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005 天秤祭中のアキバ博物館



「ミノリちゃん手際いいね」

 祭りの裏方として働く<第8商店街>のギルドマスターであるカラシンは、手伝いに来た少女に感心していた。彼の座るテーブルの上には山積みの書類が、危ういバランスを保って積まれている。

「シロエさんの、弟子ですから」

 少女が明るく笑う。


 アキバの街では天秤祭が催され、その中枢である<生産者ギルド連絡会>は今や戦場であった。処理しても処理しても増え続ける書類に<第8商店街>の精鋭たちは徹夜を余儀なくされている。

「助かるよ。ああ、タロ。ちょっとこっち頼む。ミノリちゃん、少しだけ用を済ませてけど、いいかな。分からないことがあったら、タロに聞いてくれる?」

「ハイ! がんばります!」


 戦陣から大将が抜けるようで、かなり気が引けたが、済ませなければいけない用があるのも事実だ。そのひとつが【工房ハナノナ】からの依頼だ。

 随分と足元を見てやったがそれでも頼むというから引き受けたが、引き受けた以上は「忙しいからできませんでした」では、<第8商店街>の”若旦那”の名が廃る。


 それに、これが成功すれば、砂糖の交易路が開く。十分間の業務放棄と比べてもお釣りがくるというものだ。もっとも成功すれば、の話だが。


 明日の午前中には、自分が主催の「輝けライブinアキバ」があるので、これには出ないといけない。できるだけこちらの用を早く終わらせて、報告書の山に目処をつけなければと思うと、アキバの街を行く足はなかば駆け足になる。


 思った以上に街は賑わっている。アキバの外からやってきた大地人も多いらしく、これはなんとしても祭りを成功させなければいけないという気持ちになった。


 <屋台村横丁>を過ぎるとき、ミノリと同じ<記録の地平線>のメンバーがはしゃいでいるのが見えた。

「あの紙細工はすごいな! 逞しく風に抗う猛禽のように空を飛んでいるぞ!」

「はいはい。無駄遣いはダメだからねー。ホットサンドが買えなくなるよー」

「む! それは大問題だ。しかし迷うなあ。どうだろう、ミス五十鈴。ホットサンドはふたりで分けあって、ひとつあの紙細工を買ってみるというのは」

「もー、ルディ。分け分けするのはいいんだけどねー。どうしよっかなー」


 そこで<第8商店街>のギルドメンバーに出会う。

「おや、若旦那。こんなところにいていいの!?」

 彼女も徹夜組なので妙にハイテンションだ。

「ちょっと<アキバ大博物館>までねえ。あ、執務室の方頼んでいい?」

「えー、私、寝る間を惜しんで祭りを楽しみたいのにー!」

「冗談ですって。大丈夫、すぐ戻りますから」


 足は<アキバ大博物館>へ向かいながら、頭は<斡旋所>へ向かっている。

 カラシンはこうした並行処理が得意である。

 <アキバ冒険斡旋所>は、<円卓会議>が収集した様々な依頼を冒険者に斡旋していくという<円卓会議>直営のクエスト受注施設だ。

 ここの常勤受付<円東あきば>は、この仕事にぴったりの冒険者である。適切な仕事を冒険者に振り分けていくやりくり上手だ。彼女に念話を入れる。


「あきばさん。今いいですかー」

「開店休業状態。お昼までは結構あっぷあっぷしてたんだけどね」

「好都合! 実は<ヨコハマ>の<猫の手組合>に連絡をつけたいんですよ」

「それならですね。あ、カラシンさん。今、どこにいます?」


「もうすぐ、<アキバ大博物館>ですよ」

「ちょうどいいですわ。そこのちょっと手前に<マヤ=コネクロット>という旅芸人の座長が逗留しているんですが、彼女なら大地人の<猫人族>とのコネクションを築くのに適していると思われます」

「ありがとう、このお礼は必ず」

「はーい」



 大地人用の安宿がある。円東あきばの言う通りなら、ここに旅芸人のマヤがいるはずだ。

「あのう」

「あいよ」

 出てきたのは羽飾りの帽子に、膝上までの革のブーツが印象的な、マヤ当人だった。

「ここの主人だったら、お祭りに行ってますわ。今日のような日なら、浮かれ気分もわからなくはないですけど」

「僕は<第8商店街>ギルドマスターのカラシンといいます。マヤさん、ですよね?」


「私に、御用?」

 しゃなりとした歩き方は<猫人族>特有のものというより、マヤ自身が洗練させた歩き方のようだ。階段の手すりに寄りかかる姿はなんとも魅惑的だ。

「ちょっと、頼みごとがありまして」

「何を手に入れましょう。言葉? 荷物?」


 カラシンはそこで少し考える。風の噂に聞いたことがある。猫人の旅芸人は何かを集めてくるのに長けていると。

 ここに立ち寄ったのは、遠隔地の大地人と連絡をとるためだ。大地人は念話ができない。それに代わる道具があるにはあるが、仲介が必要である。それを頼みたかったのだ。

 頭脳を高速に回転させる。


 相手の性格。報酬。公開する情報の範囲。案件の成否の確率。所要時間。事後の対応。

 同時にはじき出しながら、目的そのものを変える決断を下す。


「古い椅子を探しているのです」

「アンティーク?」

「というより遺物といってもいいほどの古いものですね」

 マヤの興味をそそったらしい。

「どうしてそんなものを探しているの?」


「人が消える椅子を探しているのです。それをナインテイルまで届けたいのです」

「人が消える?」

 さらに興味をそそったらしい。


「昔のバグで、デバッグされないままアイテムとして残ってしまった遺物がどこかにあるのではないかと」

「バグ? デバッグ?」

 元の世界の言葉が<大地人>に通用しないのが、なかなか感覚的につかめないので言い換えに困る。


「その椅子を作った人が、そんな力を持っていることに気づかず修理も廃棄もされず生き残った品というところですかねえ」

「でも、そんな椅子を誰かに悪用されたら怖いですわ」


「消えるというより、見えなくなるといった方がいいのかなあ。その椅子から降りればなんでもないはずだと」

 言っているカラシンも不安になってきた。

 本当にそんなものがあるのか。それがマヤのいうように悪用されないとも限らない。運搬上の安全面での問題はないのか。そもそも今から行こうとする<アキバ大博物館>でそんなものが見つかるのか。

「あなたのお友だちはなぜそんなものを探しているの」


 そんなことはカラシンも聞いていない。「理由」を聞いたところで成否にも報酬にも関係がないからだ。だが、マヤは違う。「理由」こそが命をかける価値があると言わんばかりの表情だ。


「えーっと、そうですねえ。海を渡りたいんじゃないっすかねえ。依頼してきた彼は、身体に問題があると言ってましたからねえ」

「いいわ。見つけてさしあげます。手が届かなかったゆえの後悔。そんなものは少ない方がいいですものね」


 カラシンはそのセリフに聞き入りながらも、強かにもうひとつの要求をするタイミングを図る。

「これから僕はそこの<アキバ大博物館>に行こうと思うのですが、一緒に探しませんか」

「面白いですわ。ぜひ立ち寄りたいと思っていましたの。ご一緒できるなら報酬なんて構いませんわ」


「それはこちらもありがたい。もののついでに厚かましくお願いしたいのですが、首尾よく見つけた品を<ヨコハマ>の<猫の手組合>の倉庫に預けたいのですよ」

「あら、あそこは私もご縁がありますから。たやすい御用ですわ」

 

 カラシンは、突然降って湧いた光明に小さくガッツポーズをした。これはいける。あとは依頼の品を見つけ、機が熟すのを待つのみだ。

 これがうまくいくならば、<円卓会議>に報告する義務も出てくるだろう。

 タロに念話を入れ二十分だけ時間をくれと頼んだ。


■◇■


 カラシンファンのみなさまお待たせいたしました。

 なんとアキバに潜伏中の<シャノワール>会長マヤさんと接見!

 見事に探し物と、超特急交易路開拓をなしとげたカラシンさん。

 しかし、この後アキバ博物館では物品が見当たらなくなるたび、黒猫のサインのかかれたカードが落ちているという。


 次回も深夜0時更新!


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