表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

007 宝珠に浮かぶヨコハマ


 邸の中の別の一室に通される。

 大地人用の通信施設があるわけだが、音漏れを防いでいるのか、ここは壁の材質も違うらしい。入口にはドアノブがついている。

 ハギは中へ入らず、その手前で桜童子に念話を入れる。

 

 布で厳かな雰囲気を醸し出した部屋の中央には、水晶玉のような宝珠があった。


 ミケラムジャが奥に座って手をかざすと、ぼうっと光が現れ通信可能になったことがわかる。ほどなくして通信相手が選択されたようだ。明るく優雅な声が部屋に響いた。


(みゃあ、こちら<猫の手組合>受付のアンカでございます――)


「こちらパンナイルのリーフトゥルク家<通信術士>のミケラムジャでございますにゃ」

「ほほー、大地人ってのは、宝珠を使って通話するものなのか」

 バジルが感心してつぶやく。


(みゃ?――)

 


「バジル様、お静かにお願いしますにゃ」

 ミケラムジャは軽い視線をバジルに送ってから続ける。おしゃべりなイクスもここでは静かにして座っている。


「申し訳ありませんにゃ、アンカ様。これから、そちらに古い椅子が届くことになると思うのですが」


(古い椅子……。みゃあ! ひょっとして、マヤ=コネクロット様からお預かりしております200年以上昔の骨董の椅子のことでございますか?)


「マヤ様……、いえ、私たちは<アキバ>の冒険者、カラシン様にお願いしていたとおもうのですにゃ」


(みゃあ、それでしたら間違いないです。カラシン様からパンナイルへお届けするようにとのことで――)



「うっひょー、噂には聞いていたが仕事が早えな。<第8商店街>の若旦那は」  


(みゃ?――)


 ミケラムジャは上目遣いにバジルをにらむ。

「あ、すまん」

 バジルはイクスに腕をつねられて、無言で悶えている。



「ああ、混線ではありませんにゃ、アンカ様。どういった形で受け取ればよいか、カラシン様からお聞きですかにゃ」


(みゃあー。ウチで雇ってる<パンナイル>出身の冒険者が、こちらの銀行に椅子を預け入れますので、<ナカス>でお受け取りいただくようです。その受け取り手については、既にマヤ様が手配しているようでございます。その方を通じて<パンナイル>までお届けする流れになっております。みゃあ、行き違いにならないようお気をつけくださいませ――)



 通信によるとどうやら既に配送の流れまで形になりつつあるらしい。ハギが一番困難だと思っていたのは<Plant hwyaden>の支配する<ナカス>から、どうやって椅子を引き出して無事に持ち帰るかというところであった。


 桜童子から連絡を受けてわずか三十分で、猫人族とともに配送ネットワークを作り上げたカラシンという敏腕<冒険者>のおかげでハギの心配の種はなくなった。




 それをすぐに知らせたかったのだろう。バジルは部屋を出るとすぐに、親指を立ててハギに向けた。

 おそらくはウインクしたのだろうが、目を閉じてはおらず、舌をでろんと出しているだけの狼面であるから、ともかく滑稽である。



 ひとつの役目が成功に終わったことがよほど嬉しいのであろう。意気揚々と部屋に戻ろうとしている。今度は龍眼にクエスト同行の算段をつけるつもりである。

 ハギは思わず吹き出してしまう。



「なんだ、ハギ」

「いえ、うまくいったみたいですよ」


 桜童子との念話は続いている。頭に聞こえる声の主は桜童子だ。


(そうかそれはよかった。あ、バジルに言っておいてくれないか。その作戦はうまくいかないぞってな)



「え、バジルさんから何か聞いているんですか?」


(いやー、あいつの考えそうなことぐらい言わなくたってわかるさ。あいつは<バジル・ザ・デッツ>だぞ。『バレなきゃいい』って言ったんだろ。上策・中策・下策と作戦がある中でやつは間違いなく下策を選ぶ)



 ハギはもう数ヶ月の間、バジルとともにすごしているが、彼の考えていることは読めない。今まで自分がどれだけ表情から相手の心情を読み取ろうとしていたか思い知らされる。


 ハギは顔色を伺うことについては人よりぬきんでていると思っていた。しかし狼面ではどうしようもない。


 桜童子は行動の特徴から、相手の性格や思考パターンを捉えているようだ。桜童子の真似をしてバジルという人間を読み解いてみる。 



 バジルは狩りに出かけるたび、街道を占拠するPK集団を見つけては勝負を挑む。颯爽と多数の敵を倒すなどというやり方ではない。これぞ<卑怯な狼>という戦法だ。


 ひとりの敵にちょっかいを出すように武器を投擲し、怒り狂って追ってくるところをひとりずつ攻撃するのである。逃げては攻撃、逃げては攻撃。<マルチプルデッツ>の効果によりじわりじわりと弱体化させておいて、圧倒的な戦力差になったところで息の根を止める、というのが彼のやり口だ。その姿を思い出しているうちハギの脳裏にバジルのやり口が浮かんできた。



「あ」



(答え合わせの時間でいいか?)


「<パンナイル>に入る<Plant hwyaden>の使者を狩るってことですか」

 ハギは桜童子が答えを言うよりも先に解答できたことを内心喜んだ。


(だな。龍眼さんのことだから、わけありげなクエストか何かでそちらを探らせながら、領内に残る使者の数を減らしてはいるのだろうけど、バジルはそれを狩ろうと提案するだろうな)


「そんなの使者だって蘇るんだから、またやってくるでしょう。それに領内で狩られたとなれば、いくら闇討にしたとしても原因究明にじゃんじゃん増員してくるでしょうね」


(そういうのを次々と<マルチプルデッツ>でいたぶるのが、<バジル・ザ・デッツ>さ)


「なんというか、下策というのがよくわかりますねえ。しかし、リーダー。上策なんてあるんですか」

 ハギは懸念したが、桜童子はあっさりと(あるよ)と答えた。


「もう答え合わせでもいいですよぅ」


(ハギ。おいらは龍眼さんを、そう低くは評価していないよ。これはシンプルな答えだから必ず思いつくさ。そしてシンプルなだけに強い)


「いや、わからないですから、ヒントを下さいよぅ」


(そろそろバジルを止めに行ったほうがいいんじゃねえか? 決裂しちまったら元も子もない。この交渉はお前さんのノウハウが生きるところだぜ)


 なんのことだろうとハギは考える。営業マンとして働いていた頃の技能か? プレゼンテーションしようにも、まだ何を売り込めばいいのかもわからない状態だ。話を聴けということか? 頭を下げろということか? 一体何の契約を結べというのか。


「あ」


(答え合わせは必要ないだろ? 頼むぜ、ハギ。カラシンさんにはこちらからお礼を言っておくよ。じゃあな)

■◇■


 今回は、バジルを調子にのらせてしまうと【工房ハナノナ】は窮地に陥るという典型的な例です。がんばれバジル。

 そしてしわよせをくらうのはハギなのです。がんばれハギ。

 イクスは金平糖を食べにどこかに出かけてしまいました。

 もうちょっとがんばれイクス。


 さて明日は邪眼師龍眼さんの怒り爆発! 

 次回第8夜「喜望峰を回れ」! 深夜0時の更新をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ