プロローグ その2
分岐点。そう、俺は分岐点に立っている。
我慢さえできれば、次のステージに自動的に進んでいく。
それはただ、選択の先送りをしているってわかっていた。
でも、俺は無限に広がった可能性を捨てたくはなかった。
それが今までの処世術。
けど、今回は違う。初めて自分でこの先の人生のレールを選ぶことになるんだ。
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「で、ここはどこなのでしょうか?」
一面どころか全面、白一色。初めは、北欧あたりの白銀世界へ知らぬ間に拉致されたのかと思っていた。
だが、そうではないらしい。雪景色ではないのだ。それに暖かい、ふわふわしたとした感覚がする。
サンタの格好をした老人が何か一言発した後、まるでスポットライトを当てられたように、光が飛んできた。
そして、気いたら今いる場所。どういうことなんだ。
「うーむ」
「あの……」
「お主に言ってもよくわからんじゃろ。異世界への通り道。言うなれば、異空間じゃな」
「異空間……。まず拉致事件とか、そういうの疑うべきだけど。なんかスゲーですね。ではない、すごいですね」
異空間。目の前の老人の言う通り、確かにその表現がぴったりなほど、この場所はどこか異質だった。
さっきの願い本当に叶うのか。本気か。
どうするんだ。こういう時。
まず、素数を数え……
「急に喜びおっての。ホー、ホー。気持ちが高揚する、良いことじゃ。して、マサよ」
「は、はい。ところで、なぜ俺のあだ名を……。
俺は小洒落たサンタのお爺さんに、名前を教えた記憶は、皆無なのですが?」
「うーむ。マサ。それはな、このワシが、サンタじゃからだ」
サンタっていう職業は、個人情報保護法の対象外なのか。
新事実である。
「うーむ。マサ? 大丈夫か?」
「大丈夫です。サンタさん。まだ、理解できます」
「よろしい。これからお主の選択は3つじゃ。
1つ、元通りの生活。つまり、現状のままじゃ。
1つ、地球以外、異世界での生活。つまり、お主の望んだ生活じゃな。」
「おお……」
どうやら本当に異世界に行けるらしいぞ。こいつは、人生ハッピーだな。
「ホー、ホー。続けてかまわんな。最後の選択肢。
それは、あの地球で最初からやり直す生活じゃ。それもある意味、異世界とも言うべき世界」
「なるほど……」
やり直しか。
「じっくり考えることが大切。わかりやすい分岐点じゃ」
分岐点……。
目の前の老人は、心なしか楽しげであった。
「では。質問良いでしょうか?」
「言いなさい」
「別の世界。異世界というのは、魔法が使えますか?」
ここは重要である。
なんちゃって異世界。つまり、確かに今の世界とは異なるようだが、行ってみたら地球と大差ないという世界だ。それは、勘弁である。
「使える世界じゃ。ヒトは魔法と剣。そして、幾つかの国が存在するが、どれも王政を築いておる。また、モンスターを統治する魔……」
「ありがとうございます。なら、決めました!」
「おいおい、お主。良いのか? ここは、もっと質問するべき時じゃぞ?」
無精ひげととは少し違う、長く整えられた白く長いそれをさすりながら、サンタさんは助言していた。なぜか、ひどく驚いているようだった。
(サンタさんって、根っからの善人なんだろうな。)
少し動揺している老人を見ると、再認識してしまう。
この小さな老人のこと、ふと気になってくるのだ。詳しく聞いてみたい。
総師範ってそもそもなんだろう?
(うーむ)
いや、サンタさんの言う通りだ、一理ある。
今は、"異世界"のことをもっと質問しよう。
「その異世界ってやつは、俺でも魔法は使えますか?」
「うーむ。使えるようにしてから、送るつもりじゃ。そのままの姿でな」
なるほど。魔法は使用可能と。
「ちなみに、最初からやり直す場合は、俺の人生をやり直すってことでしょうか?」
「うーむ。その通りじゃな。梅屋雅也の人生を今の知識を持ったまま、やり直すということじゃ」
やり直し……。
今までの人生に後悔はないと言えば嘘になる。
むしろ後悔ばかり思い出す。
まるで熱暴走したのかと疑いたくなるような黒歴史たち。
あの時、もう少し自分に勇気があればと思うような瞬間。
ただ。
優しい言葉をかけてくれた同級生。
厳しくしかりつける両親。
そう、悪いことばかりでは無かった。
でもな……
「サンタさん。最後にひとつだけ質問を。異世界って厳しい世界ですか?」
質問すると、サンタさんは、こちらをしっかり見据えていた。
その後、にこりと微笑んで答える。
「良い質問じゃな。だが、その質問の答えは、お主の主観に左右されるのじゃ。だから明確な答えなど存在はしない。じゃがな。お主が今まで積み上げてきたもの。『常識』、『人間関係』、『知識』といった類いのものじゃな。それらが、全て無になる。それだけは確かなこと。全てな。そう、心に刻んでおきなさい」
全て無になるか。
そして、俺は決心した。
「決めました。サンタさん。俺は……」
俺は、初めて見る世界。異世界に行くことを決心した。