第05話 作戦会議! (1)
アカデミー学生寮の外構庭園には、ところどころに椅子とテーブルを備えた日よけ付きの休憩スペースがある。学生達が何かの折に集まろうとするとき、たいていはそのスペースが使用されるのだ。
午前7時30分。集合時間より少し早く、アルトは外構庭園に姿を現していた。
「いい天気だ」
アルトは空を見上げ、腕を伸ばした。
「演習が始まったら、どうせたいして役には立てないだろうし、こういう場所取りみたいな雑用くらいはやっておかないとな」
言っていることは自虐的ではあるが、冷静な状況判断の結果でもある。自分に特別な才能は無いにしても、できることはせめてやっておこうというのがアルトのポリシーだった。
アルトは、女子学生寮の建物から一番近い打ち合わせスペースに陣取ろうと考えた。そこが他のメンバーにとって一番分かりやすい場所だからである。
しかし、アルトが目的地に近づいてみると、そこにはすでに先客がいた。
椅子に座って本を読んでいる銀髪の少女。アルトはその姿を確認して目を懲らす。
「あれは……」
それは、この前の試験期間中、図書館ですれ違った銀髪の女子学生だった。あの時と同じように、あの時ほどは大きくない書物を手にして、静かに読書をしている。
近くまで歩いてきたはいいものの、声をかけて良いものか、アルトは躊躇していた。
すると、少女は書物から視線を逸らすことなく、不意にアルトへ声をかけてきた。
「また会ったわね」
「へっ? あ、ああ……」
不意を突かれたアルトは間の抜けた返事をしてしまった。
すると、銀髪の少女は静かに顔を上げた。透き通るような瞳が、無表情でアルトの方へ向けられる。
「あなたも第1班なのかしら?」
「ん、ああ、そうだな。俺の名前はアルト。君は?」
「私はベルサーニャ。私も同じ、第1班よ」
アルトは思い出す。ベルサーニャ。その名前はこの短期間で幾度か聞いた。自然魔法学科の誇る、類い稀なる優等生の内の1人。
「君がベルサーニャか。いろんなところから噂だけは聞いてるよ。今回はよろしく」
「ええ、よろしく」
そう言うとベルサーニャは、再び視線を本に落とした。
特に話すべきこともない沈黙。読書の邪魔をするのも気が引けて、アルトは手持ち無沙汰に立ったまま、集合時間が来るのを大人しく待つことにした。少なくとも、存在自体を無視されているような雰囲気ではない。とはいえ、挨拶をしただけであとは無言というのも何となく気まずい感じに思えた。ベルサーニャの方は、そんなこと微塵も気にしていないようであるが。
ページをめくる音だけが聞こえる。
アルトは何となく、ベルサーニャが読んでいる本の様子を盗み見た。おそらく、自然魔法系の魔導書である。それもかなり高難度の。記述言語が天使語でないだけマシだが、それでも難解な魔導術式はアルトの理解の範疇をはるかに超えていた。
しばらくすると、ペディアが姿を現した。いつも通りの明るい表情に、軽やかな足取りでアルト達の方へと近づいて来る。
「やあやあ、2人とも。早いねー」
見知った顔に、アルトも挨拶を返す。
「おう、ペディア。おはよう」
「おはよう、アルト。ベルもおはよっ」
「ええ、おはよう」
ベルサーニャは相変わらず本から視線を外さない。
「まったく参っちゃうよねー、朝っぱらから作戦会議だなんてさ。こんなんじゃ眠たくて何も頭に入らないよね」
そう言う割には、ペディアは朝からテンションが高い。
「そうそう、さっきマリーがトレーニングルームから帰ってくるのを見たから、もうすぐこっちにも来ると思うよ」
アルトは思わず眉間にシワを寄せた。
「トレーニングルーム……って、こんな時間から朝練でもしてたってことか?」
「まー、そうだね。マリーは毎日やってるみたいだよ。意識が高くて羨ましいことだよね」
全く羨んでいるようには聞こえない口調で、ペディアは言った。
*
午前8時00分。
自らが指定した予定時刻ぴったりに、彼女は集合場所に姿を現した。
「お、マリーがきたね」
ペディアがそう言うのを聞いて、アルトはペディアの視線を追った。
「あれが、マリーゴールドか……」
イメージ通りだな、とアルトは思った。
すらりとした細身のシルエットに、ロングの金髪をなびかせて現れたマリーゴールドは、まさに優等生を絵に描いたかのような佇まいだった。
底知れず醸し出されるエリート臭に、アルトは思わず息を飲む。
「お待たせしたわね」
マリーゴールドは、集まったメンバーを順に見渡した。そして、ここに来る前から彼女自身、何となく予想していたであろう言葉を口にした。
「……チェルブラッドがいないわね」
それは、少し苛立ちの混じった呟きだった。
「うーん、こりゃまたサボりかな?」
ペディアがはは、と苦笑いをしながら軽い口調で応える。
「全く、本当に仕方のない子ね……」
マリーゴールドは心底呆れたように首を振った。
そして、マリーゴールドは、おもむろにアルトの方へと体を向けた。
その視線は、初対面の仲間を前にするにしては幾分険しく、アルトは、まるで値踏みでもされているかのような居心地の悪い感覚を覚えた。
「あなたが、古代魔法学科のアルトね。私はマリーゴールド。この班の班長よ。……他のメンバーとは、自己紹介は済んでいるかしら?」
「ああ。チェルブラッドって子にはまだ会ったことがないけどな」
「そう。まあいいわ」
それじゃあ、と言うと、マリーゴールドは早速、その場にいるメンバー全員に向けて話をし始めた。
「今回、作戦会議ということで集まってもらったのだけど、実のところ、伝えたい内容というのはひとつしかないのよね」
そう言うと、マリーゴールドはアルトに視線を向け、次いでペディアにちらりと視線を向けた。
「単刀直入に言うわ。今回の演習の課題は非常に難易度が高くて、あまりにも大きな危険を伴う内容なの。だから……」
課題の難易度の高さについては、アルトもあらかじめ調査をして十分に分かっていた。だからこそ、事前に作戦を練る必要性についてもアルトは理解していたのだ。
しかし、マリーゴールドがその後に続けた言葉の意味を、アルトは一瞬、理解することができなかった。
「アルト、ペディア、そしてチェルブラッド。3人には、今回の合同実地訓練には参加しないで貰いたいのよ」
それは、アルトが予想していた以上の、辛辣な役立たず宣告だった。