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第04話 僕らの巡り合わせ (3)

 王国は四方を脅威に囲まれているという。少なくとも、王国の領地を出ればそこは魔物の蔓延る無法地帯だ。したがって、よほどの理由がなければ、一般人は女王の御加護の境界線である王国の塀を超えることはない。


 しかし、アカデミーの合同実地演習では、ほとんどの学生がおそらく生涯で初めて、この塀の外の世界に足を踏み入れることになる。


 合同実地演習の行き先は、班によってバラバラである。割り当てられた任務の内容にもよるが、一般的な傾向としては、あまり出来の良くない班は易しい場所へ、優秀な班は多少難易度の高い場所へ赴くこととなる。ちなみに、トップクラスの実力を持つと判断された班の場合、実際の作戦地域に送られることもあるのだ。


 しかしそれにも限度がある。


 その意味では、合同実地演習第1班に割り当てられた赴任先は、少々常軌を逸していたといえる。


 マリーゴールドは、一部学生にのみ事前配布された演習概要の資料を握り締め、アカデミーの教務課へと歩みを進めていた。


「失礼します」


 ノックを2回。必要以上に荘厳にしつらえられた入口扉を開け、マリーゴールドは『教務主任室』という表札の掛かった個室に入った。


「おや、マリーゴールド君。今の時間は合同実地演習のガイダンス中ではありませんか。どうかいたしましたか?」


 室内には、白髪の入り混じった髪に小さな丸眼鏡をかけた中年の男がいた。


「恐れながら、ポドルスキ教務主任。合同実地演習の任務内容の確認に参りました」


 マリーゴールドは丁寧におじぎをした。


「ふむ、よろしいですよ」


 ポドルスキは眼鏡のフチをくいっと上げた。


 マリーゴールドは背筋を伸ばしてすっと立つと、無駄のない動作で手元の資料に目を向けた。


「この資料によると、我々合同実地演習第1班の任務内容は『洛南第二遺跡にて中規模魔法石1個の取得』とあります」


「ええ、そうですね」


 マリーゴールドはポドルスキへ視線を向けて続けた。


「ここで言う、洛南第二遺跡とは、その領有権を巡って隣国との間で紛争中の重要警戒区域であったと思います。また、遺跡の地下迷宮内部には魔物も多く、特に深度の深いところでは極めて強力な魔物が出没するとの報告が複数あったと記憶しています」


「ええ、そうですね」


 ポドルスキは、マリーゴールドの説明に異論を差し挟むことなく頷く。


「次に、目的物である中規模魔法石ですが、これは魔法石の中でも比較的練度が高い、一定以上の大きさに成長した魔法石であり、生成環境エリアの中でも比較的外界から隔絶された特殊領域に発生しやすいものであると認識しています。例えば、魔力の充満した遺跡の最深部などです」


「その通りですね」


「つまりは」


 マリーゴールドは、そこで一旦言葉を区切った。


「洛南第二遺跡の深部に私達訓練生が進行することは、通常の作戦地域への進行と変わらないか、もしくはそれ以上の、極めて過大な危険とリスクを伴う任務となることが予想されます。これは、僭越ながらお伺い致しますが、合同実地演習の課題として適切な内容と言えるのでしょうか?」


 マリーゴールドは、語気を強めて尋ねた。


 ポドルスキはにわかに笑みを浮かべる。


「騎士の任務に危険とリスクが伴うのは、当然のことですね」


 マリーゴールドが何か言おうとするのを、しかしポドルスキは手で制して続けた。


「分かりますよ、分かります。確かに、洛南第二遺跡への進行は過去の演習では前例がありませんし、実のところ王立騎士団の正規部隊ですら、それなりの実力がなければあの遺跡の地下迷宮への赴任は命じられないでしょう」


 ポドルスキは頭を揺らして頷いた。


「しかしながら、我々はあなた方の能力を高く評価しています。クリア可能であると思っているからこそ、その課題を与えたのですよ。それとも、マリーゴールド君。あなたには、その課題を遂行することが、無理だと思うのですか?」


 ポドルスキは大袈裟な身振りで右手を差し向けて問いかけた。


「無理だとは思いませんよ、私ひとりであれば」


 マリーゴールドはきっぱりと答えた。


「ですが、今回は班編成による団体行動です。すべてのメンバーが、今回の任務に対応できる力を備えているとは思えません」


「ベルサーニャ君もいるではありませんか」


 ポドルスキは穏やかに答える。


「ベルサーニャはともかく、です。その他の3人は、おそらく今回の作戦行動において求められる能力の水準に到底達していません」


 マリーゴールドは鋭い眼光でポドルスキを見た。ポドルスキは底の見えない表情でそれに応えていた。


「ふむ。そうは言ってもですね、班編成と課題内容は、もはや決定事項です。変更することはできません。もしあなたが今回の合同実地演習の課題の完遂が不可能であると考えるならば、それはそれで構わないでしょう。こう言ってはなんですが、これは正規の任務ではなく、あくまで演習の課題にすぎないのですから。成功しなければ、単に、あなた方の班の演習履歴にバツがつくだけ。王国の利益に直接的な影響を与えるわけではないのです」


「しかし……」


「後の判断は、あなた方にお任せしましょう。それでは、頑張ってください」


 そう言うとポドルスキは手を振り、椅子を回してマリーゴールドに背を向けた。つまりは、話はこれで終わりということだ。


 マリーゴールドは拳を握り締めた。少しの間その場に立っていたが、決定が覆らないであろうことはもはや明らかだった。


「……失礼します」


 結局は、取り付く島もなかった、といえる。マリーゴールドは部屋の外に出ると、いつもより強めに扉を叩き付けて足早にその場を立ち去った。



 その夜、ガイダンスを終え、学生寮の自分の部屋に戻っていたアルトは、学生寮の各部屋に備え付けられている魔力駆動の通信用端末が着信を知らせるアラートを発したことに気づいた。


 ディスプレイに表示されているのは、重要度「高」の通知メッセージ1件。送り主は、合同実地演習第1班班長マリーゴールド。


「なんだ、こんな時間に?」


 アルトはおもむろにメッセージを開いた。


 そのメッセージは、合同実地演習の第1班のメンバー全員に向けられたものだった。


『明日午前8時より、合同実地演習第1班の事前作戦会議を実施する。場所は学生寮の外構庭園。全員参加必須、時間厳守のこと』


 用件だけが記述されたその短いメッセージを読み終えて端末を閉じると、アルトはため息をついた。


 別に良いのだ。事前に集まって作戦会議をしようというのは立派なことだと思う。演習は午後から始まるから、集合時間が早朝になるのも仕方ない。ただ、アルトにはひとつ釈然としないことがあった。


「全員参加必須って、そういう自分はガイダンスにすら来なかったくせにな……」


 どうにも、自分の班には自分勝手な奴らが多いらしい。それが、いまのアルトの悩みの種だった。

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