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008 喜望峰を回れ


 襖を開けると強烈な圧力を感じる。


 わずか三十分間で起きた出来事とはいえ、配送ネットワークの構築の情報は龍眼に真っ先に届くべきであった。

 そのために<ナカス>のギルド会館近くに、<パンナイル>側の冒険者と大地人を潜伏させておいたのだ。砂糖の大口取引の情報すら領主にまでしか届いておらず、龍眼は参謀として戦闘面でしか重視されていないという事実に苛立ちを感じていた。


 開口一番、バジルが下策を調子よさ気に披露したものだから、龍眼の機嫌は悪化した。


「それが、<兎耳のエレメンタラー>の意志であると」

「あんなウサギの皮をかぶったネコのいうことなんてわかんねえよ。だがな、邪眼兄ちゃん。オレさまならこの作戦が可能だって言ってんだよ」


 明らかに龍眼は怒っている。

 ハギはまったく空気を読んでいないバジルの様子にハラハラする。

 ブレーキ役として期待していたイクスの姿はどこにもない。きっと飽きて<剣牙虎>の山丹とどこかに行ってしまったのだろう。 



「平和を築き、この地を富ませ、いつか<ナインテイル>を奪還しようとする我々に戦火の火種を持ち込もうとするのが、彼のやり方だというのだな」


 ただでさえ、連絡の遅れが露見し苛立っている龍眼に、バジルの提案は火に油を注ぐようなものだ。


「いいえ。我々はそうは考えていません」

 ハギはすっとバジルの横に座り、バシンと大きな音を立ててバジルの太ももを打った。

「いっでぇ」


「うるさいですよ、バジルさん」

「お、お前なあ」

 食ってかかるバジルを軽くいなし、ハギは続ける。



「龍眼さん。我々は、商取引がしたいのですよ」

 その言葉に龍眼は目を半眼に閉じた。冷静になったのであろう。

「聞こうか」



「うちのリーダーは、シンプルな答えだから必ず龍眼さんなら気づくはずだと言っていましたよ」

「この私を試そうとしているのか」



「とんでもない。良いものをより安く仕入れたい。ただそれだけです」


 その言葉に、もう一段階龍眼は冷静になったとみえ、言葉遣いまで変わった。

「商取引だと言いましたね。もう、先ほどの使者抹殺の話は忘れて良いのですか」

「ええ、忘れてください」

 ハギは答えた。


「おい」

 狼面はうろたえる。

 自信をもって提案した作戦が、まだどんな意見かもわからないものによって一蹴されようとしている。それはバジルも納得がいかない。しかたがなくハギが説明する。


「いいですか、バジルさん。使者狩りはその場での対処としては有効です。一旦<パンナイル>から退去させることができるので、ゾーンの入場許可設定によって、完全に締め出すことも可能です。でも事後を検討してみてください。使者は何度でも蘇生するんですから、戻ってくるんです。そこで入れないとわかれば、別の使者を多数送ってくるわけですよ。それでも入れないと分かれば、次にすることは言わずもがな。ゾーンの外側を圧倒的な兵力で囲むわけです。兵糧攻めにされるわけですよ。あなたのアイディアは産業と交易で発展しようとする、この<パンナイル>にとって大きな痛手しか残しません」



「だから締め出すんじゃなくって、次々と来る奴来る奴倒せばだなあ」

「バジルさん、使者が大地人である可能性は考えましたか? 大地人でもあなたは簡単に抹殺しようというのですか? もういい加減この世界がゲーム通りじゃないって認識してください。ハメ技見つけたら延々とそれを使えるなんて考えたら大間違いです。冒険者も大地人も知恵を持っています。ひとつの方法で通じなければ、改善を図って別の手を打ちます。一人倒せば、二人倒す必要が生じ、二人倒せば十人倒す必要が生じる。向かう道は戦争です。犠牲者はいつでも、力なき民なんです。龍眼さんは、<パンナイル>の民を犠牲にするというのが<工房ハナノナ>の考えなのかと聞いているのですよ」



「い、いや、そういうわけじゃねぇけどさ。じゃ、じゃあよ? なんか別の手でもあるってのか」

「そりゃあもちろんですよ」


「<パンナイル>を攻め込ませるような口実を与えず、それでいて、使者の密告を気にせずに、オレたちの加勢をするほどの兵力を移動させることなんて可能なのか?」




「龍眼さん。ぼくたちに船を売ってください」


 そこで、ハギは切り出した。バジルはそれがどういう意味を持つのか必死で考えていた。

 龍眼はというとある程度予想はしていたのだろうが、目を閉じて考えている。


 ハギの中で、桜童子のいう上策中策下策をこう分類した。

 上策:<Plant hwyaden>が納得する口実で、大兵力を動かす。

 中策:<Plant hwyaden>が気にしない程度の、小兵力を動かす。

 下策:<Plant hwyaden>を刺激させつつも、兵力を動かす。 


 <パンナイル>のすぐ南に海がある。そこからパーティーを組めるほどの冒険者を船に載せ、ナインテイルを南回りで運行させるのだ。

 <ナカス>は港を持つプレイヤータウンだ。北回りに船を進めればこの港沖の海峡を通ることになる。



 なぜそこを避けねばならぬのか。

 <弧状列島ヤマト>の地図をご覧になったことはあるだろうか。

 現実世界でいえば九州と本州という島と島が陸続きになっているのである。このセルデシアでは、魔法の結果か過去の人間の手によるものか、<カンモンビッグブリッジ>という巨大な海上アーチが存在するのである。<ナカス>を実効支配する前に<Plant hwyaden>はこの奇岩絶景の地を押さえた。 


 今まで誰も試したことはないが、この交通路から<妖術士>が長距離魔法を放ったら眼下を通る船に届くだろう。それは何らかのペナルティが課せられるだろうから実際に魔法で沈められることはおそらくはない。だが魔法でなくとも船の妨害はたやすい。


 北回りに進むということはナカスの沖を通り、<ビッグブリッジ>をくぐり抜けて東へ進むということである。<ナカス>から拿捕しようとする船が出た場合、カンモンがその名の通り関門となるのだ。



 それよりは航路は長いし日数もかかるが、南向きに進み<ナインテイル>最東端まで運ぶのが無難であろう。それだけの距離を運行するので冒険者に船の護衛を頼んだといえば、兵力移動の名分も立つというものだ。そのくらいがハギの考えだったが、龍眼の考えの方が上回っていた。


「船にレイド用の物資を載せ、一パーティに守らせ出港する。パーティを各地に派遣し港に寄るたびにこれを載せればよい。よし、この軍師龍眼が参加させるものの選定と指示は行おう。私が同行できるかは少し近隣の動向を精査してから判断させていただこう」



 ハギの考える上策・中策をまとめたものだった。

 兵力を分散させて<Plant hwyaden>が看過する程度の小兵力として<ナインテイル>各地に移動させる。船が寄港するたびに彼らを拾っていけば、目的地に着くまでに船には大兵力が揃うこととなる。名目は物資輸送ならびに交易。




 桜童子は、龍眼がこのアイディアに気づくことを予測していた。おそらく、そればかりではない。

 カラシンの動向やバジルの下策に、龍眼が苛立つのを考慮していたのだろう。 龍眼がこれほど重要な判断を即決したのも、この苛立ちが原因の一端であるのはハギにでも見て取れた。

 我がギルドのリーダーながら恐ろしい人だとハギは思った。

■◇■


 この時期って、怪談ってよくありますよね。

 怖がりなんだけど聞きたくってたまらなくなるのです。


「いやあー、あれがねぇ、こわいなーこわいなー、やだなーやだなーって思っていたらねえ、出たんだよ。明け方とかね、出やすいんだねぇ。いやあ、こわいなーこわいなー」


 え! 何が!? と思ったあなた。

 次回更新は深夜0時ですよ。いやー、こわいなーこわいなー。

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