006 緊張のヒチクトライアングル
「なるほど。それで、ヨコハマの<猫の手組合>の力を借りるというわけですか」
ハギの説明で<黒衣のイヴルアイ>は納得した。
「<兎耳のエレメンタラー>もなかなかの策士だな」
タウンゲートが停止している今、物資の輸送には陸上運輸がどうしても必要になってしまう。しかし、それでは物資が何ヶ月後になって届くかわからない。そこで一瞬で届けるアイディアとして、ギルド会館の貸倉庫を使う手がある。これならたとえ<エッゾ>で預けたアイテムでも一瞬で<ナインテイル>から引き出せる。
この方法の欠点は、遠隔地に同じギルドメンバーの<冒険者>がいる場合のみでしか使えないことである。
全国に散らばっている可能性が高いのは、さまざまなギルドから集められた龍眼たち<パンナイル>の私設兵団の冒険者である。
個人レベルの注文なら龍眼たちに頼めばなんとかなる問題であろう。
桜童子の狙ったのは、これを機に物資輸送の大きな流れを作ることである。そこで目をつけたのが<猫人族>である。
彼らは漂白を好むため全国に散らばっているのである。さらに彼らには高い好奇心があるため、<冒険者>への関心も低くない。<パンナイル>の街が良い例である。
特に<ヨコハマ>の<猫の手組合>では、冒険者のアイテムを預かる貸倉庫もつくられたと聞く。彼らと冒険者が手を組めば一大運輸産業も可能だ、と桜童子は考えたわけである。
そのアイディアを桜童子は惜しげもなく旧知のカラシンに譲った。カラシンほどの実力者であれば、集荷から配送までの組織と料金体系を生み出すことはたやすいであろう。一個の企業にまで発展させることも可能だ。勿論<パンナイル>側の協力が不可欠だが、その了解を取り付けにハギたちはやってきたというわけだ。
「でも、それだと、利鞘をいただくのは我々だけになってしまうが、エレメンターはそれを承知なのですか」
「ああ、ウチのリーダーなら、こう言いますよ。『手の内にあるものを全力で守る。それだけだ』ってね。まったく気にしていないでしょうし」
「商売っけがない。では、彼の絵をできるだけ彼の希望通りの額で買い取らせてもらうことにしよう。ああ、言っておいてください。彼の描く赤絵はとても人気だとね」
「了解しました。あ、おい、バジルさん」
「え、あ、おう。聞いてたぜ。頼みごとは三つだってな」
そこから寝ていたのか。便利な狼面だ。
「で、どうなんでぃ。こっちの頼みごとは聞いてくれるのかい」
あぐらから、片足を立ててどんと畳を鳴らす。古臭い演技だが、イクスを起こすには役に立った。しかし、今まで居眠りしていながらよくこれだけ強気な態度になれるものだと、ハギは横目でバジルを睨む。
「一つめの符術師なら心当たりがある。イコマ流の腕利きだ。ただし料理人になりたいと言っていたぐらいだからな。ハギさん、刻印呪師としての経験値を捨てて、弟子入りするつもりなら手遅れかも知れないね」
「いいから、二つめは!」
「これは是非もない。今から<猫の手組合>と連絡しましょう。領主にも快諾されることでしょう」
「その前に三つめは!」
「現段階では難しいと言わざるを得ません。我々はある程度の戦力を出すことが可能ですが、<Plant hwyaden>に気づかれるでしょうな。気づかれてしまっては、こちらに攻め込む口実を会えるようなもの」
龍眼が静かに断ると、バジルはこそこそとハギに話しかけた。
「お、おいハギ」
「追い剥ぎみたいだから私の名前の前においを付けて呼ぶのはよしてもらえますか」
「つまらねえこと言ってねえで聞けよ。なんで<プラなんちゃら>にバレたら攻め込まれるんだ」
「一応、<パンナイル>をはじめナインテイルは<Plant hwyaden>の支配下にあるということですよ。面従腹背の姿勢ではありますが。だから翻意があればすぐ報告できるよう、<Plant hwyaden>から人間が送り込まれてるって言ってたじゃないですか」
「そうだっけか? で?」
<パンナイル>の北東には、<Plant hwyaden>の実効支配する<ナカス>がある。『工房ハナノナ』のある<サンライスフィルド>は、<パンナイル>の東である。
三角形の北の頂点がナカス、底辺の西端がパンナイル、東端がサンライスフィルドという位置関係だ。
困ったことに<パンナイル>から<ナカス>に行くにも、<サンライスフィルド>に行くにも、途中までは同じ街道をゆく。<パンナイル>から東に大兵力を動かすことは、見ようによっては<ナカス>攻撃のための進軍に見えなくもない。こちらがどれだけ、そんな気はないと言おうとも、示威行為として潰す口実にされてしまうのは火を見るよりも明らかだ。
「つまり、<Plant hwyaden>の断りなしに兵力を移動させれば、『パンナイルは謀反を起こそうと上洛してくる』などと噂を立てられ、<Plant hwyaden>ばかりではなく、近隣商家からも攻め込まれるってことになるんです」
「ふうん」
バジルの思案顔は作り物なのでわからない。きっと理解できなかった「ふうん」だ。
「なあ、要はバレなきゃあいいってことだろ?」
ハギの推測を超えてバジルはしたり顔で言った。本当にしたり顔かは定かではないが。
「何か策があるのですか? <バジル・ザ・デッツ>」
龍眼は値踏みするように聞いた。
「それはあとだ、邪眼兄ちゃんよう。<孫の手協会>に連絡しようぜ」
「<猫の手組合>にゃ!」
完全に寝起きながら、見事なツッコミを入れるイクス。
「ミケラムジャさん」
龍眼が呼ぶと、襖の向こうからミケラムジャが現れる。
「彼らを連れて、<ヨコハマ>の<猫の手組合>に連絡を」
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龍眼とか桜童子とかハギとかがしゃべると、説明不足な感がするんですよねー。まどろっこしいし。その点、バジルとイクスがいると、ぽぽぽんと勢いだけで話が進むので便利なやつらです。
もうお分かりかと思いますが、次回も深夜0時更新!