009 船幽霊の見える街
<ナカス>では、湾の外を通る大地人の船が沈んだことが話題となっていた。
今度は龍眼の耳にもいち早く届いた。しかし、その内容はにわかには信じがたかった。
これは生き残りの船員の話である。
明け方近くに<ナカス>の灯台を目指し船を走らせていると、進行方向に白いものが見えた。
この周辺には低レベルモンスターしか現れないが、あえて接触することはないと進路を変更しようとすると、海面から泡のように大クラゲが浮き上がってひとつふたつと宙に浮いた。
気付いたときには宙を舞うクラゲに四方を囲まれていた。
一ヶ所だけ開いたクラゲの隙間を白い影が歩いてきた。
海の上を、歩いてきた!
恐ろしくて震えていると、もうそれは舳先の上に立っていた。
それは白いドレスをきた女の姿をしていた。
腰まで伸ばした髪が水を滴らせていた。
聞き取りづらい声で「ワタセ・・・ヒ、シャク、・・・ヲ」と言ったかと思うと、白い腕をすうっと伸ばしてきた。
船員は夢見心地で柄杓を手渡した。
すると、どこから浸水したかは分からぬが、船は水浸しになった。
慌てて水を掻き出そうとしたが最早手遅れで、必死に海に飛び込んで夢中で岸まで泳ぎきったのだが、振り返ると白い女も大クラゲも見えなくなっていた。
このような噂というものはあっという間に流れるもので、船幽霊だの柄杓取りだのの名で呼ばれた。
しかし、船員の話には「いつの間にか」や「気付いたら」などの言葉が多く、しかも「夢見心地」で「夢中」であったというならばもう夢であったのだろうと一笑に付された。
<大災害>から半年近くが過ぎ、<ナカス>では周辺域のモンスターの調査が徹底的に行われた。低レベルモンスターが周辺に多く生息していることは分かっていたが、都市機構に守られた街の中に入ってくることはないし、その近くにも近寄ってくることはなかった。
一時期はPK目的でモンスターを意図的に呼び寄せようとする輩もいたが、<Plant hwyaden>が<ナカス>を実効支配するようになってからはそんな者も現れなくなっていた。
狩場にしかモンスターは現れない。それが<ナカス>の常識となりつつあった。つまりこのエピソードは怪談の一種として広がっていった。龍眼にしてもその海域を通る際には警戒しようと考えるにとどまった。
しかし、もし仮に船員が正確は船幽霊の言葉を聞き取れていたならば、あるいは船幽霊が正確に言語を操れていたのならば、誰かは未曾有の危機に気付けていたのかもしれない。
「ワタシハ『ヒザルビン』・・・・・・ニバンメニメザメルモノ」
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いやー、こわかったですねえ。さて次回は、意外な策士桜童子が取り寄せた椅子の能力、ついに開陳!
<工房ハナノナ>のメンバーのサブ職業もテーマにしているので、若干お話が長めですがご覚悟を。
深夜0時更新「呪いの椅子と【工房ハナノナ】」をお楽しみに!