第03話 僕らの巡り合わせ (2)
円柱形の天井の高いアカデミー中央講堂には、合同実地演習に参加する多くの学生達が集まっていた。学生達は、講堂の前方から班の番号順に、ある程度固まって集まっているようだった。
集団の最前列の隅で手持ちぶさたに周囲を見回していた栗色の髪のペディアは、自分の方向へ歩いてくる男子生徒の姿に気づいた。
「お! キミはアルト君かな?」
背の低いペディアは、挨拶代わりに、ぴっ、と左手をあげてみた。アルトはそれに応える。
「ああ、そうだ。俺はアルト。君も1班か?」
「そうだよ。あたしはペディアっていうんだ。よろしくね」
ペディアは白い犬歯を口元に覗かせてニヤリと笑った。
「ペディアか、よろしく」
アルトは軽く会釈をする。
すると、ペディアはアルトの姿を上から下へじーっと眺め始めた。
「な、なんだよ」
アルトはたじろぐ。
「アルトはさ、古代魔法学科の専攻なんだよね。なんで古代魔法なんかやろうと思ったの?」
ペディアはアルトの目をじっと見て真正面から視線をぶつけてきた。
対面早々、いきなりどストレートに厳しいところを切り込んできたな、とアルトは思った。
「まぁ、やりたいと思って選んだわけじゃないよ」
返答がちょっと濁った。
「あー、じゃあやっぱ、自然魔法学科に受からなかったってことなんだね。アルトには基礎魔力が全くないのかな?」
ペディアはいたずらっぽく笑った。この娘には遠慮というものがないのだろうか。
「ああ、そうだよ」
アルトは少し不機嫌そうに言った。
「あはは、ごめんごめん。馬鹿にするつもりじゃなかったんだ、拗ねないでよ」
ペディアは両手をひらひらさせておどけるように弁解した。
「それに、あたしだって同じようなもんなんだから。ほとんど基礎魔力はないんだよ」
「そうなのか?」
「うん、平均点の半分の半分くらいかな。でも、入学試験の時の実技試験ではなんでかすっごく絶好調で、実力以上の力が出ちゃったみたいなんだよね。だから、こっちの学科に滑り込めたみたい」
アルトはふむ、と頷く。
「でも、ということは、最低限の基礎魔力はあるわけだろ。それならまだ良い方さ。俺も含め、古代魔法学科に在籍する連中は、基礎魔力が丸っきしゼロ、すっからかんな奴らばかりだからな。実力以上の力を出すにしたって、元がゼロだったらどうにもならない」
アルトは自嘲気味に言った。
「でもね、アルト。実力以上の環境に間違って滑り込んじゃうのも大変なんだよ。おかげであたしは、入学以来ずっと、学科成績ではほとんど底辺付近をのたうち回ってる」
するとペディアは、自虐的な笑みを浮かべた。
「アルトみたいに負け犬学科に所属するのと、あたしみたいに身の丈に合わない環境で負け犬になるのと、別にたいして違わないと思わない?」
「なるほどな、ごもっともだ」
アルトも笑った。
ペディアとの会話は全然明るい話題ではなく、むしろ普段であれば気が滅入る種類の話なのだが、それでもアルトはなんだか気が楽になるのを感じた。
「ところで、もうすぐガイダンスが始まるみたいだが、他のメンバーはまだ来てないのか?」
「うーんとね、多分来ないよ」
「来ない?」
予想外の答えにアルトは驚く。
「そうだなぁ、この時間になってもいないってことは、たぶんマリーとベルの2人は、事前に配布された資料に目を通してガイダンスに来る必要はないと判断したんだろうし、チェルの方は、まぁ天気が良いからどこかでお昼寝でもしてるんじゃないかな」
「なんだそりゃ。このガイダンスへの出席は必須だろ。そんな勝手は許されないんじゃないのか」
「まぁ普通はねー。でも、少なくともマリーとベルは特別だよ。あの2人はアカデミー設立以来の至宝と言われるようなスーパー優等生だからね。このくらいの些細なことだったら、教官達も目をつむって口を出さないんだよ」
「まじかよ……」
そこまで特別優遇される学生とは、一体どういう類の人種なのか。
「まあ、チェルに関しては、逆に、いくら言ったところで無駄だからって放っておかれてる感じがあるけど」
アルトは目眩がするような感覚を覚えた。
「大丈夫なのか、このチームは……」
「ちなみに、本当だったらあたしもサボろうと思ってたんだけどさ」
ペディアが当たり前のことのように言う。
「アルトが来るだろうと思ったから一応来てみたんだよ。なんとなく、はぐれ者同士、仲良くなれるんじゃないかと思ってね」
ペディアはキラリとウインクをした。
アルトは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「これでもし誰もいなかったら、何も始まる前から帰りたくなるところだったよ。ありがとうな、ペディア」
「はは、どーも」
ペディアはすこし照れたように笑った。