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第01話 遺物に翻弄される者達

 いまどき、まともな奴は古代魔法なんてやらない。そんなことは初めから分かっていた。


 それでもアルトはこのアカデミーの古代魔法学科に入学した。理由は簡単だ。単に入学試験でそこにしか受からなかったからだ。


 アルトは、古代魔法の詠唱言語である天使語が羅列された教本を眺めた。古びた書物の中でしか見たことのない奇怪な象形文字。いまでは誰も使わなくなった神話時代の遺物レガシーである。


「だぁーくそ、やってらんねぇ!」


 シルバは匙を投げて椅子にもたれ掛かった。アルトは呆れたように、隣の席のシルバを見る。


「おいおい、まだ初めてから1時間も経ってないぞ」


「お前な、こんなもん1時間もぶっ続けでやってられっかよ」


 シルバは心底嫌そうに毒づいた。


「だいたい、古代魔法なんて勉強したところで、人生に何の役にも立たねぇじゃねえか。そんなもんにこの俺の貴重な1時間を費やすなんて、時間の無駄以外の何物でもないね、むしろ俺の能力を埋没させるという意味では社会的損失だね!」


「だったら何でこの学科を選んだんだよ」


「だってよ、古代魔法って、名前だけ聞いたらかっこ良さそうに聞こえるじゃん」


「お前な……」


 アルトはため息をついた。


 正直なところ、アルトもシルバの言うことに正面から反論はできない。アルトもできることなら他の学科に行きたかったのだ。古代魔法に対してさしたる興味を持てないのはアルトも同じだった。


「そうは言っても、今度の定期試験で落第したらシルバ、お前は退学決定だぞ。文句を言ってる暇があったらまずは勉強しろよ」


「だめだわアルト。俺のことはもう構うな。俺の屍を超えてお前だけは先に進め」


 シルバが真顔で言ってきた。アルトのこめかみにうっすらと青筋が走る。


「あのなあシルバ、ただでさえデキが悪くて連続赤点記録を更新中のお前を助けてやろうとこうして放課後まで試験勉強に付き合ってやってるってのに、まだ無駄口叩く余裕がありやがんのか」


「へぇへぇすまんね。まったくつれねぇなあ、アルトは」


 そう言うとシルバは頬杖をついてふてくされた。


 アルトはため息をついて、周囲を見回す。


 アルト達のいるアカデミーの中央図書館は、試験勉強中の学生達で溢れていた。アルト達は広い自習スペースの隅っこのテーブルに陣取っている。いまのやり取りが周囲の迷惑にならなかったか心配だったが、周りの学生達はみな自分のことに集中している様子で、アルト達のことを気にしている様子はなかった。


「なあ、アルト」


 やる気なさそうに教本を眺めていたシルバが再び声をかけてきた。


「なんだよ」


「この術式なんだけどよ、これってなんで今では発動しないことになってんだ?」


 アルトはシルバが指差す教本の中の記述に目を向けた。それは、天使語で記述された四重交差カルテット・クロスの連立魔方陣。古代魔法におけるオーソドックスな術式のひとつだ。


「妙にごちゃごちゃと書いてあるけどよ、これって要は、今の魔導士なら当たり前のように使うただの属性魔法だよな?」


「ああ、そうだな」


 アルトは小さく頷いて説明を始めた。


「つまりはな、今と昔では同じ魔法でも発動のさせ方の手順が違うんだ。昔はマナの密度も配列も今より難解で扱い辛かったから、こんな複雑な術式が必要になった。でも、過去の長い歴史の中でマナの性質が変わったから、今ではもっと単純で、基礎魔力さえ十分にあれば術者は魔方陣も詠唱もなく魔法を発動させることができるんだ」


「ほぉー」


 シルバは間の抜けたような返事をした。


「こういうことって、教本のめっちゃ最初の方に書いてあるんだけど、お前それすら読んでないの?」


 アルトのツッコミには返事をせず、シルバは話を切り返した。


「しかし、てことはだな、こんなに難解な術式を苦労して暗記しても、今じゃマナの性質も変わってるし、魔法も発動しねぇから、結局クソの役にも立たないってわけか」


「そうだな」


「やっぱりやってらんねぇじゃねえか!」


 思わず、シルバの大声が図書館内に響いてしまった。


 アルトは、周囲の学生達からじわりと向けられてくる迷惑そうな視線のプレッシャーを感じた。


「あ、いけね」


 シルバがばつが悪そうに呟く。


「ダメだシルバ、今日はもう引き上げよう。これ以上ここにいても何も進展はない」


 アルトとシルバはごそごそと教本やノートを片付け始めた。荷物をまとめて図書館の出口へ向かう。


 その出口へ向かう途中だった。


「古代魔法は、別に、無駄ではないわ」


「へ?」


 アルトが振り向くと、銀髪の小柄な女子学生が、机の上に分厚い本を広げて読書をしていた。すれ違いざまに声をかけられたのだと思う。しかし、その女子学生は視線を全くアルト達の方へ向けてはいなかった。


「どうしたんだよ、アルト。もたもたしてねぇでさっさと行くぞ」


 シルバには女子学生の声は聞こえていない様子だった。


「あ、ああ……」


 アルトとシルバはそそくさと図書館から退散した。



 結局、シルバは定期試験において超低空飛行の成績を次々と叩きだし、落第まであと一歩の崖っぷちまで追い込まれたのだが、最後は担当指導教官の恩赦によって助けられ、退学の危機を間一髪のミラクルで脱したのだった。


「いやー、なんとかなるもんだな!」


 帰り道、さっきまで冷や汗をかいてたシルバは、開放感からかいつもに増してテンションが高くなっていた。


「お前な、本来だったら、あんな点数じゃなんとかならないはずなんだぞ。赤点に手心を加えてくれた仏の教官に感謝しとけよ」


 そう言いながらも、アルトは内心ほっとしていた。シルバが成績不振で退学になってしまうと、学内で他に話し相手がいなくなってしまうのだ。


「しかしアルト、お前はすげぇな。今回の定期試験、成績トップだったらしいじゃねえか」


「トップと言っても、ウチの学科には学生自体、たったの15人しかいないけどな」


 しかも、そのほとんどは、不本意でつまらない専攻内容のためにほぼやる気を失っているような連中である。


「まあ、学科に人数も少ないし、お前はやる気だけはありそうに見えるから、今回は退学にならずに残してもらえたんじゃないか、シルバ?」


「そういうことなら、やる気のあるフリだけでよけりゃいくらでもやってやんよ!」


 シルバは胸を張って鼻息を鳴らした。


「まったく……」


 アルトはため息をついた。


「ところでよ、アルト。試験休みが開けたら今度は合同実地演習があるんだろ?」


「ああ、そうだったな……」


 アルトはすこし浮かない顔をした。そんなアルトの様子をよそに、シルバは妙に期待を膨らませていた。


「それじゃあ、来週からは自然魔法学科の連中と同じチームを組んで実地演習をするわけだ! あー、可愛い女の子と一緒の部隊にならねぇかなー! あっちの学科には可愛い子が結構多いんだよ」


「おいおい、あんまり変な期待はするなよ。合同実地演習じゃ俺ら古代魔法学科の生徒はお荷物扱いなんだからな」


「いいんだよ、どうせお荷物なのはいつものことだろ。だったらせっかくのイベントだし、少しでも楽しもうぜ!」


「お前、超前向きだな……」


 こういうときの、シルバの根拠のない前向きさが、たまに物凄く羨ましくなるアルトであった。

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