその能力で、私の統治する世界、エウロンを救ってください」
「断る!」
「……でしょうね」
「理由を説明しよう」
「聞いてません」
「これほどの力を持った女神様が手に負えない世界なら、オレでは救えない!」
「聞けって」
「次に、何故オレなのかの説明が足りていない!」
「あら?」
「最後に! 女神様の世界にラーメンが無いなら、行く意味が無いからです!」
「ちゃんとした理由だから、ヘテネびっくりしちゃった」
女神様は年齢……。
「それはもう止めなさい!」
「以下略もですか?」
「当たり前です」
「で、オレの意図は理解して頂けましたか。えーと……ヘテネ様?」
「まぁ、ね。あと、名前で呼ぶのはまだ早いわ。貴方なんて自己紹介もしてないのよ?」
「……オレの名前は大麦解。ラーメンなら小麦だから…………。突っ込みになるし、これでいいや。と作者の思い付きで付けられた名前だ」
「貴方は一体、何なの?」
「設定上、神様の末裔とか考えられていたけど没になった、ただの高校生です」
「五分黙って」
「……」
「あ! ちゃんと黙るのね。急がないと。えーと、私が貴方に決めたのは、二択の天才だからよ」
「……………………?」
「貴方は毎日ラーメンを選んでいる。貴方が選んだラーメン一つで、失敗していたら貴方は死んでいたの」
「…………………………………………!」
「リアクションが遅くなっているわね」
「?」
「……まぁいいわ。貴方の能力は地球では役に立たない。地球の選択肢は二つじゃ全然足りないんだもの。でも私の世界は違う」
「…………………………」
「私の世界なら、貴方の能力を十分に活かし、世界を救うことが出来るのよ」
「………………………………」
「……喋っていいわ」
「………………………………Z」
「小麦解」
「はい! 先生!」
「……寝てたわね?」
「いえ、起きてました」
「正直に」
「眼を、閉じてただけ、ですよ?」
「じゃあ、私が何を喋っていたか言ってみなさい?」
「えーと……。契約します」
「は?」
「契約しますよ。女神様の肉になります」
「はぁっ?」
「間違えました。肉奴隷になります」
「さらにはぁっ? ですよ。いい。私は寝てたでしょって聞いてるの? どっちなの?」
「……寝てました。先生があまりにも、美声だったので……」
「えっ! 本当に」
「はい……。学校の先生のことですけど」
「私は!!」
「中の中くらいですかね?」
「もういい。ヘテネ疲れた」
「世界はどうすんですか?」
「疲れた原因は貴方よ。いい加減にして」
「おあとがよろしいようで」